しまいみず
きみに
てつだってもらいたい
ことがあるんだ
その村から連絡が来たのは、夏の終わりだった。
報せを聞いて、僕は同窓会を欠席することにした。
「おまえ、明後日の同窓会来ないの?」
高校の同級生だった笹山がラインで電話してきた。
グループラインに載せた僕の欠席通知を見たらしい。
「うん。仕事でね、地方の村に行かなきゃならないんだ」
「やっぱ欠席かよ。つまんねーなー」
笹山は僕の返事にそう反応した。
「僕がいても面白くないだろ?」
目立たない地味な生徒だったし今も変わらない。
「だってよお。オレおまえの話聞きたかったんだぜ」
「え? なんで?」
驚いて問い返した。
笹山は輩風の派手めな男で、僕とは正反対だ。
もちろん昔も今も交流はない。
「知ってるんだよ。おまえ秘密の仕事で儲けてんだろ?」
笹山の言葉にドキッとする。
「ふ、ふつうの仕事だよ」
「またまたあ。オレに商売のコツっての教えてくれよお」
「コツなんてないよ。ただ……山奥の不便なところに行くだけだ」
僕は渋々答えた。
「なにそれ? もしかしてそこに行くから欠席なわけ?」
「まあそういうこと。往復二日で行けるけど……あっちでの作業が大変なんだ」
「どう大変なんだよ」
笹山がシツコク食い下がってくる。
「んー、力仕事とか? ひとりでやるからさ」
言葉を濁すと、笹山はよしっと声を上げた。
「オレが一緒に行って手伝ってやるよ。そしたら一日で終わって同窓会に行けるだろ?」
「おまえが……手伝う?」
「力仕事は任せとけよ。高校卒業後は現場で鍛え上げたんだぜ」
ガテン系の仕事をしている笹山が自慢気に言った。
人づてに建設現場で働いているのを見たというのは聞いたことがある。
「でも、あんまり、人に知られたくないっていうか……」
「あーそれなら安心しろよ。オレは口堅いから誰にも言わねえよ」
「だけど丸二日も家を空けたら、家族が心配するだろ?」
どこに行っているのかGPSとかで確認されても困ると告げた。
「マジ秘密な仕事なんだな。安心しろ、オレに家族はいねえよ」
「え? 何年か前に年賀状くれたよな?」
ヤンキー風な茶髪の奥さんと生まれたばかりの赤子との写真年賀状である。
ラインでやり取りするようになってから、同級生同士での年賀状のやりとりは消滅したので今は知らない。
「もうずっと前に離婚したよ。あいつうっせえんだよ。キャバ行っただけでぎゃあぎゃあさあ」
笹山の遊び癖に辟易して離婚したらしい。今は安アパートに一人暮らしとのことだ。
「んでよお、オレ養育費つーの払わされてんのよ。でも金がなくて滞納っての? しちゃってさ」
どうやら養育費が払えないほど貧乏らしい。それで僕の仕事に興味があるのだ。
「笹山にだけ言うけど、あんまり気持ちのいい仕事じゃないよ? 葬儀屋みたいなこともするし」
小声で告げる。
「お、おう、葬儀屋の手伝いだな、任せとけ」
ちょっとビビった声で返してきた。
翌日、僕たちは山奥の村に向かった。
途中まで僕の軽自動車で林道を行き、道が細くなったところで車を置いて歩きになる。
「うへーすげえ山奥だなー」
うっそうとした山道に驚いている。
「山なんて離婚前に家族で行った以来だぜ」
残クレワゴン車に乗ってキャンプ場に行き、バーベキューしたらしい。
「ここには、僕が大学の時に初めて訪れたんだ。当時でも村人は十数人くらいしかいなくてね」
「過疎の村ってやつか?」
「そう。限界集落で、年老いた村人が亡くなったらそれで終わりってやつ」
都会に行った者は帰らず、残った老人だけが歳を取って亡くなっていくのである。
「なんでそんな村におまえは行ったんだ?」
笹山が不思議そうに問いかけてきた。
