175 脅迫者
メッセージで私に連絡を来れたのはヨヨピーナさんだった。
ヨヨピーナさんは現在、なんと我が社の社員。
しかも、ほとんど会社にいなくてあちこちをふらふらしている私と違って、ちゃんと会社に出て働いてくれている。
世界の富裕層に販売する予定の魔道具を、せっせと作ってくれているのだ。
そう。
私は一応、社長ということなのですが。
それはまさに形だけなのです。
魔石の提供以外には、何もしていないのが私という子の実情です。
株についても、ぜひ持ってほしいと言われたのですが、結局、持つことはなく、会社自体は時田さんたち出資者のものだ。
とはいえ、名目だけでも社長な以上、最低限の責任はある。
なので私は会社に転移した。
飛んだ先は社長室。
社長室は、基本的に私以外には使うことのない場所だ。
気軽な転移先として石木さんが用意してくれた。
社長室からドアを開ければ、短い通路があって、休憩室や工房、そしてまだ何も使われていない新品のオフィスへと続く。
「ふう」
私は息を吐いて、スキル「平常心」をオンにした。
ファーの姿なことも確認する。
偉そうに振る舞うなら、どう考えても羽崎彼方よりもファーだ。
これから私は、面倒な客に対応するのだ。
ヨヨピーナさんからスマホに届いたメッセージはこうだった。
――面倒な客が来て困っています。時田氏と石木氏にも連絡はしましたが、両者とも仕事中のようで返信が来ません。社長、来れたらお願いします。
そして、私は来たのだ。
気負いはない。
半年前の私なら、面倒な客の相手なんてムリムリと震えるところだろうけど……。
ファーとして異世界の大事件に関わってきた今の私には、現代日本の面倒な客なんて、たかが知れていると思えるのだった。
だって、ね。
世界どころか町すら破壊しようとすることはないのだし。
ドアを開けてオフィスに入ると――。
いい年齢をしていそうな男の人の大きな声が、パーテーションで仕切られた仮作りの応接室の向こう側から聞こえた。
「だから何度言えばわかる! 金なら出すと言っているだろうが! 私は帰らんからな! 話がわからんなら話のわかる者を連れてこい!」
「はぁ。もう。本当にいい加減にしてくれませんかねぇ。邪魔なんですけど」
ヨヨピーナさんも一緒にいるようだ。
「なんだその口の聞き方は! この私を誰だと思っている!」
「斉正無蔵さんですよね。何度も聞いたので、さすがに覚えましたよ。そもそも何度も言いますが私たちはただの留守番なので、詳しいことなんてわからないんですよ。だから、あれこれ言われても対処できませんってば」
「そうなのおー」
あと、アーシャさんも同席しているようだ。
アーシャさんは吸血鬼で、石木さんつながりの御縁もあって、今はヨヨピーナさんと共に魔道具の制作をしてくれている。
普段は温厚でおっとりしたお姉さんだけど、実はものすごく強い。
会社にいてくれるのは実に安心だ。
「あーもうめんどくせ。なあ、ダンナ、もういいだろ? こんな奴等放っておいて、勝手に探させてもらおうぜ」
「そうよ。その方が早いわよ」
さらに、うん。
2人の魔術師らしき男女が同席している。
斉正という人も魔術師だね。
「バカなことを言うな。我々は犯罪者ではないのだぞ」
うわぁ。
明らかに犯罪者っぽい、とてつもなく怪しい口調で、斉正がそんなことを言った。
ちなみにうちの会社「ハムエッグ・プラス」は、まだオープンしていない。
完全な準備段階だ。
というか、こっそり魔道具を売る会社なので……。
広くお客さんを招いて、とかは、そもそもする予定のない会社だ。
斉正ご一行は、どこかから情報を聞きつけて、勝手にやってきたのだろう。
私はパーテーションを越えて、仮の応接室に入った。
私を見るや否や斉正が再び大きな声を上げる。
「おお! いるではないか! その髪、その目! 貴様が噂の偽天使とやらだな!」
私は一目で、斉正が以前に私の拉致を目論んで、問答無用で記憶を消した魔術師の一人であることを理解した。
「社長! すみません、わざわざ……」
