185 創造魔法
創造魔法とは、元祖にして万能な究極の魔法だ。
それは、自らの内で想像したものを魔力で生成してこの世界に具現化する力。
想像力と魔力さえあれば、何でもやれてしまう。
それこそ生命を作ることすら可能だ。
だけど、では、本当に何でもやれてしまうのかと言えば、そうでもない。
たとえば生命を作るにしても、なんとなく動く姿を想像して魔法を使ったところで、それは人形にしかならない。
生命を生命たらせる魂から構築しなければならないのだ。
なので大帝国時代でも、創造魔法を操って生命を確実に生み出せるような存在は、それこそ私しかいなかったようだ。
うむ……。
私は、できたようです。
怖いね。
ただ、今の私にはとても無理ですが。
ファーエイルさんから多くを引き継いだ私ですが、専門知識的なものは彼女の記憶と共に受け継いでいないのです。
ファーエイルさんは、あくまで、私は私のままで生きてね、と言ってくれた。
私が受け継いだのはガワとしてのファーエイルさんだけなのだ。
一応、ステータスには「INT」すなわち知性もあるけど、これはぶっちゃけ魔力強度としてしか機能していない。
ゲームのINTと同じようなものだった。
ともかく。
創造魔法は何でもできる反面、常に根本からのイメージ構築を必要として、正確に発動させるための難易度は高かった。
故に魔法は、万能にして究極なところからグレードを下げて、ある程度の基本形を用意しておくことで発動を簡単にする形に進化していった。
たとえば家を作るにしても、建材基本セットみたいなものがあれば、プラモデル感覚で作ることができる、という感じに。
それをさらに完全に型に嵌めて、押出成形で弱い力でも発動できるようにしたものが、かつての石木さんが人間のために発明した「魔術」となる。
「マスター、両賢者の準備が整いました。これより創造魔法の発動に入りますが、マスターの準備はいかがでしょう?」
「いつでもいいよー」
さあ、頑張りますか。
と言っても私の仕事は魔力供給だけなのだけれど。
私はハイネリスの艦内、いつもの最高管制室こと私の部屋にいる。
目の前にはスクリーンが浮かんでいて、そこには浮遊島の縁に立つ賢者イキシオイレスと賢者アンタンタラスの姿が映っていた。
実際に魔法を発動させるのはその2人だ。
頑張ってほしい。
「というか、さ、今さらだけど、魔法は海の方に使うの?」
よく見れば、2人は浮遊島の陸地に背を向けて、海の側に向いて立っている。
しかも内海の方だ。
「はい。このキナーエを一大空中都市とするのであれば、やはりその核となる大宮殿はすべてを見下ろす中央高所にこそあるべきでしょう」
「そっかー」
例によって計画は丸投げしてあったので詳細は知らない私なのでした。
準備が整うまで工房にいたしね。
「設計図をご確認なさいますか?」
「ううん。それはいいや。魔法を始めようか」
すべてお任せした私が、今さら時間を取るのは良くないだろう。
「わかりました。では両賢者に合図を送らせていただきます。マスターは今からテーブル上のパネルに魔力供給をお願いします。供給された魔力はハイネリスの安定化装置を通じて創造魔法に乗せさせていただきます」
「了解」
私はパネルに魔力を込めた。
「創造魔法の最中では、いくらか術者からのフィードバックがあるかと思いますが、それについては適当に流して下さい」
「了解」
「始まります」
スクリーンの中で、両賢者が呼吸を合わせて魔法を発動させた。
創造魔法は、まるで虹だった。
世界が染まるほどの鮮やかさで七色の光が広がる。
魔力供給は、私は正直、簡単に考えていたけど、実際にはかなり大変だった。
最初こそ引っ張られるように魔力を吸われたので、あーこれは全自動でラクチンかなと思ったらそんなことはなく……。
途中からはむしろ、グイグイと押し込む必要があった。
途切れれば魔法失敗になってしまうので、私は気合で頑張った。
そうする内――。
魔力の流れに逆らって、何かが流れてきた。
ああ、そうか。
これがカメキチのいうフィードバックか。
私は見えてくる不思議な映像に、意識のいくらかを向けた。
最初に感じるのは音だった。
それは雑踏だろうか……。
たくさんの歩く音が聞こえる。
それに混じって、人のしゃべり声も。
ただ、笑い声はなかった。
なにやら真面目に会話している雰囲気を感じる。
次に見えてくるのは景色だった。
そこは広大な庭園だった。
大学のキャンパスだろうか。
最初はそんな風に感じたけど、実はもっと豪華な場所なのかも知れない。
たとえば、宮殿前の広場とか。
実際、景色の向こうには、荘厳な建物がそびえていた。
その建物は、それこそ宮殿なのだろうか。
そんな風に見えた。
さらにその奥には、一本の塔が天を突き刺すように伸びていた。
まさにそこが世界の中心であることを示すように、その塔には圧倒的な存在感があった。
ああ、そうかぁ……。
その塔を見て、私は思った。
あるいはこれは、かつての大宮殿の記録なのかも知れない、と。
そう認識したところで、会話が聞こえた。
「どうしました? 右手と右足が同時に出てますよ、イキシオイレス」
「なっ! た、たまたま間違えただけだ!」
「素直に緊張していたと言えばいいものを。相変わらずの跳ね返りですね、君は」
「おまえにだけは言われたくない。聞いているぞ。まだ入庁前だというのに早くも同僚たちと揉めたそうじゃないか、アンタンタラス」
「ふん。あれは向こうが愚かなだけですよ。私は正論を述べたのみです」
「まったく。正しいことを言えばいいというものではないだろうに。人の心をもう少しは考えて君は言動すべきだ」
肩を並べて歩くのは、イキシオイレスとアンタンタラスの2人だ。
気のせいか――。
ううん、多分、気のせいではなく、今より若く見える。
真新しい制服を着込んだその姿は、まさに働き始めといったところだろうか。
2人は悪態をつきながらも歩いていく。
最後に短い坂道を上って、2人は大宮殿の正面にたどり着いた。
「しかし、いよいよ今日からか」
「ええ。そうですね。お互い、無事に上級官吏となることができたのです」
「これからはお互い、大帝国の繁栄のために尽くそう」
「当然です」
2人は足を止めて、陽射しに輝く大宮殿を見上げる。
それはまるで、映画に出てくる青春のワンシーンのようだった。
きっと2人の心にも印象に残った場面なのだろう。
だからこそ流れてきたのだと私は思った。
今、2人は創造魔法で大宮殿を作ろうとしている。
その中で、記憶も蘇るのだろう。
そんなことを思いながら――。
私はひたすらに魔力を流し続けて――。
続けて――。
「――マスター。完了しました」
どうやら気がつけば、不覚にも意識を無くしてしまっていたようだ。
だけど完了したということは、成功したのか。
よかった。
私は目を開けて――。
「現代に蘇った大宮殿の姿、どうぞご覧下さい」
カメキチがスクリーンに映してくれる外の景色に目を向けた。




