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カルア戦記  作者: MKT
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第22話 知略の進撃

 琥珀の砦を無血開城させたカルアは、すぐさま次の手に着手した。それは、常識という名の鎖に繋がれた将軍たちを嘲笑うかのような、大胆不敵な策であった。

 

「ディサローノ。お前には重装歩兵四部隊を率い、琥珀の砦北部の平原で陣を敷いてもらう」

 

 カルアの指示に、ディサローノは驚きを隠せなかった。その顔に浮かんだ戸惑いは、まるで真昼の砂漠に降る雪でも見たかのようだった。

 

「カルア様、それはあまりにも危険かと存じます。もし帝国の騎馬隊に囲まれれば……」

 

 ディサローノの声は、不安と、わずかながら畏怖を含んでいた。

 

「それこそ、我々の狙いだ」

 

 カルアは不敵な笑みを浮かべ、砦の窓から遥か北の平野を見つめていた。その目は、獲物を狙う鷹のようだった。

 

「アードベックは、我々を黒曜宮まで誘い込むために、援軍を送らなかった。ならば、我々はあえて、その誘いに乗らない。大魚を追って川下へ向かうより、小魚の群れを根こそぎ捕るがよい。じわじわと、だが確実に、帝国の支配地を内側から食い破っていくのだ」

 

 カルアの真意は、アードベックの裏をかくことだった。これは、あたかも帝国という巨象の腹を、小さな鼠たちが食い破るかのような戦略であった。

 

 ディサローノの重装歩兵部隊は、敵の注意を引くための囮だ。平原という場所は重装歩兵にとっては不利な地形だが、その背後には、ピーテッド率いる戦車隊が、虎視眈々と獲物を待っている。もしアガベ軍がディサローノの部隊を狙って平原に誘われてきたら、その平地でこそ真価を発揮する戦車隊が、刃を抱いた車輪で敵兵を容赦なく蹂躙する手筈だ。

 

 ディサローノは短く息を吐くと、ゴツンと音を立てて自身の甲冑の留め具を締め直した。その音は、自らの内に秘めた不安を、物理的な力でねじ伏せようとする男の覚悟のようにも聞こえた。

 

「承知いたしました、殿下。殿下の策が正しければ、我らは囮ではなく、敵を食い破る刃となりましょう」

 

「もし敵が来なければ、ディサローノの部隊には敵を牽制させ、その隙に残りの兵力で砦を攻略する。ラフロイグ、タリスカー、ボウモアの三隊で、帝国の砦を落とすには十分だ」

 

 カルアは、琥珀の砦で総指揮官として吉報を待つことにした。彼は、自ら剣を振るうことよりも、盤上の駒を動かすことで戦況を支配する。それが、知略という新たな武器を手にしたカルアの、新たなる戦い方であった。

 

 その頃、アガベ帝国の大将軍アードベックは、黒曜宮への帰還に難儀していた。

 

 北方の蛮族を平定するためとはいえ、深追いをしすぎた結果、彼の率いる大部隊は、兵站が伸びきっていた。補給は滞り、将兵たちの間には疲労と不満が澱のように募り始めていた。それはまるで、熱砂の平原を何日も歩き続けた旅人の喉の渇きのように、満たされることのない絶望感を将兵に与えていた。

 

「大将軍! ヴェイルウッドの軍勢が、琥珀の砦北部の平原に大部隊を展開した模様。重装歩兵が四部隊と……」

 

 伝令兵の報告に、アードベックは眉間に深い皺を刻んだ。その皺は、苛立ちと同時に、何かを読み解こうとする鋭い光を宿していた。

 

「……重装歩兵だと? あの馬鹿者が、なぜあの平原に……」

 

 アードベックは、瞬時にカルアの狙いを見抜いた。自らを黒曜宮へと誘い込むための陽動だと。

 

 だが、その陽動に気づきながらも、動かざるを得ない状況に陥っていることに、彼は苛立ちを隠せなかった。黒曜宮への道は遠く、このまま放置すれば、ディサローノの部隊に兵站を断たれる可能性もある。

 

「ふん、王子め……面白い。だが、貴様の盤面に乗る気はない」

 

 アードベックは、冷たく言い放つ。

 

「スミノフ、お前には五千の精鋭騎兵を率い、平原のヴェイルウッド軍を叩く。奴らの陽動にまんまと乗るわけではない。ただ、我らの進路を阻む邪魔な石ころを排除するだけだ」

 

 スミノフは、この命令に目を輝かせた。その目は、まさに血に飢えた獣のそれであった。

 

「はっ! 必ずや、奴らの首を討ち取ってご覧にいれます!」

 

 スミノフは、五千の騎兵を率いて、意気揚々と平原へと向かった。アードベックは、スミノフの勇猛さを評価しつつも、その愚直さがカルアの巧妙な策にはまらないか、一抹の不安を覚えていた。それは、将棋の駒が、使い手の意思に反して暴走するかのような感覚だった。

 

 その不安は、やがて現実のものとなる。カルアの策略は、既にアードベックの想像を遥かに超えて、帝国の支配をじわじわと侵食し始めていたのだ。琥珀の砦の無血開城は、その始まりに過ぎなかった。彼の視線の先に広がるのは、焦燥に駆られ、混乱の渦に飲み込まれていく帝国の姿だった。それは、かつて自らが築き上げた堅牢な城壁が、内側から崩れ去る悪夢に他ならなかった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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