174 閑話・羽崎ヒロは異世界の友人と誘われて……。
スーパーマーケットについた。
「うわ! すごっ! 見渡す限りに商品が並んでいるわね! ひとつのお店でこれだけの品を揃えるなんて王都のお店でもないわ! さすがは異世界ね!」
入るなり、リアナが感動して、両手を横に広げて大きな声を上げた。
リアナの言葉は日本語に聞こえている。
お姉ちゃんがくれたという魔法のアイテムの作用だ。
近くにいたお客さんに、クスリと笑われてしまった。
私はペコリと頭を下げておく。
それからリアナの服の袖を引っ張って、こっそりと注意した。
「……リアナ。異世界とか王都とか、そういうのは小声でね。一応は秘密だから」
「あ、そうよね。ごめんなさい」
幸いにもリアナはすぐに落ち着いてくれた。
早速、お店の中を見て歩くことにした。
買い物カゴは、メイド姿のパンネロさんが持った。
予想通り、パンネロさんは思いっきり人目を引いてしまったけど、声をかけられることはなくて買い物は普通に楽しめた。
「袋に入っているものとか、箱に入っているものは、全部、日持ちするのかしら?」
「そうね。だいたいは長く持つと思うわ」
「ならそれがいいわね。見たことのないものばかりで興味があるわ。肉や野菜は、以前に来た時に食べたけど、そんなに変わらない感じだったし」
「そうだね」
私が異世界で食べた肉と野菜の料理も、違和感のないものだった。
味も大きくは変わらなかった。
「ねえ、ヒロのオススメはどれなのかしら?」
「そうだなぁ……。どれかと言えば、チョコレートとポテトチップスかなぁ」
「ならまずはそれを買うわ!」
チョコレートもポテトチップスも異世界にはないようで、箱や袋に描かれた絵を見てリアナは大いに興味をそそられていた。
リアナはポンポンとカゴに入れていって……。
あっという間に満杯になってしまった。
「ねえ、ヒロ。これでお金はどれくらいなのかしら? もう限界?」
「お金的には、まだまだ余裕かな」
なにしろ5万もあるのだ。
お菓子なら、それこそ、車一杯にも買えるだろう。
ただ悲しいかな、今回は徒歩だ。
そこまでは買えない。
だけど頑張って、私とリアナもカゴを持って、さらに山のように買った。
「まだ乗るわよね? ギリギリまで行くわよ!」
それでもリアナには不足のようだったけど。
「リアナ、さすがにそろそろやめよ。私たちは徒歩だし、これ以上に持ち帰るのは無理だよ。そもそも異世界にこんなにたくさん持ち帰るのは許してもらえないかも知れないよ」
「あー、それはそうかぁ……。そうよね」
よかった。リアナは納得してくれた。
もう今の分だけでも、いったいビニール袋何枚分になるのだろうか……、という恐ろしいほどの量になっている。
お菓子が中心とはいえ、さすがに重くて辛い。
「じゃあ、お金を払いましょうか。あそこに並べはいいのよねっ!」
「うん。そう」
私たちはレジに向かおうとした。
その時だった。
「落ちましたよ、お嬢さん」
と、リアナのカゴからこぼれ落ちたポテトチップスを拾って――。
知らない人が声をかけてきた。
「あら。ありがとう」
「よろしければ、カゴに乗せましょうか?」
「ええ。お願いするわ」
リアナは笑顔で好意を受け止めて、ポテトチップスをカゴに乗せてもらう。
その人は、なんというか……。
リアナのお父さん? みたいな印象の方だった。
一見して身なりがよくて、とても普通の人には見えなかった。
まさに紳士だ。
そして、明らかに日本人ではなくて――。
西洋人の壮年の男性だった。
しかも男性のうしろには、執事さんのような老年の男性が付いていた。
こちらも西洋人だ。
まさにリアナとパンネロさんだった。
なので私は、有り得ないとは思いつつも……。
一瞬、本当にリアナのお父さんが異世界から来たのかとも思ってしまったほどだ。
「それにしても、すごい量ですね。これはお土産なのですか?」
「ええ。そうよ」
「お嬢さんは、観光でこちらに?」
「ええ。ちょっとだけね」
リアナは本当に人見知りしないタイプのようだ。
屈託のない笑顔でうなずいた。
紳士の男性は、パンネロさんにちらりと目を向けると――。
あらためてリアナに一礼した。
「わたくしはハワード・ロジェンツと申します」
「ご丁寧にありがとう。私はリアナ。アステール侯爵家の長女よ」
いいのだろうか……。
リアナは堂々と普通に名乗ってしまった。
それにしても……。
お姉ちゃんからは、リアナのことはお嬢様だと聞いていたから……。
お金持ちの子だとわかっていたけど……。
侯爵家の娘だなんて。
それって、異世界ではかなりの権力者ということよね。
「それにしても見たところ、かなりのお買い物をされているご様子。他に従者の方がいらっしゃらないようなら、お手伝いをさせていただいてもよろしいでしょうか」
「それはありがたいけど、いいのかしら?」
「はい。偶然であれ、こうして高貴な御方に出会えたのも縁です。お手伝いさせていただけるのであればこれに勝る喜びはありません」
「そう。ならお願いするわ」
さすがは侯爵家のご令嬢というべきなのだろうか。
紳士からの申し出を、いとも簡単にリアナは受けてしまった。
「では」
紳士がうしろいた執事に軽く目配せをする。
執事さんはすぐに動いて、一番大きなショッピングカートを持ってきてくれた。
あーそっか。
そういえばカートがあるんだった。
一人で買い物なんてしたことがなかったから、うっかりとしていた。
まわりの人たちも使っているのにね……。
こうして私たちは、偶然に出会った異国の紳士さんと買い物をすることになった。
紳士さんは車で来ていて、荷物も運んでもらえることになった。
さらに……。
「でも貴方は、どうしてこんなところにいるの? 私が聞いた話では、ここは庶民が買い物をするための場所だということだけど。私が見る限り、貴方は庶民というわけではなさそうよね? どこかの貴族なのかしら?」
「はい。わたくしは、海外ではございますが、貴族の身にはあります」
「やっぱりそうだったのね。これは失礼をしたわ」
「いえ、滅相もございません。それで、わたくしがここにいた理由ですが、実は、人探しをしておりまして――。この方なのですが――」
紳士がスマートフォンでリアナに見せた相手は――。
そう――。
それは本当にすごい偶然だった。
「あら、これってファーじゃない」
「ご存知なのですか?」
「ええ。私の友達よ。貴方はわざわざ、ファーに会うために海外から来たの?」
「はい。その通りです。できれば、ぜひ――」
「いいわ。これも何かの縁よね。この私が自ら口を利いてあげるわ」
「それはありがたい。感謝いたします」
「いいわよね、ヒロ?」
いきなり話を振られて、私は正直、パニクってしまった。
なので反射的に……。
「あ、うん」
と、うなずいてしまった……。
話はすぐにまとまって、私たちは紳士さんと共に帰宅することになった。
紳士さんの車は当然のように高級車だった。
パラディンさんといい、石木さんといい、時田さんもよね……。
最近、知り合う人たちは、みんな高級車に乗っている。
私はつい……。
お父さんの車には、もう乗れないなぁ……。
なんて贅沢なことを、つい本音で思ってしまうのだった。
だって、うん。
お父さんの車は、普通の軽自動車なのだ。
乗り心地がまるで違っていた。
それこそ、うん。
スーパーから家に帰るまでの、ほんの短い距離のことだけなのに……。
つい、うとうとして……。
意識が遠くなって……。
眠りについてしまうくらいに……。




