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22.“幸せの形”は人それぞれ




 シェラルは、ディクスの問い掛けに暫し考える仕草をした後、その形の良い唇を開いた。



「ディー」

「……っ」



 ディクスはその呼び掛けを聞いて、胸の奥から喜びが湧き上がってくる。



(――あぁ……まだ僕の事を“愛称”で呼んでくれるのか。こんな……気持ち悪い僕を……。本当は別れたくない。「別れないでくれ」と泣いてシェラに縋りたい。けれど、それは彼女を困らせる事になるから。きっと彼女の心の中は、僕への軽蔑と嫌悪で一杯だろうから――)




「一つ訊いていい? それって、『自己愛者』……というものかしら? 前に本で読んだ事あるわ」

「……え? あぁ……。僕も自分が異常だと思って調べてみたのですが、それとは少し違うみたいです。僕は“女装した僕”を好きであって、男の僕には全く興味ありませんから。自分を格好良いと思った事など一度もありませんし」

「そうよね……。ディーって、面倒臭がって寝癖を直さずに髪の毛を後ろで結って毎回誤魔化してるし、忙しい日は朝一度も鏡を見ずに出掛けようとするし、自分に無頓着だものね。面倒ならどうして髪を切らないんだろうってずっと疑問だったけど、初恋の“彼女”の為だったのね……」



 成る程と頷くシェラルに、ディクスはハッと気付いたように身を乗り出し言葉を投げた。



「シェラ、誤解の無いように伝えますが、“彼女”に対して性的な思いを持った事は一度もありません。ただ眺めるだけで満足していたんです。触れたい、抱きしめたい……口付けしたいと思ったのは貴女が初めてです。どうか信じて下さい」

「ちょ……信じるから! 大丈夫だからそんな恥ずかしい事言わないで! 別に全然気にしてないから!」



 シェラルは顔を赤くさせながらそう返してきて、ディクスはキョトンとし首を傾げた。



「え……“全然気にしてない”?」

「えぇ。――別にいいんじゃない? “彼女”を好きでも」

「……え?」



 予想外過ぎる返答に、ディクスの口から裏返った声が漏れた。



「だって、“彼女”はディー、自分自身じゃない。ディーが自分の事を好きなのと、他の人が自分の事を好きの、『好き』の意味合いが違うんだろうけど、『好き』な事には変わりないし――って、言ってる意味分からないわよね? ごめんなさい、上手く伝えられなくて……」

「い、いえ……そんな」

「自分自身が好きでいいじゃない。心奪われる位大好きって羨ましいわ。私は、人見知りで引っ込み思案で上手く会話が出来ない自分の事、あまり好きじゃないから――」

「……っ! そんな事――」



 シェラルは首を横に振って、再び身を乗り出したディクスの言葉を止めると、小さく笑った。



「だから別に、好きなだけ“彼女”になって、好きなだけ“彼女”を眺めても構わないわ。こんなに綺麗なんだし、私も“貴女”をじっくりと眺めたいって思うもの」



 微笑むシェラルに、ディクスは唇を震わせながら、恐る恐る尋ねた。



「……き、気持ち悪く……ないんですか? こんな……女装した僕が……」

「え、どうして? 男性が女性の姿になってもいいじゃない。逆も有りだと思うわ。特に貴方は女装が似合ってるんだから、全然問題無いわよ。貴方の綺麗な顔なら、自分を好きになるのも無理ないわよね? ただ、“彼女”になる度『私って誰よりも可愛くて美人だわぁウフフフ』とか連発されるとムッとくるけど」

「……そんな事は絶対に言わないので安心して下さい……」



 ディクスは感極まり泣きたい衝動をグッと堪え、続けてシェラルに訊いた。



「ぼ、僕と……わ、別れなくて……いいのですか……?」

「えぇ、勿論よ。でももう“隠し事”は駄目よ? 私、その所為でディーを信じられなくなっていたから」

「……っ!!」



 ディクスの顔に、パッと花が咲いたような笑顔が広がる。



「はい、約束します! もう二度と貴女に“隠し事”はしません……! ――けど、貴女を沢山泣かせた『償い』が出来ていません。僕はどうしても、その『償い』がしたい――」



 すぐに花が萎んだような表情に変わったディクスに、シェラルは顎に拳を当て考えると、大きく頷いた。



「んー……。じゃあ今度、“彼女”になって、一緒に服を買いにいきましょう? 一緒に選んで、そして喫茶店でお喋りしながらご飯を食べるの。私、女友達が欲しかったのよ! 願いが叶って嬉しいわ」



