ワーカホリックの辺境伯令嬢、王太子から理不尽に婚約を破棄される〜私は別に構いませんが、家族が激怒しているので国が滅びるかもしれません・短編
ある日、執務室に婚約者の王太子が側近を連れて乗り込んできた。
王太子は腕に可愛らしいお嬢さんをぶら下げていた。
「フィーナ・アンドルセン辺境伯令嬢!
貴様との婚約を破棄する!
俺はこの清楚で清らかなミリア・ジーム男爵令嬢と婚約する!」
王太子は「貴様が人を雇い学園でミリアを虐めていたのは明白! その上、ならず者を雇いミリアを襲わせた」と吠えている。
ニック・ドンナーハル王太子は私の三歳年下の十八歳。
彼との婚約は八年前、王命により結ばれた。
私は十三の時から、王太子の婚約者として城に上げられ、王太子妃教育を受けてきた。
家族と引き離され、王太子の終わらない執務や宿題を押し付けられる日々。
最近では、国王と王妃の仕事も押し付けられている。
朝四時に起きて、深夜の一時に就寝。
そんな生活が八年も続き、私の感情は完全に死んでいた。
「殿下との婚約破棄、承知いたしました。
ですが三カ月後にシャッテンベルク国との会合があり、私と王太子殿下を名指しで出席するように招待状が届いております。
なので、婚約破棄は三カ月後にしていただけると助かります」
なので、出てきた言葉はこんなだった。
私の言葉に王太子と取り巻きが青筋を立ててなんか言っている。
ジーム男爵令嬢が「理由をつけてニック様を三カ月も拘束するのは止めてください! 未練がましいですよ!」瞳に涙を浮かべ叫んでいる。
「そうだ! 会合にはお前の代わりにミリアと出席する!」
そんな彼らを横目に、私は目の前に積まれた書類を片付ける。
無駄な会話をしたので、今日は寝るのが一時を五分過ぎてしまうだろう。
そこに、国王と王妃が入ってきた。
国王は「息子の願いを叶えてあげたい。お前は三歳もお姉さんなんだから、ニックを許し、支えてあげなさい」と言った。
それは八年間、国王が私に仕事を押し付けるときに繰り返し言ってきた言葉だった。
王妃は「ニックが若く美しい少女に心変わりしても仕方ないわよね。だってあなたは三歳も年上で、その上見た目だって華やかさのかけらもないんだから」と言っていた。
こちらも八年前から繰り返されているセリフだ。
王太子が心変わりをしたのはこれが初めてではない。どうでもいいことなので回数は記憶していない。
婚約破棄まで言い出したのは初めてだが、それすらどうでも良かった。
私には目の前の書類を片付けることが、最優先事項だったから。
仕事に忙殺されて完全に心が死んでしまった。
何を言われても完全に「凪」状態。
強いて言うなら、仕事の邪魔なので出て行ってほしい。
そこに、額に青筋を浮かべた父と兄たちが入ってきた。
「陛下、王妃殿下、王太子殿下、婚約破棄の件、しかと承りました!
後で『返せ!』と言われても、娘は二度と登城させません!
覚悟なされよ!!」
父が国王夫妻と王太子を睨みつけると、彼らは一瞬怯んだ。
父はこの国の魔物討伐を一手に引き受ける辺境伯。
「はっ、誰が行き遅れの女なんかいるものか!
こっちから願い下げだ!」
「そうよ、ニック様には私がいるんだから! 年増はお呼びじゃないわ!」
「ふん、そなたの娘がいなくなったところで余はちっとも困らん!」
「そうですわ! そんな貧相な娘、さっさと連れ帰ってくださいな!」
一瞬ひるんだが、彼らにも王族として誇りがあるのか十秒後には言い返していた。
ジーム男爵令嬢がなぜ言い返せたのかはわからない。
興味もない。
そんな彼らを再び父と兄が睨みつける。
今度こそ大人しくなった。
やれやれこれで仕事に集中できる。
一番目の兄は、そんな父の跡を継ぐために肉体を鍛えまくった脳筋。
二番目の兄は魔術馬鹿。
三番目の兄は植物オタク。
「フィーナ、いままで苦労をかけたな!
さぁ、お家に帰ろう!」
「お前の好きな魔物、いっぱい狩ってきてやるよ!」
「兄上が狩った魔物の肉を僕が美味しく調理します」
「ぼくはフィーナの好きな果物と野菜のサラダを作るよ!」
父と兄が笑顔をつくり、私に優しく話しかけてきた。
「父上、兄上たち、お久しぶりです」
私は四人を一瞥すると、すぐに書類に視線を戻した。
「挨拶もすみましたし、仕事の邪魔なので帰ってもらえますか?
