186 新しい世界、懐かしい世界
その景色は、大宮殿というより大庭園。
いや、うん。
さらに広大な、まさに大帝国の中枢と呼べるような最高区画に見えた。
そびえる大宮殿を奥に見つつ、その手前に庭園が広がって、庭園のまわりには大宮殿ほどではないものの立派な建物が立ち並ぶ。
かつての大帝国って、超機動戦艦ハイネリスがあったり、サポートAIのカメキチがいたり、戦闘メカのインペリアル・ガードがいたり、メイドロボがいたり……。
他にも、話を聞いたり海底に眠る大帝都の遺跡を見るに、多数の空中船があったり、高層ビルの立ち並ぶ都区があったり……。
現代世界どころかSFっちくな世界観すら普通に持っているんだけど……。
大宮殿を中心としたスクリーンに映る景色は、まさにファンタジーだった。
王道ど真ん中な、帝国の中枢という感じだ。
といっても、大宮殿の背後には大艦艇の発着場があって、亜空間ドックにもつながるそこはSF的な雰囲気を持っていけだと。
「ちょっと見てくるね」
私は外に出ようとした。
この目で直に見ねば。
「マスター、その前に両賢者の収納許可をいただいてよろしいでしょうか?」
「いいけど、どうしたの?」
「力を使い果たして倒れておりますので、休息が必要かと」
「気づかなくてごめん。私、魔法を使おうか?」
「いいえ。純粋な消耗なので、メディカルカプセルに収納するのが最良かと。回復時の負担が最も軽く済みます」
「わかった。じゃあ、お願い」
「お任せ下さい。メイドロボがすでに待機しておりますので、運ばせます」
よく見れば私もMPの大半を使っていた。
身を起こしてしゃべっていると、軽く立ち眩みを感じる。
私も休んだ方が良さそうだ。
でも、うん。
まだ体は動くので、やはり好奇心を満たそう。
私は船外に出た。
「おお……」
キナーエの内海の空に、大きくて新しい島が出来上がっていた。
その島は、ハイネリスから見れば見下ろす形だけど、環状の島々よりは高い場所にある。
大宮殿はさらにその島の少し高いところにあった。
そして映像で見た通りに大宮殿の前面には広大な庭園があった。
周囲の建物と含めてちゃんと見て回れば、いったい、何日かかるのだろうか。
何十万人も集めた大きなイベントだって、平気でやれそうだ。
本当に、世界の中枢ここにあり、という感じがする。
新大帝都キナーエ。
なんて言葉を、思わず私は思い浮かべたけど……。
さすがに国を作るつもりはない。
まして、世界を制する大帝国なんて、ね。
と言いつつも……。
「ふふふ。ははは。世界平和のために。世界安寧のために。誰もが等しく幸せに生きられる理想世界のために。今、私の新たなる一歩は、ここに始まったのだ」
なんて、言ってみたりして。
うん。
はい。
あまりに荘厳で壮大な眼下の大宮殿を見ていると、思わず、そんな気にもならないわけではない私なのでありました。
もちろん、そんな気程度なので本気ではありませんが。
私はすぐに思考を現実に戻した。
「でもこれ、維持と管理が大変そうだよね……」
いくらメイドロボが余っているとはいえ、果たして足りるのか不安になる。
だけどその不安は庭園に下りたところでいくらか払拭された。
警備清掃ロボが普通に稼働していたからだ。
いや、うん。
すごいね。
噴水からは水が溢れ、木々は緑に輝き、ロボは動き……。
魔法ひとつでここまで生まれるとは。
私は本当に、神なき世界の神、なのだろう……。
ただ、うん。
私だけではとても無理だけど。
これを構築して発現できる、カメキチにハイネリス、両賢者の力があればこそだよね。
慢心だけは気をつけようと心に誓いつつ……。
私は1人、まだ誰もいない新しい世界を歩くのだった。
しばらく歩いて大宮殿に到着する。
建物の中央にある大きな扉が開いていたので、そこから中に入ってみることにした。
門の左右にはインペリアル・ガードがいた。
止められちゃうかな……。
と思ったけど、素通りできた。
さすがは私。