「日本では珍しい土葬の風習が残っていて、その研究に行ってたんだ」
「土葬って禁止されてなかったか? なんか外国人がそれでモメてたろ?」
「その村だけは見逃されていたんだ。みんな死んだら終わりだからってね」
宗教とか外国人とかは関係ないと告げる。
「そこで誰か死んだから、おまえが埋葬しに行くってことか?」
「……そうなんだ。昨日、最後の村人が亡くなってね……」
「ははあ、わかった! それで死んだ奴の財産をもらっちゃってんだろ?」
まるで徳川埋蔵金みたいだと笹山が言う。
「近いものはあるかな」
確かに埋蔵金みたいなものだ。
「ヒャッハー! オレにもツキが回ってきたぜえ」
笹山は上機嫌だ。
亡くなったのはお六さんというお婆さんである。
村の入り口にある屋敷の玄関口に倒れていた。
「お六さん。来たよ」
「こんなところで死んでたのよくわかったな?」
笹山が眉間に皺を寄せて遺体を見下ろしている。
「お六さんの心臓に埋め込んだペースメーカーから無線信号が入るようになっているんだ」
心臓が止まったら報せを発信するようになっていた。
「無線?」
「ここは携帯用の電波が入らないからね」
衛星無線の受信機を僕の車に積んである。
「ふーん」
「とにかく服を脱がすから、足を上げてくれ」
「え……あ、ああ……」
ちょっと引き攣った顔で、笹山がお六さんの足を持ち上げた。
死後2日ほど経ったので、死後硬直は終わっている。
腐敗しかけていたが、なんとか間に合った。
僕は真っ白な絹の布にお六さんの遺体を包む。
「年寄りの干からびた身体じゃ裸見てもなんも感じねーな」
笹山が顔を顰めている。
「そっちがわ持ってくれ、これを山の神社まで運ぶんだ」
二人で絹に包まれたお六さんの遺体を抱えて、山道を登った。
「おい、まだかあ」
現場で鍛えたというわりに、笹山はすぐに音を上げている。
「もう少しだよ。あそこに鳥居が見えるだろう?」
「あの赤い奴か?」
「鳥居の向こうに墓地があるんだ」
「あそこ神社だろ? なのに墓地があるのか?」
アホな笹山でも疑問に思ったようだ。
「ここの村の決まりなんだ。ほら、あれだ」
鳥居の向こうにいくつかの小山があり、卒塔婆のような木が何本か立っている。
「なんか簡単な墓だな。墓石はないのか」
小山に木札を突き刺しただけの墓を見て笹山が呆れた顔で言った。
「墓石はない。あるのは名前を記した木と、遺体を納める甕とその蓋だけだよ」
鳥居の近くの真新しい丸い木の蓋と木札がある場所に、遺体を下ろした。
直径一メートルほどの蓋を持ち上げると、下には陶器の大甕が埋まっている。
その中にお六さんの遺体を下ろした。小柄な老婆がすっぽりと納まる。
遺体を甕に収めた後、くるんでいた布を引っ張り上げた。
「おい、布を外すのか?」
「中には何も入れないしきたりなんだ。そうじゃないと濁るからね」
「濁る?」
「そう」
僕は甕に木の蓋をしたあと、近くにあったスコップを手にする。
「あとは土をかけて木札を立てたら終わりだ」
笹山と交代で土をかけ、小山が出来上がった。
「おい、この婆さんが最後の村人なんだろ?」
息を切らして汗だくになった笹山が質問してきた。
「うん。ついにここの村人はいなくなった」
「だったら埋葬した報酬は誰からもらうんだ? どっかに宝の山でもあるのか」
笹山がキョロキョロしている。
「宝の山はあれだよ」
僕は少し離れた場所にある小山を差した。
「あれは他のやつの墓だろ?」
「うん。あれはもう五年経っているからね」
僕が墓の土をスコップで取り除き始めると、笹山は目を丸くしている。
そして、甕に置いてあった木の蓋を持ち上げようとしたところ……。
「お、おい、や、やめろよ。悪趣味だぞ。五年も経った遺体なんてスプラッタだろ?」