ついでに外野も追い出してくれると助かります」
父達が「ひゅっ」と息を飲む声が聞こえた。
「娘はもう王太子の婚約者ではない!
無理矢理にでもこの部屋から連れ出せ!
ツヴァイ、ドアを開けろ!
ドライ、フィーナからペンを取り上げろ!
アインス、フィーナを担ぎ上げろ!!
何がなんでもフィーナを家に連れて帰るのだ!!」
「「「お任せください! 父上!!」」」
父の掛け声と共に、私は一番目の兄に担ぎ上げられ、部屋から強制的に退去させられた。
「離してください!
まだ城壁の修繕の予算の書類と、魔物討伐の兵士の訓練の日程の書類に目を通していません!
来月開かれる慈善パーティーの準備と、再来月の王妃殿下の誕生日パーティーの準備があるんです!
それから、明日は学園の授業に天文学を加えるか議論する会議が……」
「ツヴァイ、娘の口に猿ぐつわをしろ!
これ以上、喋らせるな!」
「わかりました、父上!!」
そんなわけで、私は二番目の兄に猿ぐつわをされ、一番目の兄に担がれ城の外に運ばれ、馬車に乗せられた。
ちなみに、三番目の兄がどんなに頑張っても、私の手からペンを取り上げることはできなかった。
私の小遣いで買ったペンだから、持ち帰っても問題ないだろう。
仕事には書きやすいペンが一番。
何があってもこれだけは手放せない。
◇◇◇◇◇◇◇◇
父は翌日、私と王太子の婚約破棄の書類を正式に整えると、王都のタウンハウスを引き払い、家族と使用人を馬車に乗せ領地へと向かった。
領地に向かう間、父と兄は「フィーナ、今まで疲れただろう? ゆっくり休みなさい」と言ってきたが……。
私は「仕事、仕事、仕事、仕事、仕事、仕事、仕事、仕事……!! 仕事をしないと落ち着かない……!」仕事をしない禁断症状で体が震えていた。
「これは、いかん! ツヴァイ! フィーナを強制的に休ませろ!」
「お任せください、父上!」
二番目の兄が調合した睡眠薬をかがされ、強制的に休むことになった。
三時間以上睡眠を取るなんて、いつ以来だろう?
◇◇◇◇◇
一カ月後、私達を乗せた馬車は領地に到着した。
父はドンナーハル国から独立し、ファルケンラート帝国の傘下に加わることを決断した。
アンドルセン辺境伯家の領地は、ファルケンラート帝国に面しているので、隣の国との統合は割と容易だった。
アンドルセン辺境伯領は、アンドルセン王国へと名を変えた。
だがそれすらも、私の心には何も響かなかった。
領地に着いてからも、父と兄は私に休むように言ってきたが、何もしないと暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で……死にそうだった。
見かねた二番目の兄が、私に本を貸してくれた。
暇なので兄の書庫の小説を読み、三カ国語に翻訳した。
小説の類を読み終わると、今度は古代の魔導書の翻訳にも勤しんだ。
はぁ〜〜〜〜何かやってると、落ち着く〜〜。
そんな私を見て、父と兄は「ここまで重症だったとは……」と激しく落ち込んでいた。
◇◇◇◇◇◇
王太子と婚約破棄して二カ月、領地に来て一カ月が過ぎた頃。
幼馴染が訪ねてきた。
帝国の皇太子ロバート様。
ロバート様は領地を訪ねてきては、翻訳作業をする私の向いの席に座り、何かを囁いていた。
私は「そうですか、翻訳作業中なので後にしてください」と返していた。
城を離れて二カ月が過ぎても、私の心は死んだままだった。
◇◇◇◇◇
――一年後――
「フィーナ、愛してる。私と結婚してほしい」
「そうですか、翻訳作業中なので後にして…………へっ、い、今なんて言いました??」
その日も朝から書庫に籠もり、翻訳作業をしていた。
私が朝から晩まで翻訳作業をするので、本が足りなくなり、二番目の兄が街に行って買い足していた。
向かいの席に座るロバート様が、今すっごいことを言った気がする。
「プ、プロポーズに聞こえましたけど……!?
な、なんでペンを貸してください、みたいなノリで求婚するんですか……!?」
ロバート様は、私より三歳年上で二十五歳。
誰もが振り返る絶世の美青年だ。
そんな方に、不意に求婚される身にもなってほしい。
時間差で顔に熱が集まってきた。
今、私の顔はトマトのように赤い。
「フィーナ!
ようやく人らしい反応が出来るようになったんだね!!
