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第2章 和菓子と詩歌と私

# 碧い眼の日本人 ―サーシャ、産まれは青葉市―


## 第1章 「あなた、日本語上手ですね」


「あなた、日本語上手ですね」


その言葉を聞いた瞬間、青葉サーシャの表情が凍りついた。今日で何度目だろう。いや、人生で何度目だろう。


場所は青葉市の中央図書館。サーシャは文化祭の資料を探しに来ていた。書架の間を歩いていると、年配の女性司書に声をかけられたのだ。


「あ、あの…私、日本人なんですけど」


言い慣れた台詞。ほとんど反射的に口から出る。


「えっ?」司書は目を丸くした。「あら、ごめんなさい。その…外国の方かと思って」


(もちろんそう思うよね…)


サーシャは無言で頷き、気まずい沈黙が二人の間に流れた。


「青葉高校の生徒さん?」司書が話題を変えようと尋ねる。


「はい」


「文化祭の資料をお探しですか?参考になりそうなものなら、こちらにまとめてありますよ」


司書は親切に特設コーナーへと案内してくれた。サーシャは緊張した面持ちをほぐし、小さな声で「ありがとうございます」と言った。


図書館を出る頃には、すっかり夕暮れになっていた。春とはいえまだ肌寒く、サーシャは制服の上着を引き寄せながら帰路についた。


(今日も一日、お疲れ様…私)


そんなことを考えていると、背後から声がかかった。


「青葉さん、待って!」


振り返ると、同じクラスの佐藤拓也が小走りでやってきた。


「佐藤くん?どうしたの?」


「いや、偶然見かけて。文化祭の資料集めてたの?」


拓也も文化祭実行委員の一人だった。やや内向的だが真面目な性格で、サーシャとはまだあまり話したことがなかった。


「うん、ちょっといくつか借りてきたの」


「俺も今から図書館行こうと思ってたんだ。もう閉まっちゃった?」


「あと30分くらいはやってるわよ」


「よかった。じゃあ急がないと」拓也はほっとした表情を見せた。「あ、そうだ。今度の委員会で発表する企画案、考えた?」


「まだちょっと…」


「俺もなんだよね。でもなんか面白いことできたらいいよね」


拓也の屈託のない笑顔に、サーシャは少し緊張がほぐれるのを感じた。


「そうだね…」


「じゃあ、また明日!」


拓也は手を振って図書館へと走っていった。サーシャはなぜか少し温かい気持ちで彼の背中を見送った。


---


「ただいま〜」


家に帰ると、キッチンからいい匂いが漂ってきた。今日は父の当番らしい。


「おかえり、サーシャ」リビングではケンがゲームに夢中になっていた。「ママは仕事で遅いって」


「パパは?」


「キッチン。今日はビゴス作ってるって」


ビゴスはポーランドの煮込み料理で、父の得意料理の一つだ。サーシャは思わず顔がほころんだ。


「サーシャ、帰ってきたか」キッチンから父の声。「手伝ってくれるか?」


「うん!」


サーシャはバッグを置くと、エプロンを手に取った。キッチンでは父が大きな鍋をかき混ぜている。


「今日はどうだった?」父が尋ねる。


「普通かな…あ、図書館で『日本語上手ですね』って言われたけど」


父は小さく笑った。「またか。でも気にするな、誉め言葉だと思えばいい」


「誉め言葉でもないよ。私、日本語話せて当たり前じゃん」


「そうだな」父は頷きながらも、どこか遠くを見るような目をしていた。「でも、人は見た目で判断しがちなものさ。俺たちみたいな顔だと、それは避けられない」


「パパは気にならないの?」


「今はもう慣れたかな。若いころは君みたいに悩んだよ」父はキャベツを刻みながら言った。「でもな、ある時気づいたんだ。自分が生まれ育った日本で、自分が愛する日本語を話せる。それって素晴らしいことじゃないか」


