21.二人の行く末
目の前に立つ女性は顔に薄く化粧を施していて、それが彼女の綺麗な面持ちを引き立たせていた。
(こ、この人がディーの“愛人”……!? すごく綺麗な人じゃない! あぁ……これはぐぅの音も出ないわ……。大完敗よ……)
腰まで届く薄緑色のサラサラとした髪も、ランプの光を浴びて煌めいていて――
(――ん? “薄緑色”の髪……?)
シェラルは、女性をまじまじと見つめた。長い睫毛の隙間から見えるその瞳の色も、薄緑色で。
化粧をしていたのですぐには気付けなかったが、その顔は――
「…………もしかして……、……ディー……?」
「……はい、そうです」
「…………えっ、ええええぇぇっっ!?」
薄く紅が塗られている唇から馴染みのある男性の声が飛び出し、シェラルは思いっ切り叫んでしまった。
「ディ、ディーっ!? 貴方、何処からどう見ても女性よ!? しかもすっごく綺麗だし!?」
「……はい。そして、この姿――“彼女”が、忘れられない……忘れる事が出来ない、僕の『初恋の人』なんです」
「…………えっ、ええええぇぇっっ!?」
またもやシェラルは盛大に叫んでしまった。
驚愕して固まる彼女に、ディクスは少しだけ俯き、眉尻を下げながら説明を始めた。
「……最初は、幼馴染達の悪戯だったんです。僕が十歳の時、幼馴染が、『お前って女の姿が似合いそうだな』と言って、面白がったミチルダと一緒に、嫌がる僕に女装させたんです。その時髪の毛は短かったので、女性物の帽子を僕の頭に被せて。その姿を見た瞬間、僕は自分に一目惚れをしました。その……自分で言うのは何ですが……とても、可愛らしかったので」
「……えぇ、分かるわ……」
今でさえ美しい女性のような面持ちなのに、ディクスの幼少の頃なんて、周りの女子達より断然可愛いと容易に想像出来た。
「その日から、僕はたまに隠れて女装をして、その姿を見て心を奪われていました。“彼女”を見ると、心がときめくだけでなく、辛く悲しい気持ちも薄れて心が落ち着いたのです。“彼女”の姿を眺める事は、僕の『精神安定剤』でもありました」
辛い時や悲しい時、泣きたい時――
ディクスは女装をして、鏡の自分にニコリと微笑み掛けた。
“好きな人”が自分に微笑み掛けてくれているようで、ディクスの心はそれだけで満たされ、軽くなったのだ。
「幼馴染達には、その事を正直に話しました。そんな僕だから、勿論他に好きな人が出来る筈もなく……。二十五を超えても独り身な僕を、幼馴染達は随分と心配してくれました。……きっと、自分達が僕をこうさせてしまったと、『罪悪感』もあったんでしょうね」
「……ディー……」
自嘲気味に笑うディクスを、シェラルはただ見つめる事しか出来なかった。
「そんなある日、周りに勧められて嫌々ながら夜会に出席した僕は、貴女に出会ったんです。壁に寄り掛かり、憂いを帯びた表情で下を向く貴女は、すぐに消えてしまいそうな程儚くて、とても美しくて……。僕は、僕自身に一目惚れをした時以上の衝撃を受けました。貴女を逃したくないと思った僕は、すぐに貴女に声を掛け、ダンスに誘いました。即断られるとは思っていなかったので、そこも衝撃を受けましたね……」
「あ、あれは……。あははは……」
誤魔化し笑いをするシェラルを見て、ディクスはクスリ、と美麗な微笑みを見せた。
「それでも諦められなかった僕は、強引な方法を使って貴女とダンスをしました。僕の足を踏まないように、必死な表情で踊る貴女に益々惹かれ、僕は貴女を手に入れたいと強く思ったんです。こんな強烈な感情は初めてでした」
ディクスは言いながら瞼を閉じ、胸に手を当てる。
「貴女といる時だけは、“彼女”の事を忘れられました。貴女のお蔭で、漸く“彼女”を忘れられると思った僕は、貴女との結婚を機に、女性物の服を全て処分したのです」
「そう……だったの……」
「貴女との幸せな結婚生活の中で、時折は“彼女”を想うけれど、『会いたい』という欲求は一度も出ませんでした。……ですが……今回の事件で、仕方の無かった事ですが……貴女は僕に冷たくなり、日々の業務と事件の解明作業で時間に追われ、心が挫けそうになって……。その時、『“彼女”に会いたい』と強く思ってしまったんです。僕の心の奥で、まだ“彼女”を諦められていなかったんです。『“彼女”に会いたい』という思いが徐々に膨らんでいって、僕の我慢を超えてどうしようもなくなってしまって――」
次第に声を震わすディクスに、シェラルは神妙な顔つきでコクリと頷く。
「……だからミチルダさんに頼んで、女性物の服を買いに行ったのね? 自分に似合う女性の服は、男性の自分じゃ分からないから、店員のミチルダさんに色々と訊いて――」
「……はい、そうです。誤解を招いてしまい、本当にすみませんでした……」
ディクスは苦しそうに顔を歪めると、言葉を続ける。
「……僕は貴女を心から愛している。それは神に誓って言える、確かな想いです。けれど、“彼女”の事も未だに忘れられない、諦められない……。貴女を愛し、“彼女”を好きな僕は、本当に救いようがない、愚かな人間なんです……」
「…………」
言葉も無くただ自分を見つめるシェラルに、ディクスは唾を呑み込み、顔を上げると覚悟を決めて問い掛けた。
「シェラ。貴女がこんな僕と『別れたい』と言うのなら、僕は素直にそれに従います。僕の方から、貴女に『別れて下さい』とは絶対に言えないから……。――シェラル。僕達の行く末は……貴女が決めて下さい」




