188 魔法少女の希望者
夕方、家に帰るとリビングにクルミちゃんがいた。
「魔法少女に、私はなる! なりたいです! ならせて下さい、ファー様!」
クルミちゃんは私の顔を見るなり走り寄ってきて、私の手を握ると熱い瞳でそう叫んだ。
ちなみに私はファーのままだった。
最近、ちゃんと場所に合わせて変身するのを、ついうっかり忘れがちです。
気をつけよう。
「ごめんね、ファーさん。魔法の件を話したら、こうなっちゃって」
リビングにはヒロもいた。
シロとクロを膝に乗せて、苦笑していた。
シロとクロは呑気の他人事の様子だ。
「というわけで! 今日はお泊りするのでよろしくお願いします!」
「するんだ?」
私はヒロに確認した。
「うん。そういうことになっちゃったけど、いい? そのまま明日も遊ぶって形で」
「明日の東京行きも楽しみです!」
クルミちゃんは熱い。
まさに燃えていた。
「ヒロはどうするの? ヒロも魔法少女になるの?」
「私は今はいいや。もう少し慎重に将来のことを決めてからにするよ」
「私は決めているの! 将来はカナちゃんの会社に入って、セリ様とカナちゃんと一緒にファー様を崇めて生きていく!」
ここでクルミちゃんはハッとした顔を浮かべて……。
なぜか恭しく頭を下げた。
「よろしくお願いします、マスター」
とか言ってくる。
「いや、うん。マスターはやめてね? さすがに」
「なら、社長で!」
「私は会社はやってないけどねえ。それに、さすがに高校生は雇えないと思うよ」
「アルバイトでもいいです!」
「それならいいかも知れないけど……」
「やったー!」
クルミちゃんが飛び跳ねで喜ぶ。
それを見たヒロが心配そうに、
「……ファーさん、いいの? カナタ、さんのことを簡単に決めちゃって」
「あー。うん。だよねえ」
今の私はファーでした。
「ともかく、魔法少女をお願いします! 私、希望します! 迷いはないので、できれば今すぐにお願いします!」
「まあ、いいか。はい」
そもそも許可は出してあったしね。
「え」
「おわったよ?」
魔力覚醒、してあげました。
「あ、私の体が、光って……。なんかあったかい……」
「それが魔力だねー」
クルミちゃんの体が、ほんのりと赤い光に包まれて、消えた。
「ねえ、ファー様。私、赤かったけどこれって――」
うん、火属性だね、と私は言おうとしたけど、それより先にクルミちゃんが、
「これってもしかして、私、主人公!? やったぁ!」
と、喜び出した。
なるほど、そういう考えもあるか。
赤といえば、だね。
物語においては、主人公というかリーダーポジションの多い色だ。
「それで、どうやれば魔法って使えるの!? 悪よ、滅びよ! 必殺! スーパースプラッシュプロージョン! ……なんにも起きないね」
「修行だね」
「あー。そういうのいるんだぁ」
クルミちゃんはがっくりとうなだれた。
だけどすぐに元気を取り戻して、再び頭を下げてきた。
「頑張ります! よろしくお願いします!」
「シロ、クロ」
私は2匹に話を振ろうとした。
「無理なのです。シロには護衛という大切な仕事があるのです」
「そもそもその程度の魔力じゃ、ちゃんと魔法を使うのは難しいと思うよ」
2匹はそっけなかった。
クルミちゃんは、いきなり猫がしゃべったことに驚きながらも、素早い順応性で2匹を使い魔だと認識して、それから落ち込んだ。
「うう。もしかして、私、才能なかったぁ……?」
「大丈夫だよ。人間には人間用の魔術っていう体系があって、そっちなら使えるから」
「ファー様たちとは違うんだ?」
「私たちは人間じゃないから」
「そうなの!? え、でも、それって、ならヒロも人間じゃないの?」
「私は普通に人間だよ」
クルミちゃんに聞かれて、ヒロは笑顔で答えた。
「どうして?」
ヒロがたずねると、クルミちゃんは真顔でこう言った。
「だって――。ファー様ってカナちゃんだよね? カナちゃんはヒロのお姉さんだし、それならヒロもそうなのかと思って」
部屋に沈黙が降りた。
「一応、言っておくけど、私はもちろんなんにも言っていないよ?」
しばらくして、ヒロが私に言った。
「知ってたんだ?」
私はクルミちゃんにたずねた。
「知ってたっていうか、だって、普通にカナちゃんだったし。しゃべり方も趣味も。違うのは見た目だけだよね? さすがに途中で気づいたよ」
「あ。うん。そっかぁー」
あはは。
「私、ちゃんと知らないフリはできていたでしょ? 秘密は守るの! 約束する! 魔法少女にしてもらえたってことは仲間だよね? だから解禁しちゃったけど。……いいよね?」
「いいよー」
私はあっさりとあきらめた。
クルミちゃんの言う通り、魔力覚醒させた以上は完全に仲間か。
ならば、引き込んでしまった方がいいだろう。
私は自宅だし、カナタの姿に戻った。
「うわ。すごい。一瞬なんだね。それって、魔法なの?」
「うん。そうだよー」
「私にもできるようになるのかな?」
「訓練すればできるかも知れないね」
「お願いします!」
「残念だけど、私には無理かなー。私、人間用の魔術には詳しくなくてねー。石木さんが詳しいからお願いしておくよー」
「やったぁ! それって、ラッキーのラッキーだよね! ……でも、そっか。それなら私、セリ様のことは師匠って呼ばなくちゃいけないよね。気持ちを入れ替えて本気で頑張るので、よろしくお願いします。私、本気で新しい道を掴みたい」
「うん。頑張って」
クルミちゃんは、私が思っていた以上にしっかりしているようだ。
ミーハー心を自制して修行に励むと宣言した。
ここでシロが、ヒロの膝の上から口を開いた。
「マスター、そのニンゲンには制約魔法をかけるべきなのです。普通の娘がいきなり力を手に入れて秘密の厳守は難しいのです」
「だね。仲間にするとしても魔法で縛るべきだよ。その方が彼女のためでもある」
クロも同意見だった。
クルミちゃん本人も、むしろその方がいいと言ってきた。
私は正直、大いに迷った。
だって、人間を魔法で縛るなんて、よくないよね……。
だけど、まあ……。
何かあった後に、記憶を消して、すべてをなかったことにするよりはマシか。
私はクルミちゃんに制約魔法をかけた。
かくして。
制約ありきながら、クルミちゃんは正式に私の仲間となったのでした。