サーシャは黙って父の言葉を聞いていた。


「それに、こういう顔のおかげで出会えた人もいる。例えば君のママとか」


「パパとママってどうやって出会ったの?」サーシャは何度か聞いたことのある話だったが、また聞きたくなった。


「大学の国際交流会だよ。彼女は留学生だと思われてて、俺は彼女を日本案内するボランティアに割り当てられた」父は懐かしそうに微笑んだ。「最初は言葉が通じなくて苦労したよ」


「え?だってママ、日本語話せたんでしょ?」


「いや、俺が話しかけたのはノルウェー語だ」父は笑った。「『こんにちは、日本を案内します』って、一生懸命覚えたノルウェー語で言ったんだ」


「それでママは?」


「爆笑してたよ。『私、日本生まれなんですけど』って日本語で」


サーシャも笑った。まるで自分の経験しているようなエピソードだった。


「でもね」父は真面目な顔になった。「あの時、もし俺が普通の日本人の顔をしていたら、君のママとは出会えなかったかもしれない。だから俺は今、この顔に感謝してるんだ」


サーシャは黙って野菜を刻み続けた。父の言葉が胸に沁みる。


「それに」父は鍋をかき混ぜながら付け加えた。「君は君のままでいい。外見なんて、君の一部に過ぎないんだから」


「…うん」


サーシャはそれ以上何も言わなかったが、心の中で父の言葉を噛みしめていた。


---


次の日の放課後、文化祭実行委員会の初会合が開かれた。各クラスから選ばれた委員と、文化部の代表者たちが会議室に集まっていた。


「では、今年の文化祭のテーマ案を出し合いましょう」


生徒会長の水野先輩が会議を進行していく。次々と手が挙がり、様々な案が出された。


「『未来への架け橋』はどうでしょう」

「『青春の輝き』」

「『文化の融合』!」


サーシャは静かに聞いていたが、最後の案に少し身を乗り出した。3年の田中メイが提案したものだった。


メイは中学の時にサーシャと同じ部活だった先輩で、日本人の父とアメリカ人の母を持つハーフだ。しかし彼女はサーシャと違って、自分のアイデンティティに自信を持っているように見えた。


