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20.夫の“隠し事”




 これまでの事の説明を受けていたシェラルの顔は青褪めていたが、やがてポツリと質問を口にした。



「どうして、セリュード様とエルモア様はそんな事をしたの……?」



 ディクスはシェラルのその問いに、苦虫を噛み潰したような顔で唇を開いた。



「それは……。――セリュードは貴女を手に入れる為、第二王女は僕を手に入れる為……です」

「え……」

「利害が一致した二人は、協力体制を取ったんです。僕達を別れさせて、それぞれ己の好きな者を手に入れる為に」

「……セリュード様が……私を……?」



 彼とはあまり接点が無かった。

 城で会っても、挨拶をする程度の関係だった筈だ。



「そんなの信じられないわ……。エルモア様がディーの事を好きになるのは分かるけど……」

「シェラ。僕は夜会で、貴女の憂いに佇む姿に一目惚れをしました。貴女は黙って立っているだけでも魅力的なんです。セリュードの気持ちが分かるのが悔しいですが」

「えっ」



(ただ『早く帰りたい』って思いながら突っ立ってただけなのに!?)



 瞬間、シェラルの顔が真っ赤になる。



「そう……そういう顔も、ですよ。そんな可愛い顔、どの男にも見せたくありません。――いえ、全国民に『彼女は僕の妻だ』と自慢したい気持ちもありますね。悩ましいところです……」

「そ……そんな事言わなくていいからっ!」



 照れ隠しなのか、ディクスの腕の中で暴れるシェラルに、彼は愛おしさを感じクスリと微笑む。



「団長~、二人だけの世界に入ってイチャイチャするんだったら、おれもう行っていいッスか~?」



 そこで、ケインがやってられないという雰囲気を丸出しにして言葉を投げてきた。



「あぁ……ケイン、君のお蔭で助かりました。ありがとうございます。ついでに君の下にいる奴を牢にブチ込んできてくれますか?」

「りょーかいッスよ~。お礼は今度高級焼肉を奢るでお願いするッス」



 ケインはセリュードを軽々と担ぎ上げると、さっさと部屋から出て行った。



「……セリュードと第二王女は、やってはいけない重い罪を犯しました。離婚届の偽造に、偽造離婚届の無断提出……。『幻覚魔法』も、本来は魔族や魔物が対象で、余程の理由が無い限りは、人には決して掛けてはいけないものです。“幻覚”で人の人生を左右してしまう、恐ろしい魔法ですからね」

「……えぇ、そうね……」

「そして今回、彼らは貴女に睡眠薬を飲ませました。恐らく王女付きの侍女が、王女の命で貴女のカップに睡眠薬を染み込ませたのでしょう。彼女もすぐに捕まり、罪に問われるでしょうね」

「……そう、だったの……。変な味のお茶を飲んだ後、眠気が耐えられなくなったのはその所為だったのね……」

「そうです。近い内、彼らは幾つもの不正行為の罪で、然るべき『罰』を受けるでしょう。離婚届の取消も近い内に行われると思います。事件は漸く終わったんです。ですから、もう安心していいですよ」



 そう言って微笑むディクスに、シェラルは真剣な眼差しを向けた。



「……いいえ、まだよ」

「え……?」

「貴方の“隠し事”がまだ解決していないわ」

「…………っ」



 ディクスは息を呑み、シェラルの真面目な面持ちを見つめる。



「…………」



 やがて彼は、長い睫毛を伏せて俯き、大きく息を吐いた。



「……そう、ですね……。仰る通りです……。――今晩、僕の部屋に来てくれますか? そこで全てをお話します」

「……えぇ、分かったわ」

「……僕を、嫌いにならない事を……祈ります」



 ディクスは切なそうに微笑むと、シェラルの身体をそっと離した。



「色々と後始末が残っているので、行ってきますね。一人で大丈夫ですか?」

「えぇ、問題無いわ。大丈夫よ」

「まだ『幻覚魔法』の余韻が残っていると思うので、無理せずゆっくりと歩いて下さい。馬車を城門前に呼んでおきますので、気を付けて帰って下さいね。――では、また夜に……」

「えぇ。ディーも無理しないでね」

「ありがとうございます」



 ディクスは小さく微笑すると、シェラルの頭をそっと撫で、部屋から出て行った。



「……『嫌いにならない事を祈る』、……か」



(やっぱり、「実は愛人がいましたー」っていう落ちかしら……。コソコソと女性の服を買っていたし……)



「……どんな結果であろうとも、私はそれを受け止めるだけだわ。別れるか別れないかは、その時に決めればいいのよ」



 シェラルはそう決意すると息をつき、部屋から静かに退出したのだった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 後日、セリュードとエルモアの処罰が決まった。


 セリュードは団長から一般兵に階級を落とされ、服役後、強力な魔物が多く治安が悪い地方へ赴任となった。要は左遷され、飛ばされたのだ。

 勿論、『幻覚魔法』は上級魔法士によって、二度と使えないように封印された。



 プライドの高い彼はこれから、今まで自分の立場だった『上官』の命令に絶対的に従い、一般兵に交じって魔物達と命懸けで戦うという、最大の屈辱を日々強いられる事になる――




 エルモアは、遥か遠くの小国の第二王子のもとに嫁ぐ事になった。

 そこは辺境にあり、煌びやかなお店やお洒落なお店など程遠い、国民達がほぼ自給自足な生活をしており、城の者達も節約に力を入れている田舎の小国だ。


 王城の贅沢な暮らしに慣れ散財三昧だったエルモアは、そこの生活に一日持つかどうか分からない。

 すぐに嫌気が差して泣きを見る事は間違いないだろう。


 だが、辺鄙な場所にあるその小国は、一度渡ったら最後、なかなか戻って来られない。

 テラアレル王国国王は、前々からエルモアの妄想癖や我が儘な所業に頭を悩ませており、今回の事件を機に、彼女に見切りをつけたのだった。


 小国の第二王子は、エルモアの好みとは正反対の見目で、性格は俺様で乱暴者だが、節約に執念を燃やしているという。



 エルモアの、苦難と嘆きの日々が始まる――





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 ――事件が解決した、その日の夜。


 シェラルはディクスの部屋の前で、ノックをする体勢のまま固まっていた。

 いざその時になると、話を聞くのが怖いと思う自分が出てきて。


 かれこれ十分は扉の前でウロウロしていて、意を決してノックしようとしたが、動けずそこに立ったままでいたのだった。

 すると、



「――シェラ? 入ってきていいですよ?」



 と、扉の向こうからディクスの声が聞こえてきた。



(思いっ切りバレてた……!!)



 そうだ、彼は騎士団長だ。扉のすぐ先で何かがウロウロと怪しい動きをしている気配など、すぐに気付いていたんだろう。

 シェラルは大きく息をつくと、覚悟を決め扉をカチャリと開けた。



 そこにいたのは――




「……あ……」




 身体の線が分からない、全体的にフンワリとした清楚なワンピースを着て。


 サラサラとした腰まである長髪の、細身でとても美麗な女性が、憂いの表情でこちらを見つめ立っていたのだった――






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