焦った表情で笹山が僕を窘めた。
「これがお宝なんだよ」
蓋を開けて甕の中を見るように笹山へ促す。
「これがお宝だって?」
怪訝な表情で中を見た。
「……み、水か? 遺体はどこだよ?」
首をかしげて僕に問いかけた。
「水になるんだよ。ここに埋めておくと五年経ったら水になる。綺麗だろう?」
甕の中の水を見つめる。
「骨もなんもないのか?」
「この甕に入れてここに置き、五年経ったらすべて水になる。そしてこの水は痛みや怪我に劇的に効くんだ」
僕は持ってきた折り畳み式のポリ容器に、甕の水をポンプで移しながら説明した。
「痛みに効く?」
「どんな薬よりも良く効いて、副作用もない。通販を始めたら、飛ぶように売れたんだ」
今では何百人もの順番待ちである。
「どのぐれえ儲かるんだ?」
「そうだな……百人ぐらいの養育費が賄えるほどには」
「そんなに? すげえな」
笹山の目がキラキラしてきた。
「その商売、オレにも手伝わせてくれよ!」
身を乗り出して笹山が僕に言う。
「もちろんだよ。だからここまで連れてきたんだ」
「ひゃっほう! やったぜ」
笹山は飛び上がって喜んだ。
だが……。
「でもさ……」
突然真顔になって笹山が僕を見る。
「この婆さんで村の住人は最後なんだろ? そしたら、もう新たに作れないじゃないか」
この限界集落の最後の住人が亡くなったのである。
「それは大丈夫だよ。そこ見てみろよ」
こんもりと土が盛られている墓を差す。
「え? 片山康太? 誰だよ」
土に刺さっている木札を読んで首をかしげた。
「大学の同級生だよ。三年前にここに来たんだ。だからあと二年かな」
「大学の?」
僕が笑いながら近づく。
「そうだよ」
「三年前? ここで死んだのか?」
笹山が後ずさる。
「うん。ここに呼んで、死んだんだ」
「な、なんだよおまえ」
笹山が引き攣った顔で僕を睨んだ。
「へ、変なこと考えてんじゃねーだろうな」
「変なこと?」
「く、来るなよ。近寄んなって! オレは腕力には自信があるんだぞ」
こぶしを握り締めた。
「でもおまえ、お六さんここまで運ぶので精いっぱいだっただろ? もう力なんて残ってないんじゃないか?」
僕はここで何回もやってるしそれなりに鍛えているからなんともないけどねと笑った。
「う、うっせえ。オレになんかしようとしたら。仲間を呼ぶからな!」
笹山はズボンのポケットからスマホを取り出す。
「呼べば? そこまで電波届くんなら」
僕の言葉で笹山はスマホの画面を見た。おそらく圏外という表示になっているはずである。
「うぐぐ……わっ!」
後ずさりながらスマホを見ていたため、笹山は何かに躓いて尻もちをついた。
笹山の足元には木の板が転がっている。
それを見た笹山は……。
「なんでここに木の板が……なんで木の板に……オレの名が?」
二つ目の墓の土を盛り終えて、僕は息をついた。
「さすがに二人分は疲れるね。それにしても、お六さん、これまでありがとうな」
お六さんの墓に謝意を述べると、隣に目を向ける。
「そして笹山、これからよろしくな。いい水になってくれよ。五年後に会おう」
笹山のスマホを拾い上げ、僕とのライン通話記録を削除した。
「あいつが大好きだった競馬場あたりに投げ捨てておくかな」
ズボンのポケットに突っ込む。
「今から山を下りて車を飛ばしたら、同窓会に間に合いそうだ。手伝ってくれてありがとうな」
笹山の墓に向かって礼を言い、僕は同窓会へ向かった。
てつだいなら
むらにきてくれ
いつでもかんげいするよ
夏季限定公開のホラーです。
関連作に『さそいみず』があります。
他に『まさか あれがほんとうだった とわ』
もございます。よろしくです。