「面白そうだね」サーシャの隣で杏が小声で言った。「サーシャも何か案ある?」


「え?私?」


「うん、せっかくだし言ってみたら?」


杏に促され、サーシャは恐る恐る手を挙げた。


「はい、青葉さん」水野先輩が指名する。


「あの…『多様性の中の調和』はどうでしょうか」


一瞬の沈黙の後、誰かが「いいね!」と言い、それに続いて何人かが賛同した。


「なるほど、いい案ですね」水野先輩はサーシャの案を黒板に書き加えた。「他にありますか?」


会議は続き、最終的に三つの案に絞られた。「文化の融合」「多様性の中の調和」「未来への架け橋」。次回までに各クラスでアンケートを取ることになった。


会議が終わると、メイがサーシャに近づいてきた。


「青葉さん、いい案だったわ」


「あ、ありがとう。田中先輩の案も素敵だと思います」


「メイでいいよ」彼女は親しげに笑った。「私たち似たような立場だし」


「え?」


「ほら、見た目と中身のギャップに悩む系」メイはウインクした。「私も小さい頃は大変だったよ。『日本語上手ですね』攻撃とか」


サーシャは思わず笑った。「それ、昨日も言われたとこ」


「でしょ?あるあるだよね」メイは肩をすくめた。「でも、慣れるよ。むしろアドバンテージになる時もある」


「アドバンテージ?」


「うん。目立つし、覚えてもらいやすいでしょ?それに…」メイは少し声を落とした。「男子にモテるし」


「もう、メイ先輩!」サーシャは顔を赤らめた。


その時、チラッと視線を感じて振り返ると、入り口のところで拓也が彼女たちを見ていた。目が合うと、彼は少し慌てた様子で手を振り、急いで出ていった。


「あら」メイがニヤリと笑う。「佐藤くんじゃない。彼、サーシャのこと気にしてるみたいよ」


「そんなことないですよ」サーシャは慌てて否定した。「ただの委員仲間です」


「そう?」メイは意味ありげな顔をしたが、それ以上は追求しなかった。「じゃあ、また明日ね」


メイが去った後、杏がサーシャの腕をつついた。


「ねえ、佐藤くん、サーシャのこと見てたよ?」


「気のせいでしょ」


「気のせいじゃないよ〜」杏はからかうように言った。「あ、そうだ。この前の国語で隣になった時も、チラチラ見てたよ」


「もう、やめてよ杏」


「でも佐藤くん、悪くないんじゃない?真面目だし」


サーシャは黙って荷物をまとめ始めた。拓也のことは気にならないわけではなかったが、今は文化祭のことで頭がいっぱいだった。


「そういえば、明日のHRでテーマ案のアンケート取るんだよね」杏が話題を変えた。「サーシャの案、結構人気出そう」


「そうかな…」


「うん。私、サーシャの案に投票するよ」


「ありがと」サーシャは微笑んだ。


二人は肩を並べて帰路についた。下校時間の校庭には、部活動で走り回る生徒たちの姿があった。


「あ、そうだ。今度の日曜日、買い物行かない?」杏が提案した。「新しいショッピングモールができたんだって」


「日曜か…うん、いいよ」


「やった!じゃあ10時に駅前で」


サーシャは頷いた。何気ない日常の会話が、なぜか心地よかった。


---


日曜日の朝、サーシャは少し緊張しながら服を選んでいた。久しぶりの友達との買い物。制服以外の服で出かけるのは、なぜか少しドキドキする。


「どれにしようかな…」


クローゼットを開けると、様々な服が並んでいた。サーシャは他の女子高生と同じように、ファッションも好きだ。ただ、自分の髪や肌の色に合わせるのが難しいこともある。


結局、シンプルな白のブラウスと水色のスカートを選び、軽いカーディガンを羽織った。鏡で自分を確認すると、どうしても「外国人観光客」に見えてしまう気がして、少し落ち込んだ。


「サーシャ、友達と出かけるんでしょ?」


母が部屋をノックして入ってきた。週末は母も家にいることが多い。


「うん、杏と」


「素敵な服ね」母は娘の服装を見て微笑んだ。「でも…」


母はサーシャの髪に手を伸ばし、さっと一つに結んだ。


「こうするともっといいわ。ナチュラルな感じで」


母の手つきは慣れていて、あっという間にサーシャの髪は柔らかいポニーテールになった。


「ありがと、ママ」


「いいのよ」母は優しく微笑んだ。「あなた、本当に美しいわ」


「…そう?」


「ええ。日本にいると気づかないかもしれないけど、あなたのような美しさは特別なのよ」


サーシャは照れくさそうに俯いた。


「昨日ね、あなたのパパと話してたの」母が続けた。「あなたが自分の外見のことで悩んでるって」


「…うん」


「サーシャ、聞いて」母はサーシャの肩に手を置いた。「私も最初は大変だったわ。日本に来たばかりの頃、『外国人だ』って指を指されたり、英語で話しかけられたり…」


「ママは外国人だったじゃん」


「でも私は日本で生まれ育ったのよ。外国に行ったことすらなかった」母は懐かしそうに言った。「あなたと同じ気持ちだったの」


「そうなの?」


「ええ。でもね、時間が経つにつれて気づいたの。外見は変えられないけど、自分の内側は自分で決められるって」


サーシャは黙って母の言葉を聞いていた。


「それに」母は照れくさそうに笑った。「私はあなたのパパに出会えたのよ。彼は私を『外国人』としてではなく、一人の人間として見てくれた。だからこそ、私は自分に自信を持てるようになったの」