「ううん。いいよ。連絡ありがと。ヨヨピーナさん、疲れさせてごめんね。アーシャさんも、いてくれてありがとう」
仮の応接室には、テーブルがひとつあって、椅子が4つ置かれていた。
座っているのは斉正無蔵だけで、男女の魔術師は斉正無蔵のうしろに、ヨヨピーナさんたちはテーブルを挟んで立っていた。
「で、何か御用ですか?」
私は椅子に座らせてもらった。
斉正のうしろに立つ2人はガラの悪い男女だった。
年齢は若く見える。
カナタな私より少し上の20歳前後くらいだ。
「うむ。実はな、そちらで密かに扱っている魔石を買いたいと思ってな。ひとつ100万で買ってやろうではないか」
「それなら時田を通じてもらえますか? 知り合いですよね?」
「もちろん時田とは知己だが、あいにくと、今日の時田は重要な公務のようでな」
なるほど。
時田さんがいないとわかっていて来たわけか。
石木さんは、最近は異世界のキナーエにいることが多いしね……。
私が大仕事を押し付けたので……。
「では、また後日で」
ぺこり。
さようならの挨拶を私はした。
「急に必要なのだ! いいからさっさと用意しろ!」
「無理ですね。そもそも在庫がありませんですし」
おすし。
「貴様……。小娘の分際で……。やけに大きな態度を取ってくれるではないか。この私が誰なのかを本当に知らないようだな……」
「そうですね。教えてもらえますか?」
「まあ、貴様になら言ってもよかろう。この私こそが、この日本の闇世界を牛耳る魔術師の中の魔術師。斉正無蔵様よ。逆らえばどうなるか知らんぞ?」
「どうなるんですか?」
「ふ。そうだな――。まずは貴様の家族がどうなるのか――」
「残念だけど、私に家族はいないね」
今の私はファーなのだから。
「ぐ、ぐむ。そういえば、貴様ではなかったか。しかし、貴様の友人ではあるのだろう? 羽崎彼方とその家族――」
「おい」
私は魔眼の力で、斉正を魅惑して完全に支配した。
うしろにいた2人は麻痺させる。
「ねえ、斉正。いったい、何を目論んでいるのか、ちゃんと教えてくれる?」
「もちろんだとも……。今回は、魔石を手に入れるための3重の作戦でな……。素直に売るのならばそれで良し……。でなければ、強引にでも手に入れる……。そして、会社になければ、羽崎家を探すことになっているのだ……」
「羽崎の家には、もう魔の手が伸びているんだ?」
「ふふ。そちらは完璧だ。なにしろ、魔術結社『センチネル』が誇る第2階位『マスター・ウィザード』が自ら出向いているのだからな」
「名前は?」
「ハワード・ロジェンツ。羽崎家には我等魔術師の記憶を奪うほどの強力な結界が張られているようだが彼には通用せんぞ」
「魔石を手に入れてどうするの?」
「ふふふ。決まっているだろう。この東京に大災害を起こすのだ。それによって、超常の力がこの日本に現れたことを、かの御方に示すのだよ」
「かの御方って?」
「ふふふ。くはは。かの御方こそ、まさに本物の天使――。あばばばばばばばば!」
むむむ。
残念ながら、斉正は目を剥いてひっくり返ってしまった。
魔眼が強すぎたのかな。
それとも、何かの強制力が働いたのか。
本物の天使とやらについてを語るのが、禁忌だったのかも知れない。
まあ、いいか。
ともかく、この斉正というヒトは首謀者ではないようだ。
それなら時間をかけても仕方がない。
「この3人は連れて行くから。2人はごめん。もう少し待機していて。私が探知する限り、もう敵はいないと思うから」
少なくとも周囲に敵対反応はない。
「わかりました」
「わかったわー」
「今回、頑張ってくれたお礼は、また異世界でね」
「それは楽しみです!」
「楽しみにしておきますー」
転移。
飛んだ先は異世界のダンジョン。
ミノタウルスの迷宮の奥にある、扉がひとつしかない密室だ。
そこは休憩室的な空間で魔物が沸かない。
しばらく置いておくには、ちょうどいい場所だった。
こいつらをどうするかは、あとで時田さんや石木さんに相談してから決めよう。
私は再び転移して、我が家の自分の部屋に戻った。