すぐに、君のご両親や兄に報告しよう!」
ロバート様が、喜色満面の笑顔で私の手を握った。
「な、何を言ってるんですか!?
プ、プロポーズされたら、普通はこういう反応になります!」
私は彼の手を振りほどこうとしたが、強く握られていたので、それは叶わなかった。
「そうかな?
僕はこの一年、毎月この屋敷を訪ねては、君に同じ言葉を伝えていたんだよ」
「えっ……?」
「だけど君は人形のように無表情で『そうですか、翻訳作業中なので後にしてください』と返すだけだった」
そ、そう言えばそうだった気がする!
「君は十三歳から八年間、ドンナーハル王国で無理な量の仕事を押し付けられ、睡眠時間も削られ、疲弊し、感情が死んでしまったんだ。
それは婚約破棄してからも変わらず、一年間、何を話しかけても事務的な返事しか返ってこなかったんだ」
そうだったのね。
うわーー、ブラックな労働環境って怖い。
心が壊れた後遺症、怖い。
「十分な睡眠と栄養を摂り、適度に体と頭を動かしたことで、心が戻ってきたようだね」
一番目の兄が狩ってくる魔物のお肉、二番目の兄が処方してくれた睡眠薬、三番目の兄が畑で育てた新鮮な野菜と果物。
そして、両親と兄たちからの溢れんばかりの愛情。
それらが、私に人としての心を取り戻させてくれたようだ。
そして……ロバート様が訪ねて来てくれたことも、多分意味があったと思う。
だって、この方は私の……初恋。
「もう一度伝えよう。
フィーナ・アンドルセン王女。
幼い頃から君が好きだった。
僕と結婚してほしい」
ロバート様が膝をつき、私の目を見つめ、愛の言葉を囁いた。
私の返事は……。
「王太子に婚約破棄されて傷物になりました。
ですが、そんな私でも良ければ喜んで」
もちろんイエスだ。
ロバート様は私の言葉を聞くと破顔した。
そして、私を抱きしめ、唇にそっとキスをした。
その瞬間、死んでいたはずの心が息を吹き返していくのを感じた。
◇◇◇◇◇◇
――さらに一年後――
私はある人から届いた手紙を読んで、思わず吹き出してしまった。
「フィーナ、どうしたの? 手紙に面白いことでも書いてあったのかな?」
「ロバート様、いえ、あまりにも自分達に都合の良いことが書かれていたので、思わず笑ってしまいました」
手紙は、ドンナーハル王国からのものだ。
王妃からの手紙には「仕事が回らないわ! どうせ行き遅れて嫁ぎ先もないでしょう? 戻ってきて息子の愛人になり、支えなさい! そして私達の分の仕事もこなしなさい!」と記されていた。
王太子からの手紙には「君がいないからシャッテンベルク国との会合は上手く行かなかった。それどころか、国交の断絶を言い渡された。可哀想な俺を見捨てるのか? まだ婚約破棄した事に怒っているのか? 君は三歳も年上なんだから、一度や二度の心変わりくらい許容してくれてもいいだろう?」と書かれていた。
国王からの書状には「魔物が増えてかなわん! 父親を説得し、討伐隊を派遣せよ!」と記されていた。
ジーム元男爵令嬢からの手紙には「あんたの家が独立したせいで、食べ物が手に入らないじゃない! 最低!! 鬼!! 学園の虐めはあんたが主犯じゃないって証明するから、帰って来なさいよ!」と書かれていた。
魔物退治を一手に引き受けていた辺境伯家が独立したのだ、魔物討伐に苦戦することくらいわかっていただろう。
一番目の兄が、食料にならない毒を持ってる魔物を、ドンナーハル国の国境に追いやっていた。
その後、二番目の兄が国境に魔物が通れない結界を張っていた。
三番目の兄は、植物オタクで品種改良や、畑の肥料の改良が大好き。
ドンナーハル国で消費される小麦や野菜や果物の半分は、我が領地で収穫されたものだった。
独立後は、ドンナーハル国の王都へ輸出していない。
ドンナーハル国で食べ物が不足するのは当然だ。
自業自得なのに、私にこのような手紙を送ってくるなんて、おかしな人達だわ。
「そのような愚かな連中には、関わらなくていいよ」
ロバート様は私から手紙を取り上げると、暖炉にくべた。
「そうね、それより結婚式のヴェールだけどこちらのデザインも素敵じゃない?」
「好きな物を選んで、お金はいくらかかってもかまわないから」
数分後には手紙のことなど忘れ、私は結婚式の衣装選びに夢中になっていた。
――終わり――
読んで下さりありがとうございます。
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