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16.違和感




「……いたのですか、シェラ。何故こんな場所に?」



 息をついたディクスの冷たい目線と声に、シェラルの中で何かが切れた音がした。



「……えぇ、いたわ。お茶会の後、疲れからか急に眠たくなって仮眠していたのよ。――ねぇ、仮にも騎士団長なら、私の気配くらい察しなさいよ? もしも私が魔物だったなら、背後から襲われて貴方バッサリやられていたわよ?」



 負けず、シェラルも睨み返して言い返す。

 ()()をしている事が分かった時点で、シェラルの中でディクスに対する愛情が完全に消えてしまったようだった。


 自分の心が酷く冷え、頭も透き通ったように冷静さを取り戻していく。



(本当、こんな人だったと見抜けなかった自分が悔しいわ……)



「他の気配など、愛しいエルモアの前ではどれも霞むんです。僕達の“逢瀬”の邪魔をしないでくれませんか」

「邪魔をするつもりは毛頭ないわ。私達もう離婚してるんだから、堂々とどうぞ? 何なら国王陛下や重鎮達の目の前で抱き合ったらどう? きっと涙を流して喜んで下さるでしょうね」

「そんな憎まれ口を……。無神経な女ですね。エルモアと大違いだ」


(……ん……?)



 シェラルはそこで微かな違和感を持った。



「侯爵夫人! さっき大きな声が聞こえたが大丈夫か!?」



 そこへ、セリュードが乱暴に扉を開けて入ってきた。

 そして、未だに抱き合うディクスとエルモアを見て、顔を強張らせる。



「……おい。これは一体どんな状況だ」

「僕とエルモアは愛し合っているんです。離婚も成立しているし、こういう事をしても何の問題もありません」



 ディクスの言葉にセリュードは大きく舌打ちすると、シェラルのもとへと歩く。



「セリュード様……?」



 シェラルの近くまで来たセリュードは、切なそうな顔を浮かべた後、突然彼女を強く抱きしめた。



「えっ!?」

「夫人……いや、離婚したのならもう夫人じゃないな。シェラル嬢……こんな場面を見てしまって辛かっただろう? 俺の胸で存分に泣くといい」

「えっ? い、いえ、あの……っ」



(今までもう十分泣いたので間に合ってるんですが……!)



 慌てて身動ぎするが、セリュードはシェラルを離そうとしない。ガッシリと逞しい腕の中に捕まえられている。

 ディクス以外の男の人に触れられると、緊張で身体が固まってしまうシェラルは、半ば混乱しながら声を上げた。



「セリュード様、離して下さい……っ」



 真っ赤な顔でセリュードの胸を両手でグイグイと押していたら、不意に彼の腕の力がふっと弱まった。



(……! 今だっ!)



 その隙に、シェラルは身を屈めて彼のもとから急いで抜け出す。

 セリュードは何故か呆然とした表情でシェラルを見ていた。



「シェラル……何故逃げるんだ? 俺は君の味方なのに……。俺に甘えてくれて構わないんだぞ?」

「セリュード様、お気遣いありがとうございます。お気持ちだけ受け取っておきますね」



 シェラルは自身を落ち着かせる為に息を大きく吐き、目を見開くセリュードにそう言うと、ディクスの方を振り向いた。



「……ねぇディクス、エルモア様と愛し合ってるなら、こんな所でコソコソ逢瀬してないで、『王の間』のど真ん中でしなさいよ。きっと皆祝福してくれるわよ? 勿論表向きはね。裏では、妻と別れてすぐに王女様に乗り替えた軽薄な男として陰口叩かれるでしょうけれど?」



 シェラルの言葉に、ディクスは眉尻をピクリと動かした。



「……口だけは達者ですね。そんな生意気な女だったなんてガッカリですよ。エルモアは貴女とは違い、可愛い事ばかり言いますよ? 本当、貴女との間に子供が出来なくて良かったですよ。心底ホッとしました」


(…………)



 今のシェラルは、ディクスに離婚届を突き付けられた時とは違い、何の感情も無く、冷静だった。


 ――そのお蔭で、彼の言葉の“違和感”に気付けたのだ。



(……やっぱりそうだわ!)



 シェラルはディクスに身体ごと向き直ると、キッと彼を鋭く睨みつけた。



「ねぇ。貴方……()()()()

「…………は? 何をとぼけた事を言ってるんですか? 僕は僕、ディクス・ヘラザードですよ」

「そんなの嘘よ。貴方、ディーじゃ無いわ。彼は他人と比べて優劣を決める事は決してしないし、人の悪口も言わない。それに、子供が“出来なかった”んじゃなくて、()()()()()()のよ。あの人が、『暫くは二人きりがいい』って言ったから。私も『いいわよ』って了承して。本人がその事を知らないなんて絶対に有り得ないわ」

「…………」

「ねぇ、一体誰よ貴方? ディーに化けて私の前でエルモア様と睦まじくして、何がしたいのよっ!?」

「…………」



 シェラルの指摘に次第にディクスの顔から表情が無くなり、その薄緑色の瞳が怖い位ジッと彼女を見据える。


「…………」


 美しい人形のような面持ちのまま、ディクスは突然、自分の腕の中にいたエルモアを片手でドンッと突き飛ばした。



「きゃあっ!」



 不意打ちを食らい、エルモアの身体がドサッと床に倒れ込む。



「えっ?」



 シェラルは、ディクスの予想打にしない行動に両目を真ん丸くさせた。

 倒れたエルモアに見向きもせず、ディクスはシェラルにゆっくりと近付き、彼女の目の前で足を止める。


 変わらない無表情なその顔に、シェラルは恐怖を感じ、足が竦んで動けなくなった。



「この……シェラルに近付くなっ!」



 セリュードがディクスに飛び掛かったが、ディクスはそれをすんなりと避け、華麗にセリュードを蹴り飛ばし反撃した。



「ぐぁっ!!」



 セリュードの身体がふっ飛ばされ、背中から壁に叩きつけられる。



「セ……セリュード様っ!」

「……奴の心配などする必要は全くありません」   



 思わずセリュードのもとに駆け寄ろうとしたシェラルだったが、低い声音と共にその腕がディクスの手によって掴まれてしまった。



「あ……っ!」



 そのまま後ろに引っ張られ、シェラルはディクスの胸の中に囚われてしまったのだった――






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