門の中は、豪華で広大なエントランスホールになっていた。
正面には受付カウンターがある。
なんとなく市役所を思い出す配置だった。
というか、大宮殿は大帝国の政治の中枢でもあったか。
なので市役所っぽいのは自然か。
きっと在りし日には、毎日、ここでたくさんの公務員が働いて、たくさんの人が事案の処理に訪れていたのだろう。
石木さんやアンタンタラスさんも含めて。
佇んでいると、一匹の機械のカメがふわふわと近づいてきた。
「おかえりなさいませ、マスター。大宮殿のサポートAI、カメノコと申します」
「うん。こんにちは」
はじめまして、というのはやめておいた。
「仔細は先程、カメキチから届きました。まだ情報の整理中ではありますが、ともかくお部屋へご案内させていただきます」
「うん。ありがとう」
せっかくなので、行ってみることにした。
私はカメノコの案内でエントランスを出ると通路からエレベーターに乗った。
エレベーターも普通にありました。
「でも、君もカメなんだね」
「はい。マスターのサポートAIは、すべてカメです」
「私、カメが好きだったんだね」
「はい。マスターは大変にカメを好んでおられて、中でも木彫りのカメをカメサマと呼んで宝物にしておられました」
「へー」
「おそらく、お部屋にあると思いますよ」
「それは楽しみだな」
ファーエイルさんの宝物か。
どんなものだろう。
私の部屋は、いくつもの区画を抜けた先、最上階にあった。
社長室みたいな感じだろうか……。
それとも物語に出てくる皇帝の私室だろうか……。
いろいろ想像していたけど、そこにあったのは、ハイネリスの最高管制室と変わらないお洒落な女の子の部屋だった。
むしろハイネリスの部屋より生活感がある。
普段はこちらで暮らしていたのかな……。
そんな気がする。
私はまず、棚に置かれた木彫りのカメに目を向けた。
ああ、これか。
と思う。
私にファーエイルさんの記憶はない。
私が継承したのは、ガワが持つステータスやスキルや能力だけだ。
だけどそれでも残っているものはあるのだろう。
カメサマは、あくまで木彫りの亀だった。
特殊な力はない。
だけどファーエイルさんにとっては、本物のお守りだったのだ。
木彫りのカメをカメサマと呼んでお祈りする私の姿が、なんとなく浮かんだ。
「ただいま、カメサマ」
私は手を合わせて、同じようにお祈りした。
カメサマは何も答えてはくれない。
なにしろただの木彫りの亀だから。
でも、私には聞こえた。
――今日の世界のみんなが、等しく幸せで平和でありますように。
と願う、優しいファーエイルさんの声が。
その後、続けて、
――さぁてと、今日も世界征服を頑張るかぁ。
――次の国は、どうやって潰そうかなー。
なーんて、それはもう楽しそうに言っている声については……。
うん。
はい。
まあ、気にしないことにしました!
次に見たのは、壁にかけられた青色の髪の少女の絵画だ。
幻想的な雰囲気の、でも、とても強い瞳で描かれた美しい少女だった。
まるで精霊のように見える。
「ねえ、この子って……」
「その方は、かつてのマスターが最大の敵とおっしゃっていらした方ですよ」
「敵なんだ……?」
その割には、大切に飾られているけど。
まるで亡くした親友みたいに。
「はい。そう聞いています」
「どんな子なんだろ? 名前とか……」
「わかりません。かつてのマスターは最大の敵について、最大の敵だったということ以外には何も語られませんでしたので。飾られているのも、この一枚だけです」
「そっかぁ……」
だった、ということは……。
当時のファーエイルさんにとっても過去の話だったのだろうか。
わからないけど。
私は少なくとも、彼女のことを思い出せない。
当たり前だけど。
私は私だけど、ファーエイルさんそのものではないのだから。
私は長い間、その少女の絵画を見つめた。
いつまででも見ていられた。
決して飽きることはない。
その絵画には、そんな不思議な強い魅力があった。