「ママ…」


「さあ、行ってらっしゃい」母はサーシャの頬にキスをした。「友達と楽しい時間を過ごしてね」


「うん、行ってくる!」


サーシャは少し軽い足取りで家を出た。母の言葉が心に残っていた。


---


「サーシャ、こっち!」


駅前で杏が手を振っていた。彼女はピンクのワンピースに白のカーディガン、かわいらしい格好だ。


「おはよう」


「おはよー。わあ、サーシャ今日かわいい!」


「あ、ありがと。杏こそ」


二人は電車に乗り、隣町の新しいショッピングモールへと向かった。電車の中では、文化祭の話や学校の噂話に花が咲く。


「やっぱりサーシャの『多様性の中の調和』、人気あったよね。ほぼ決まりだって」


「そうなの?嬉しいな」


「うん。それに佐藤くん、すごく推してたよ」


「もう、また佐藤くんの話」


「だって明らかに気があるじゃん」杏はくすくす笑った。


電車が目的地に着き、二人は駅から少し歩いて新しいショッピングモールに到着した。休日とあって、多くの人で賑わっていた。


「まずどこ行く?」


「うーん、服見たいな」


二人は洋服店を何軒か回った後、フードコートで昼食を取ることにした。サーシャが席を確保している間に、杏が食事を買いに行った。


席に座ってスマホを見ていると、突然英語で話しかけられた。


"Excuse me, may I sit here? All the other seats seem to be taken."


見上げると、外国人観光客らしき中年女性が立っていた。サーシャは一瞬戸惑ったが、すぐに英語で返事をした。


"I'm sorry, I'm saving this seat for my friend."


女性は驚いたような顔をした。"Oh, you speak English! Are you American?"


「あの、私日本人なんですけど…」サーシャは思わず日本語で答えてしまった。


今度は女性が困惑した様子になり、おずおずと日本語で言った。「ごめんなさい…あなた、外国人…に見えた」


「大丈夫です」サーシャは微笑んだ。「よく言われます」


女性はお辞儀をして去っていった。そこへ杏がトレイを持って戻ってきた。


「何かあった?さっきの人」


「ううん、ただの席の確認」サーシャはあえて詳しく説明しなかった。今日は楽しい一日にしたかったのだ。


二人は買ったハンバーガーを食べながらおしゃべりを続けた。杏が話す学校の噂話や、好きなアイドルの話に花が咲く。サーシャも日常のささいな出来事を語り合い、笑い合った。


食事の後、二人はさらにいくつかの店を回った。アクセサリーショップでは、サーシャが青い石のついたブレスレットを見つけた。


「これ、サーシャの目の色に似てるね」杏が言った。


「そうかな…」


「うん、似合うよ。買ったら?」


「でも…」


「自分の特徴を活かすのって、いいことじゃない?」


サーシャは少し考えてから、ブレスレットを買うことにした。杏の言葉が、何だか嬉しかった。


帰り道、二人は今日買ったものを見せ合いながら歩いていた。サーシャは久しぶりにこんなに楽しい休日を過ごしたと感じていた。


「あ、サーシャ。あれ見て」


杏が指さす先には、小さな和菓子屋があった。「中村和菓子店」という古風な看板が掛かっている。


「ここの和菓子、すごく美味しいんだよ。折角だから買って帰らない?」


「うん、いいね」


店に入ると、ガラスケースに色とりどりの和菓子が並んでいた。季節の生菓子や、定番の練り切り、どら焼きなど、見ているだけで口の中が甘くなるようだった。


「いらっしゃい」


年配の女性店主が迎えてくれた。中村さんだろう。


「季節の上生菓子をください」杏が注文した。


「はい、いいですよ」店主は杏に笑顔を向け、次にサーシャを見た。「あなたは?」


「あの…」サーシャは少し緊張した。「どら焼きをお願いします」


店主は一瞬サーシャの顔をじっと見つめ、それから和菓子を包み始めた。いつものように「日本語上手ですね」と言われるのを覚悟していたが、意外なことに店主はそんなことは口にしなかった。