 ニコリと笑うシェラルの顔がとても眩しく感じ、ディクスは潤む瞳を細めた。



「是非……是非、一緒に行かせて下さい。()()を受け入れてくれてありがとう、シェラ――」



 ディクスはシェラルの腕を掴んで引き寄せると、その身体を強く抱きしめる。

 我慢出来ず、彼女の柔らかい唇に自分の唇を重ねた。

 じっくりと堪能した後、ゆっくりと顔を離すと、紅潮しているシェラルが何だか複雑な表情を浮かべていて。



「……どうしました、シェラ?」

「あ……そ、その……。女性の姿で、その……口付けされると、背徳感がもの凄くて……」

「……あぁ」



 ディクスは可笑しそうにクスリと笑うと、シェラルの首筋に顔を埋めた。



「……ディー?」

「シェラ。貴女が自分の事を好きでないと言うのなら、それ以上に僕が貴女を愛します。僕は貴女の全てが好きだから。人見知りな所も、引っ込み思案な所も、すぐに赤くなる所も。どれも全部……全部愛おしいんです」

「ディー……」



 目を潤ませ見上げたシェラルにディクスは微笑み、もう一度口付けをしようと顔を近付けたが……



「その姿ではもう駄目。私の中の背徳感が悲鳴を上げるから」



 半目の顔でぴしゃりと断られ、ディクスは急いで着替えてきて。




 その夜、二人は久し振りに甘く熱情的な夜を過ごしたのだった――





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 男は、前を歩いているワンピース姿の女性二人に狙いを定めていた。

 二人共、とても器量の良い容貌をしているのだ。

 手を繋いで身体を寄せ合い、仲良く談笑をしている。二人共、眩しいくらいの笑顔だ。


 片方の女性は、もう片方の女性と比べて頭一つ分高く、見惚れる程スラリとしていた。


 あわよくば、二人のどちらかとお近付きになれればと目論んでいた男は、早速声を掛けた。



「お嬢さん達、良かったらぼくと一緒にお茶でもどう?」



 その声に同時に振り返った二人だったが、背の高い女性に鋭い目つきでギロリと睨まれ、男はヒッと声を上げた。

 その女性は、隣の女性の肩を抱き、薄く紅を塗った唇を開いた。



「私達は今デートをしているんです。他を当たって下さる?」



 女性の声とは正反対の、低く凄む声音に、男は青褪めながらコクコクと大きく頷き、逃げるように去って行った。



「……何だったのかしら?」

「気にしなくていいですよ、シェラ。今日はどんな服を買うのですか? 何でも買ってあげますよ」

「ふふ、ありがとう。また一緒に選んでね?」

「勿論ですよ」



 ディクスは嬉しそうに微笑むと、シェラルの手を握り直す。


 あれからディクスは、シェラルの前では女装を隠さないようになった。

 そうなると、どうしても屋敷の使用人達には気付かれてしまう訳で。


 最初は驚いていた使用人達だったが、幸いにも大らかな人達ばかりで、「似合うからまぁいいか」で済ましたのだった。



 ディクスはその格好で、シェラルと色んな場所に出掛けた。衣料品店や喫茶店、化粧品店にも。


 王国の由緒ある騎士団長であり、真面目で紳士なディクスがまさか女装しているとは誰しも露程も思わず、堂々と町を歩いても全く気付かれなかった。



 意見を言い合って一緒に選んで、シェラルは女性の友達が出来たようで嬉しかったし、ディクスは“初恋の人(じぶん)”と“愛する人(シェラル)”が一緒に並ぶ光景が嬉しくて堪らなくて。


 勿論、『この事』は屋敷の者達以外には絶対に内緒だが、ディクスは今までで最高の“幸福”を味わっていた。




 衣料品店に着くと、シェラルは中に入り、真っ直ぐにある一区画に向かった。



「シェラ? そこは身重の女性が着る服がある場所――」



 そこでハッと気付いたように、ディクスの言葉が途切れる。

 シェラルは目を見開くディクスを見上げると、頬を赤く染め、小さくコクリと頷いた。



「……!!」



 二人はあれから子供の事も話し合い、「そろそろ欲しいね」の意見が一致し、子作りも開始していたのだ。


 お腹に手を当て、恥ずかしそうに微笑むシェラルを見つめるディクスの身体中から、歓喜の思いがグングンと湧き上がってきて。




「……ぃよっしゃああぁぁっっ!!!」




 突然の雄叫びに似た男性の叫び声に、店内にいた女性客が驚き、腰を抜かす者が続出したのであった――









~Fin.~







最後までお付き合い頂きました皆様に、多大な感謝を込めて。

ブックマーク・いいね・評価をして下さった皆様に、壮大な愛と謝意を込めて。


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拙作をお読み下さり、本当にありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
平和な変態?! 心広いな、さすがヒロイン。 団長とか王女とか、もっとヤバいの居たから麻痺してるのかもしれないけど。
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