クラスメイトの美少女からの告白を断ったら、「乱数調整して結果を変えなきゃ」と言い出した
「どうか私と付き合って下さい!」
放課後、クラスメイトからコクられた。
しかも相手はクラスでも、いや学年でも指折りの美少女である相澤花凛。
うなじにかかるほどの長さの髪をうっすらと茶に染め、目はぱっちり、鼻筋は通っており、華やかながら親しみのある顔立ちをしている。制服の上からでもスタイルがいいのが分かる。
やったじゃん、おめでとう、と思うかもしれないが、俺の心の中は案外そうでもなかった。
俺は柿本真二っていうんだけど、こういう経験は初めてじゃない。
背は高い方だし、鏡で見る自分の顔立ちはクールな感じで我ながら悪くないと思っている。
ようするに、自分が女の子ウケする容姿であるという自覚はあった。
だけど、今までに誰かと付き合ったことはなかった。
なぜかというと、一言で言うと“面倒”だから。
別に女が嫌いってわけじゃない。人並みにエッチな妄想とかはするし、美人を見ると「おっ」となるし。
だけど、今は勉強やスポーツに集中したいというか、男同士でつるんでる方が楽しいというか、そんな気持ちなんだよな。
女の子の機嫌を取って、デートして、メールして、とかやりたくない。
だから俺は後悔するかもしれないと思いつつも、
「ごめん、今誰かと付き合うって気持ちじゃなくて……」
頭を下げて断った。
「そっか……」
相澤はシュンとしていた。心が痛む。
だけどこればかりは仕方ない。誰かと付き合うって気持ちにどうしてもなれないんだ。
すると――
「よし、だったら乱数調整して結果を変えなきゃ!」
突然妙なことを言い出した。
え、なに? 何を調整するって?
相澤は廊下をウロウロと歩き始めてから、またこっちにやってきた。
「どうか私と付き合って下さい!」
「いや、だから付き合えないけど……」
「まだダメか! じゃあもう一回!」
今度はその場でくるくると回り始めた。
十回転ぐらいしてから、また俺に話しかけてくる。
「付き合って下さい!」
「いや、同じ結果だから。むしろ悪くなってる気さえする」
「乱数調整も効果なしかー」
「そもそも乱数調整ってなんなんだよ」
「ゲームである攻撃が外れた時に、直前からやり直してキャラを適当に動かしてからまた攻撃すると、今度は当たったりするの。これを乱数調整っていうの」
「それはなんとなく知ってるけど……あいにくこれは現実だし」
「ここでいくら乱数調整してもダメそうね。じゃあ、地道にやるしかないか。またね、柿本君!」
「うん、またね」
相澤は元気よく去っていった。
フラれたばかりなのに、大したメンタルだと思った。
思った以上に変な子だったと分かったが、それがちょっと可愛いなとも思ってしまった。
***
翌朝の登校はちょっと気まずかった。
なにしろ昨日、女の子を失恋させたんだ。それもクラスメイト。
元気よく別れたけど、相澤はきっと傷ついてるはず。もし会ったらどういう顔をすればいいのやら。そんなことばかり考えていた。
だが――
「おはよー!」
相澤は予想に反し大きな声で挨拶してきた。から元気という感じでもない。
「お、おはよう」
「柿本君、元気ないねー」
「そっちこそ元気ありすぎだろ……。昨日俺にフラれたのに」
「まあね。自分でもちょっとそう思う」
「思うのかよ」
「でも失恋してガックリして、いつまでも落ち込んでたら損じゃない? だから今日も元気、元気!」
両手でガッツポーズする相澤に、俺は苦笑する。
「メンタル強いんだなぁ」
だけど呆れつつも、相澤の打たれ強さに心の奥底でキュンとなってしまっているのもまた事実だった。
俺ってへこたれない女の子が好みなのかも、と自分の中の新大陸を発見してしまった。
***
帰りのホームルームが終わり、俺が帰り支度をしていると、相澤がやってきた。
「柿本君!」
「ん?」
「一緒に帰らない?」
俺はきょとんとしつつ、答える。
「えーっと、昨日お前、俺にフラれなかったっけ」
「フラれたけど、それはそれ、これはこれ、でしょ?」
にっこり笑う相澤に、俺は「まあ、確かに」と答えるしかなかった。
俺らは二人とも自転車通学なので駐輪場まで一緒に歩く。
「相澤って好きな歌手とかいる?」
「私? “コンビニキッズ”とか好きかな」
「あ、俺も好き! どの曲もノリいいし」
「えー、ホントー?」
5分か10分くらいの会話だが、案外趣味が合うことが分かった。会話してて楽しい。
家は逆方向なので駐輪場で別れるが、多少帰りが遅くなっても少し相澤についていきたい。そんな気持ちにもなっていた。