「どら焼きはお好きなのね」店主が優しく微笑んだ。「私も若い頃からの好物なのよ」


「はい…小さい頃から」サーシャは少し緊張をほぐした。


「この店のどら焼きは特別なの」杏が説明した。「皮がふわふわで、あんこも自家製なんだよ」


「そうなんです」店主は誇らしげに言った。「うちは三代続く和菓子屋なんですよ」


サーシャは感心して店内を見回した。古風な雰囲気の中にも、どこか温かみを感じる店だった。


「はい、どうぞ」


店主が包んだ和菓子を手渡してくれた。サーシャがお金を払おうとすると、店主は手を振った。


「今日は初めてのお客さまサービスね。またいらっしゃい」


「え、でも…」


「いいのよ」店主はにっこり笑った。「次は一緒にお茶でもどう?和菓子の作り方、興味ある?」


「はい!」サーシャは思わず声を上げた。「あの、和菓子、実は前から興味があって…」


「それは素晴らしいわ」店主の笑顔が一層深まった。「私の店、後継ぎがいなくてね。若い人に興味を持ってもらえると嬉しいわ」


杏はサーシャの横で嬉しそうに聞いていた。「サーシャ、和菓子好きだもんね」


「ええ、またいらっしゃい。今度はゆっくり和菓子の話をしましょう」


店を出ると、サーシャは不思議な高揚感に包まれていた。


「中村さん、いい人だね」


「うん…」サーシャは手に持った和菓子の包みを見つめた。「あのね、初めてだったんだ」


「何が?」


「『あなた、日本語上手ですね』って言われなかったの」


二人は少し歩いて、近くの公園のベンチに座った。サーシャは包みを開け、どら焼きを一口かじった。


「美味しい…」


杏も自分の生菓子を食べながら言った。「でも、さっきの中村さん、サーシャのこと最初から日本人だって分かってたんじゃない?」


「どうして?」


「なんとなく…」杏は肩をすくめた。「目が優しかったよ。人を見る目がある人なんだと思う」


サーシャは黙ってどら焼きを食べ続けた。甘さと優しさが口の中に広がる。


「ねえ、杏」


「ん?」


「ありがとう、今日誘ってくれて」


「どういたしまして」杏は笑顔で答えた。「また行こうね」


帰り道、二人は並んで歩きながら、また来週も買い物に行く約束をした。


家に帰ったサーシャは、母にもどら焼きをお土産として渡した。


「美味しそうね。どこで買ったの?」


「中村和菓子店っていう所。すごく良い店だったよ」


サーシャは今日のことを家族に話して聞かせた。特に中村さんとの出会いについては詳しく。


「和菓子作りを教えてくれるって?それは素敵ね」母は嬉しそうに言った。


「うん。また行ってみようと思う」


その夜、サーシャは日記を書いていた。


『今日は杏と買い物に行った。楽しかった。それから中村和菓子店という素敵なお店を見つけた。中村さんは私を日本人として見てくれた初めての「他人」かもしれない。なんだか嬉しかった。和菓子、もっと知りたいな。あと、文化祭のテーマが私の提案した「多様性の中の調和」に決まりそう。少しずつ、変わっていく気がする。』


サーシャは眠る前に、今日買ったブレスレットを手首に当ててみた。青い石が、彼女の目の色と確かに似ていた。初めて、その色が自分の一部だと素直に感じられた夜だった。

第1章 和菓子コラム:桜餅

名前:桜餅さくらもち

どのような菓子か:

桜餅には関東風(長命寺)と関西風(道明寺)の二種類がある。関東風は小麦粉を薄く焼いた皮(クレープ状)で餡を包み、塩漬けした桜の葉で巻いたもの。関西風は、蒸して乾燥させた道明寺粉(もち米の粉)を用いて作られ、こちらも桜の葉で包まれる。どちらも春の季節感を表現した和菓子である。

逸話・蘊蓄:

関東風の桜餅は、1717年(享保2年)に隅田川沿いの長命寺の近くで、山本新六という人物が考案したと伝えられる。当時、隅田川の土手には桜が植えられており、その葉を活用したことが始まりとされる。葉は塩漬けにされるため、ほのかな塩味と桜の香りが特徴。桜の葉に含まれるクマリンという成分が独特の香りを生み出す。葉は食べられるが、通常は取り除いて食べることが多い。

詩歌との関係:

和歌や俳句には桜を詠んだものが数多く存在する。特に桜餅と結びつけられる句としては、正岡子規の「桜餅食ふや葉さくら実さくら」(桜餅を食べれば、葉も桜、中身も桜)がある。また、古今和歌集の「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」(もし世の中に桜がなかったら、春の心はもっとのどかだっただろう)という和歌は、桜が日本人の心に与える影響の大きさを示している。桜餅はそうした桜への愛着を、味覚でも楽しめるようにした和菓子といえる。


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