173 閑話・羽崎ヒロは異世界の友人と再会する
私、羽崎ヒロは、その日もいつも通りだった。
学校がおわって、自転車で帰路につく。
家に帰ったらガレージの隅に自転車を止めて、玄関から家の中に入って、部屋で制服を脱いで一息をつくのだ。
だけど、いつも通りだと思っていたその日は、大いに違っていた。
玄関で靴を脱いで、お姉ちゃんがいるかもと思って――。
とりあえずリビングに入ったところ――。
「ヒロー!」
と、いきなり洋服姿の同年代の女の子に抱きつかれたのだ。
私は一瞬、誰なのかと思ったけど、すぐにそれが、以前に来た時には聖女の姿をしていた子なのだと思い出すことができた。
「リアナ……?」
「久しぶりね! また会いたかったわ! ねえ、私の言葉はわかるかしら?」
「うん。わかるけど……」
「よかった! ファーが魔道具を貸してくれてね、翻訳の」
「そうなんだ」
リビングにはお姉ちゃんもいた。
今日のお姉ちゃんは私の姉であるカナタではなくて、異世界の大魔王にして現代の天使様であるファーさんの姿だった。
「ヒロ、今日はリアナが泊まりに来てくれたの。仲良くしてあげてね」
「わかった。歓迎するわ」
「あと、こちらはパンネロさん。リアナのメイドさんね」
お姉ちゃんに紹介されて、リアナが座っていたソファーのうしろに立っていた綺麗なメイドさんが私にお辞儀をしてくる。
私も頑張って、できるだけ丁寧に挨拶を返した。
「で、なんだけどさ……。実はこっちに戻ったら、ちょうどメッセージが来てね……。ヒロ、リアナのことお願いできるかな?」
「いいけど、何があったの?」
「会社の方でトラブルがあったの。ちょっと東京に行ってくるよ」
「わかった。気をつけてね」
「じゃあ、行ってくるね。遅くなったらゴメン」
お姉ちゃんは、すぐに消えてしまった。
転移魔法。
というものらしいけど……。
本当にすごい。
「というわけだから、よろしくね、ヒロ!」
「うん。よろしく」
リアナとは以前に半日くらい一緒に過ごして、その時には言葉は通じなかったけど、打ち解けることはできていたと思う。
また会えて、今度はしゃべれるのは嬉しいことだった。
「早速だけど、私たちも出かけましょ!」
「今から?」
「私、異世界の町を歩きたいわ! 問題がある?」
「ううん。いいよ。せっかくだしね」
夏がおわって、秋になって、日が暮れるのは早くなったけど、それでも駅前に行って帰って来るくらいはできるかな。
「あと私、お買い物できる場所にも行きたいわ! スーパーマーケットだっけ? 前に魔王が買い物したところ!」
「わかった。いいよ」
スーパーマーケットなら駅の手前にある。
「お金はこれでいいのよね? さっき、ファーからもらったんだけど」
そう言って見せてくれるのは、なんと1万円札だった。
しかも5枚。
大金で驚いた。
「それだけあれば、スーパーでなら、なんでも好きなだけ買えると思うよ」
「ホント!? やったー! それは最高ねっ!」
私も今度、お姉ちゃんにオネダリしてみようかな……。
なんて思いつつも……。
少しだけ待ってもらって、私は急いで部屋に戻って、制服から私服に着替えた。
それから家を出る。
出てから気づいたけど、メイドのパンネロさんがメイド姿のままだった。
ただ、それについては、あきらめることにした。
着られる服は家を探せばあると思うけど……。
メイド服からの着替えは、かなり時間がかかりそうだし。
それにメイド服なら、普通に歩いていてもギリセーフくらいだろう。
「ねえ、ヒロは学生なのよね? こちらの世界の学校は、どんなところなの? 毎日、どんなことを勉強しているの?」
私はリアナと並んで歩いた。
リアナは好奇心いっぱいに、いろいろと質問をしてきた。
私も、実は気になっていたことを質問させてもらった。
先日の戦争のことだ。
お姉ちゃんからは、ほとんど教えてもらえていない。
聞いても、はぐらかされてしまって、なのでお姉ちゃんに聞くのはあきらめていた。
リアナは包み隠さずに教えてくれた。
それは本当にすごい話だった。
戦争では、たくさんの人が殺し合って、ついに光の化身が現れて……。
人類の勝利が確定しようとした、その時……。
お姉ちゃんが現れて、すべてをひっくり返して……。
今やお姉ちゃんこそが蘇った伝説の大魔王として、異世界の中心に立って、世界を再編成しようとしているという話だった。
「ほら、今度、オトモダチ・パーティーがあるでしょ? ヒロも参加するのよね?」
「うん。その予定だけど……」
私とクルミは、誘ってもらっている。
あとパラディンさんたちも。
「そこで決まるわ。世界の再編成に参加する者、しない者。選別ね。私たち人類国家も、参加の是非で大騒ぎになっているわ」
「そうなんだね。私、パーティーは、もっと気楽なものだと思っていたよ」
パーティーは、ずっと引きこもりで友達のいなかったお姉ちゃんが、勇気を出して、新しい友達を作るためのものだと私は思っていた。
お姉ちゃんも実際、恥ずかしそうに自分の口でそう言っていた。
世界どうこうなんて話は、まったくなかった。
なので私も、気楽に参加させてもらおうと思っていた。
私も異世界の人たちと仲良くなれるのなら嬉しいし。
「私は気楽だけどね! だって私、最初からファーとは友達だし! なによりメルフィーナ様がこちら側だしね! メルフィーナ様がいれば勝ったも同然よ! 大半の人類国家は確実にパーティーに参加すると思うわ!」
メルフィーナさんのことはよく覚えている。
転生者の聖女様だ。
とても穏やかで、優しそうな方だった。
だけどそれだけではない強さも間違いなく感じられる、まさに「聖女」という存在を体現しているような方だった。
この後しばらく――。
というかスーパーに到着するまで、ずっと――。
いかにメルフィーナさんが素晴らしいかを語られてしまった。
まあ、いいけど。
それはそれで、楽しい一時だったし。
リアナはメルフィーナさんのことを、心から信頼して拠り所にしているようだ。




