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3.二人の馴れ初めと、離婚届




 シェラル・ヘラザード侯爵夫人――旧姓シェラル・マーネリア子爵令嬢は、薄茶色のウェーブした髪と同じ瞳を持つ、器量の良い女性だ。


 しかし当の本人は、自分の容姿を普通以下だと思っており、しかも自分から積極的に話し掛けられない人見知りなので、社交場ではいつも壁とお友達になっていた。


 隅の壁の近くで、美しい顔に憂いの色を浮かばせながら佇んでいるシェラルに、皆誰も声を掛けられず――いつしか彼女は、本人の意図せず『社交界の高嶺の花』と呼ばれるようになっていた。



 本人はただ、(あぁ、壁さんとお話するのも飽きちゃった……。早く終わってくれないかな……)と、毎回家への帰還を一心に考えていただけなのだが。



 そんな彼女に、勇敢にも声を掛けてきた者がいた。

 今年、王国の騎士団長になったばかりの、ディクス・ヘラザード侯爵だ。

 いきなりとんでもない美形の殿方に話し掛けられ、シェラルの頭は軽く混乱した。

 


「素敵で可憐な御令嬢。どうか僕と一曲踊って頂けますか」

「え……。いえ、御遠慮致します……」



 シェラルは人見知りを発揮し、咄嗟に断ってしまった。

 それに眉尻をピクリと動かしたディクスだったが、彼は微笑みのまま言葉を続ける。



「御令嬢、そう言わずに僕と一曲だけでもお願いします」

「え……。いえ、私ではなく他の方をどうぞ……」

「…………」



 めげずに再度ダンスの申し込みをしたディクスだったが、人見知りのシェラルも負けてはいなかった。

 それでもディクスは引き下がらなかった。



「御令嬢……。僕と踊ってくれないと、この場で僕は泣いてしまうでしょう。声を上げてワンワンと」

「え……。ええぇ~……」



 半分以上脅しも入ったその誘いを流石に断れず、シェラルはディクスと一曲だけ踊った。


 彼女は、社交場ではいつも壁の花になっていたので、踊る事は片手で数えられる位しかなく、よってダンスは得意ではなかった。

 ディクスの足を踏まないよう、それだけを考えてシェラルは必死に踊る。


 彼のフォローが素晴らしかったお蔭で、何とか無事に足を踏まずにダンスを終えた。

 大きな任務を達成した気持ちで、シェラルは心の中で安堵の息を吐いた。



「――御令嬢、甘美で楽しい一時をありがとうございました。ダンス、とても素敵でしたよ」

「い、いえ、こちらこそ……。私は下手ですけれど、貴方様が助けて下さったからで……」

「そう仰って下さって嬉しいですよ。今更で失礼ですが、お名前を伺っても宜しいですか?」

「あ、えっと……私、シェラル・マーネリアと申します」



 ディクスはそこで、美麗な微笑みをシェラルに向けた。



「シェラル嬢……僕はディクス・ヘラザードと申します。シェラル嬢、早速明日、貴女のお家へお伺いさせて頂きたいのですが、お家にいらっしゃいますか?」

「え――あ、はい、います……あっ」



 彼の綺麗な微笑と、男性と間近な距離で話す緊張感で、シェラルはドキドキしっ放しの心臓に気が取られてしまい、つい正直に答えてしまった。

 ディクスは彼女の返答に、嬉しそうに笑顔を更に濃くする。



「あぁ、良かったです。それではまた明日お会い致しましょう、シェラル嬢」

「え……、ちょ――」



 シェラルが断る間も無く、ディクスは優美に礼をすると、風のように颯爽と去ってしまった。



「…………」



 暫く呆然としていたシェラルだったが、あっという間の出来事に現実感が全く湧かず、思わず頬をつねってしまったのであった。




 翌日、本当にマーネリア子爵邸を訪ねてきたディクスは、シェラルの両親に高級品の手土産を渡して挨拶をし、彼女とお茶をして一時間で帰っていった。


 それを暇を見つけては頻繁に繰り返すディクスに、最初は戸惑って会話も上手く出なかったシェラルだったが、彼に対して徐々に心を開き始め――


 一年が経つ頃には、彼と砕けた口調で普通に話せるようになっていた。



「シェラル嬢、貴女が頷くまで何度でも申し上げます。貴女を誰よりも愛しています。どうか僕と結婚してくれませんか」



 一ヶ月に一回、ディクスから色とりどりの花束と共に結婚の申し込みをされ、それを毎回断っていたシェラル。

 こんなに美麗で身分も格段に良い男性に自分が告白されるなんて、全く信じられなかったのだ。


 けれど彼と会っているうちに、彼の気持ちが本物だと漸く気付いたシェラルは、十二回目の結婚の申し込みを承諾した。



「……ぃよっしゃああぁぁっっ!!!」



 それに歓喜の雄叫びを上げたディクスは、満面の笑顔でシェラルを抱き上げると、その身体を上空でクルクルと回し続けた。

 彼女がその勢いに目を回して気絶し、彼女の両親や使用人達が慌てて止めるという事態も起きたが、今となってはすっかり笑い話だ。




 結婚生活も順風満帆だった。

 ディクスが常にシェラルを第一に考え、彼女も彼を大切に想う良い関係のまま、一年が過ぎた。

 子供は、ディクスがまだ二人きりでいたいという意向にシェラルが頷き作らずにいたが、一年経ったし、そろそろ欲しいな……と彼女が考え始めた時に、その事態は起こった。



「シェラ、話があります」



 二人は毎晩一緒に寝ていて、今夜もシェラルはいつも通りディクスの部屋をノックし、返事の後に中へと入った。

 すると、執務椅子に座っていた真面目な顔のディクスが、そうシェラルに声を掛けたのだ。


 いつもにこやかに出迎えてくれる彼と全然違う事に、シェラルは酷く胸騒ぎがした。



「えっと……何、ディー?」

「単刀直入に言います。僕と離婚して下さい。僕に“運命の人”が現れたんです。僕は彼女と一緒になりたい」



 真剣な表情と声音と共に、ディクスは執務机の上に一通の『離婚届』を乗せたのだった――






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