14.お茶会当日
第二王女主催のお茶会の日がやってきた。
シェラルは予定通り、招待状に記載されていた時間より一時間半程早く登城した。
開催場所の中庭に行くと、ちらほらと令嬢が集まっている。
(やっぱり実際の開始時間は、記載の時間より早かったようね……)
シェラルはホッと息をつくと、参加者の証である招待状を受付に提示する。
受付の侍女はその招待状を確認すると、怪訝に眉根を寄せた。
「え……これは……? 記載時間が間違っていますね……。まぁ……一時間も遅く……。シェラル様、誠に申し訳ございませんでした」
何も事情を知らないのであろう受付の侍女は、シェラルに深々と頭を下げ謝罪をした。
「いえ、そんな……謝らないで下さい。大丈夫ですよ」
「早く来て下さって本当に良かったです。もうすぐ始まりますので」
シェラルは両手をブンブンと左右に振りながら、優しく微笑む彼女のお蔭で招待状に対する溜飲が下がったのだった。
しかし、ここに来て最悪の事実が分かった。
座る席が指定席だったのだ。しかも、シェラルの席はエルモアの近くだ。
恐らく、上座から高い爵位順に並べているのであろう。
(ああぁ……。本当に最悪だわ……)
シェラルは心の中で盛大に嘆きながら、自分の席におずおずと座る。
隣に座った初対面の公爵令嬢とドキドキしながら談笑していると、
「エルモア・ニナ・テラアレル第二王女殿下、お越しになられました」
受付の声と共に、開始時間から少し遅れて、数人の侍女を引き連れエルモアが姿を現した。
意地の悪い笑みを扇子で隠し、エルモアは空席であろうシェラルの席を見る。
「……っ!」
そこに普通に座っているシェラルを見ると、エルモアは信じられないという風に両目を軽く見開いた。
彼女は眉間に皺を寄せたが、すぐに表情を戻し、フイッと目を逸らすと自分の席につく。
その悔しそうな顔で更に溜飲が下がったシェラルは、
(うん、もう十分満足だわ。後は適当にお菓子を摘んで気配を完全に消して石像になりながら時間が過ぎるのを待つのよ)
と、給仕係の侍女が自分のカップにお茶を注ぐのを、ボンヤリと眺めながら思った。
「では皆様、お茶を召し上がって下さいな。他国から輸入した特別なお茶ですのよ」
エルモアの言葉に、皆一斉にカップに口をつける。
シェラルもそれに倣ってお茶を一口飲んでみた。
(……何だか独特な味ね……。正直、あまり美味しくないわ……)
シェラルが心の中で顔を顰めていると、周りから、
「今まで飲んだどのお茶より美味しいですわ」
「深みがあって繊細なお味で素晴らしいわ」
との絶賛の声が上がった。
(そう……? 私の舌が変なのかしら? それとも皆、無理して飲んでエルモア様におべっか使ってる? 嘘をつきたくないし、私は黙っていよう……)
それでも出された分を我慢して飲もうとしたが、どうしてもこの独特な味が受け入れられず、少し残してしまった。
シェラルはすぐさまお菓子を摘んで口直しをする。
話題はやはりエルモアの話が中心で、魔物に襲われた時、ディクスが自分を腕の中で護りつつ戦ってくれたとか、自分に向けてくる笑顔が、他の人に向けるものと違って特別だとか、恋する乙女の瞳を輝かせながら延々と話している。
「最近は、ずっとわたしに付き添って護ってくれていますのよ。わたしと離れるのが嫌みたいで――」
シェラルがディクスの妻だと知っている参加者は、シェラルの様子を気遣わしげにチラチラと窺いつつも、エルモアに賛同していた。
(うぅ、皆からの視線が痛い……。穴が空きそう……。早く帰りたい……。壁さんが恋しい……)
「……それで、わたしとディクス様は深く想い合っていますのよ。いつでも……そう、今この瞬間だって、わたし達は添い遂げる事が出来ますの」
(ん……?)
その言い方は、今すぐにでもディクスと結婚出来るというニュアンスを持っていた。
(エルモア様、私とディーが離婚している事を知っている……?)
しかし、その疑問は今絶対に口に出してはならないものだ。
ディクスがその事を隠しているのなら、自分も隠し通さねばならない。
その理由を訊くまでは、事を荒立ててはいけない――
シェラルは終始顔に微笑みを貼り付けながら、(自分は“微笑みの石像”、自分は“微笑みの石像”……)と念を唱え、この苦行の時間を必死に耐えていた。
お茶会が終わる頃には、シェラルは心底疲れ切った状態になっていた。
自分話とシェラルの様子に満足したのか、エルモアが目を細め機嫌良く先に退席すると、
「大丈夫……? 貴女、笑顔を崩さずよく頑張ったわね」
と、隣の公爵令嬢が声を掛けてくれた。
「は、はい、何とか……。“微笑みの石像”になって耐え抜きました」
「“微笑みの石像”……? ――フフッ。貴女、面白い事仰るのね。エルモア様の乙女な妄想話には皆呆れてるのよ。あの方の言う事は全く気にしなくていいわよ。本当に妄想が激しい方だから」
「はい……お心遣いありがとうございます」
「まぁ……貴女、顔色悪いわよ? エルモア様のあんなお話を永遠と聞かされたら無理もないわ……。早く帰って休みなさいな。――今度、私主催のお茶会に誘っていいかしら?」
「はっ、はい、勿論です! 喜んでお受け致します!」
「フフッ、ありがとう。それではまた」
公爵令嬢は優美に礼をすると、この場から去って行った。
(最悪なお茶会で終わるかと思ったけど、良い事もあったわ……。何だかんだで来て良かったかも……。――あぁ、だけど何だろう……この怠さと眠気は……。緊張の糸が切れたからかしら……)
シェラルは閉じそうな目を必死で開け、帰り道の廊下を早足で急ぐ。
「――侯爵夫人、茶会は終わったのか」
そこへ前から声を掛けられ、俯いていた顔を上げると、魔法士団長のセリュード・マーティが立っていた。
「……セリュード様……」
「……どうした、夫人? 何だか眠そうだな。休憩室で少し休むか?」
「あ、えっと――」
シェラルは答えようとしたが、急激に意識が朦朧とし始めてきた。
(……もう……だめ……。限界――)
「――おい、夫人……? ――夫人っ!?」
セリュードの叫びと共に、シェラルの意識は闇に吸い込まれていったのだった――