自転車に乗って遠ざかっていく相澤の背中は、背筋がしゃんとしてて綺麗だった。
***
ある日の休み時間、俺は珍しく勉強していた。
数学の参考書を相手に悪戦苦闘する。
中学では数学は得意教科だったけど、高校に入ってからの数学は難しく、イマイチついていけてない。このままじゃまずいとちょっと危機感を抱き始めていた。
そうしたら相澤がやってきた。
「柿本君、勉強? 偉いねー」
「別に偉くはないだろ」
「まあね」とでも返せばいいのに、照れもあり、ツンとした返しをしてしまう。少し自己嫌悪になる。
「どこやってんの?」
「この問題がさ、答え見てもよく分からなくて……」
「あー、これはねー……」
相澤の教え方は参考書よりずっと分かりやすかった。
自力では全然ほどけなかった結び目をあっさり解いてもらった気分だ。次、同じ結び目に出会ったら俺も解けるだろうなってオマケつきで。
「相澤、数学得意なの?」
「まあねー」
相澤がニカッて感じの笑みを浮かべる。なんだかとても眩しくて、思わず目を細めてしまった。
「よかったら今度、本格的に教えよっか?」
「うん、気が向いたら、な」
「えー、なにそれー」
すぐ「教えてよ」って答えたかったのに、「気が向いたら」なんて答える自分の小さなプライドが歯がゆい。
「だったらすぐ気が向いてくれるよう乱数調整しよっかなー」
「それはやらなくていい」
相澤の乱数調整発言で、これ以上ときめかずに済んだ。助かったぁ……。
***
家庭科の調理実習で、俺は相澤と同じ班になった。
俺が自分でやったことある料理といったらせいぜいTKGぐらいで、いつも母さん任せだから、まごまごするばかりで何もすることができない。
そんな中、相澤はみんなのリーダーとなって、率先して料理を作る。
エプロン姿でテキパキと味噌汁や卵焼きを作っていく相澤がとても頼もしく見えた。
「相澤って料理も得意なんだな」
「まあねー、お母さんが入院してた時は私が全部やってたし。今も自分のお弁当作ったりするしね。さすがに毎日じゃないけど」
「へえ、相澤の作った弁当、食べてみたいな」
言ってからとんでもないことを口走ったことに気づく。
俺からすればこんなもの、「あなたに好意があります」と告白してるようなもんだ。
だが、相澤は特別なリアクションは見せず、
「じゃあ、今度作ってこようか?」
あっさり答える。
「え、いいの?」
「うん、多めに作ってそれ詰めるだけだし」
大したことないよと言わんばかりににんまり笑う相澤が、やっぱり眩しい。
俺はこの日の夜、相澤のこの笑顔がずっと目に焼き付いて、なかなか眠れなかった。
ここまで来ると、嫌でも自分の本音と向き合わざるを得ない。
そう、俺は――相澤のことが好きなんだ。
相澤と付き合って、相澤の機嫌を取って、一緒にデートして、夜遅くまでメールして、そんな“面倒”なことをやりたいんだ……。
***
「どうか、俺と付き合って下さい!」
数日後の放課後、俺はついにコクった。
コクられた相澤は最初きょとんとしていたが、徐々に状況を呑み込めたようで、
「え……えーっ!?」
という感じに驚いていた。バラエティ番組だったら満点のリアクションだ。
「ダメ……かな?」
俺は俺で、一度振っているという後ろめたさがあるから、つい弱気に確認してしまう。
相澤はものすごい勢いで首をブンブン横に振る。
「ううん、全然全然! 嬉しい嬉しい! OKOK!」
告白されたばかりの女子高生の反応じゃないけど、相澤のこういう相澤らしさがまたたまらない。
俺の不安をよそに、あっけなくOKを貰えた。俺たち二人は晴れてカップルになった。
だが、相澤はどこか腑に落ちていない表情をしている。
「どうかした?」俺が尋ねてみる。
「うん……。私、またいつか柿本君に告白するために、少しでも気を引こうと頑張ってたつもりだったから、まさか柿本君の方から告白されるとは思わなくて……ビックリしちゃった!」
相澤からすれば、俺からの好感度を少しずつ高めて、またコクるつもりだったんだろう。
だけど俺からの好感度は“少しずつ”どころかぐんぐん伸びて、伸びすぎて、俺からコクられることになってしまった。
ゲームでたとえると、まだまだクリアは先かと思ってたら、突然エンディングが始まったような感じだろうな。
「もしかして私、乱数調整しすぎちゃった?」
真剣なトーンで聞いてくる相澤に、俺は微笑む。
「……かもしれないな」
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。