176 ロジェンツとの会話
一階のリビングに入ると、ヒロにリアナ、メイドのパンネロさんが普通にいた。
私の姿を見ると、まずはヒロが声をかけてくる。
「ファーさん、こんにちは」
さすがはヒロ。
ファーの姿で現れた私に、ただの知り合いのように接してくれた。
「ファー、いきなりだけど紹介するわね! こちらはハワード・ロジェンツさん。たまたま町のお店で出会ったのだけど、ファーのことを探していたから連れてきたわ!」
そういってリアナが視線を向けるのは、ダイニングから持ってきた椅子に座っていた、いかにも紳士な外国人の男性だった。
紹介されると、立ち上がって私に一礼する。
「ハワード・ロジェンツと申します。お会いできて光栄です、天使殿」
現在、彼に敵対反応はない。
意図はともかく、ヒロたちへの害意はなかったということなのか。
だけど私は彼が敵だと知っている。
なぜなら斉正を魅惑して吐かせたばかりだからだ。
「早速だけど、本物の天使についてを聞かせて? それはどこの誰のことなのかな?」
私は単刀直入に切り込んだ。
「それについてをお話させていただくのはやぶさかではありませんが――。あまり第三者に聞かせる話ではないかと」
「なるほど。わかった」
転移。
「ここならいいよね? まわりには誰もいないし」
「ここは……。いや今のは……」
「転移の魔法だよ。知らない?」
飛んだ先は以前、時田さんとウルミアとフレインと、4人でおすしを食べた場所だ。
どこかの山の、大きな岩場の上。
見晴らしは最高だった。
あたり一面に自然が広がっている。
人の町も、はるか遠くながら見ることができた。
「知ってはおります」
「使えるヒト、いるんだ?」
私はたずねた。
だけど残念ながら、返事はなかった。
「とりあえず、座ろうか」
促すと、ロジェンツ氏は素直に従ってくれた。
ただ、いくら敵意がなくて紳士っぽい外見だからといって、望まぬ訪問者に必要以上の敬意を払うつもりはないけど。
「正直、死ぬほど迷惑なので、やめてもらえないかな。せっかく時田さんが頑張ってくれて、日本での邪魔者は少なくなっているのに。今度は海外とか。いったい、何百人の処理をすればいいのか考えるだけで途方にくれるよ」
私はため息をついて、本音を語った。
そう。
私の日常は、なんだかんだ言いつつ、それなりには平和なのだ。
ヒロやお父さんやお母さんに大きな迷惑もかかっていない。
時田さんや石木さんが、裏で頑張って、あれやこれやとしてくれたおかげだろう。
だけど、今度はまさか海外勢とは。
考えただけでうんざりする。
「処理とは、やはり、記憶の消去等のことでしょうか?」
「そ。今までは1年で許してあげていたけど、もう面倒だし、次からは10年にしようかとも考えているよ。さすがに10年分の記憶をなくせば、再起不能だよね? それとも、30年分くらいは消さないと無理?」
「それはどうでしょうか。ヒトによるかと」
「そっか」
それもそうだね。
私は再びのため息をついた。
「あと言っておくけど、斉正とかいうのはもう捕まえてあるから。他には、とりあえず仲間はいないんだよね?」
「はい。斉正の協力は得ましたが、私は1人で動いております」
「ご用件はこれなんだよね?」
私はアイテムBOXから魔石を取り出して手のひらに乗せた。
「はい。私はそれを売っていただきたく、失礼を承知ながら参りました」
「東京を壊滅させるために?」
「正確には、半壊程度の予定ですが。魔石の力が本物であることを知りたいと、我が主が申しておりますれば」
「知りたいだけで、そんなことをするんだ?」
あまりに簡単な理由だった。
からかわれているのかなとも思ったけど、無言でうなずくロジェンツ氏の姿に私をからかっている様子はない。
「そっか。力が知りたいだけなんだね。なら見せてあげるよ」
「よろしいので?」
「もしもそっちの主とやらが、私の前に出てくる勇気と度胸がるあるのなら、ね。いくらでも見せてあげるよ」
私にはキナーエという領土がある。
その内海でなら、派手に暴れても迷惑にはならないだろうし。
「ところで、主というのが本物の天使でいいんだよね?」
「はい。おそらくはそうかと」
「どうして、おそらく?」
「私が主は、確かに天使と形容できる可憐な外見をしておりますし、その情報が斉正から得られたものならまずそうかとは思いますが――。実際には天界に住まう超常の存在ではなく、始祖と呼ばれる最高位の吸血鬼なれば」
「なるほど。そうなんだね。というか、やけに素直だね? こんな小娘相手に」
敵対反応は、未だにない。
逆に怪しい。
「――そちらもまた、超常の存在なれば」
「ねえ、私、わかったんだけどさ。もしかして貴方の主って、テネーっていう名前の、私と同年代くらいの女の子じゃない?」
「はい。おそらくはその通りです」
「やっぱりか。ピタリと当てはまりすぎて、まさかとは思ったけど」
あっさりと真の犯人はわかった。
まさかの、あの子かぁ。




