167 リアナとの再会
思えばリアナとは、現代日本で観光をして以来、一度も会っていない。
リアナは転移魔法が使えるわけではないし、私は異世界の人間社会を自由に歩ける立場ではなくなってしまった。
なのでそれは、仕方のないことではあるけれども。
私はネスティア王国の王都に飛んだ。
まずは空の上からじっくりと様子を窺う。
リアナは、自領には戻らず、当分の間は王都に居ると言っていた。
その滞在先であるアステール侯爵家の別邸と、光魔術の修行先である光の神殿の位置は、以前にリアナから聞いている。
どちらかに居てくれればわかりやすいんだけど……。
「んー」
私は目を凝らして、魔力も同時に感じた。
まず別邸にはいないようだ。
光の神殿には光の力がいくつか存在していたけど、リアナのものとは違っていた。
王城にもそれらしい反応はなかった。
王都全体を見回しても、リアナだと思える魔力は見つけられなかった。
「うーん。そもそも王都ではなくて、別のところに居る可能性もあるよなぁ……」
自宅のある自領か。
メルフィーナさんのところか。
それとも実は聖都にいたのか。
誰かに話を聞ければいいけど。
リアナは有名人だから、町の人でも普通に知っている可能性はある。
私は変装して、市場通りに降りてみることにした。
変装は、茶髪のファーにローブ。
本当はもっと完全な別人になれればいいんだけど、考えていなかったので、パッとイメージできませんでした。
さすがに羽崎彼方では、異国人すぎるし。
私は通りを歩いて、優しそうなおばさんのやっている屋台を見つけた。
サンドイッチを買いつつ、それとなく話を聞いてみる。
すると……。
「聖女様なら、アステール領にお戻りになられたよ。残念だったね、もう少し早く来れば広場でお言葉を聞けたのに」
なんと最初の1人で話を聞けた。
リアナは広場に来ては、メルフィーナさんの考えを民衆に伝えていたらしい。
「……魔族とも仲良くって、そんなことができればいいんだけどねえ。私らは平和なら、もうなんでもいいからさあ」
おばさんはしみじみとそう言った。
私はお礼を言って、おばさんの屋台から離れた。
午前から賑わう市場通りの景色を見ながらサンドイッチを食べる。
それから転移した。
転移してしまえば、そこはもう水都メーゼの上空だ。
到着、なのです。
到着してすぐ、私は本気で驚いた。
町を囲んだ外壁の大門前で、武装した兵士たちと、みすぼらしい格好の民衆が、いくらかの距離を取って睨み合っている。
その雰囲気は、まさに一触即発だ。
そして……。
なんと、兵士たちの前に、聖女姿のリアナがいた。
リアナは両腕を広げて民衆に訴えていた。
「みんな、お願い! まずは聞いて! 私はその話の事実を確かめるために、王都から早馬でここに戻ってきたの! すぐにヨードルにも行って、いったい、何があったのか、どういうことなのか確かめてくるから今は落ち着いて!」
「黙れ! どうせおまえら中の人間なんて、俺ら外の人間のことなんざ、ゴミクズとしか思ってねえんだろうがよ!」
「そうよ! シータはいい子だったのに!」
「アニキも死んで、1人で頑張っていたんだぞ!」
状況はすぐに理解できた。
シータのことを聞いた町の外の人たちが、激怒して暴徒と化そうとしているのをリアナが必死に止めているのだ。
ここにある情報は、公開処刑前のものなのだろう。
すでにシータが助けられていることは、皆、知らない雰囲気を感じる。
「おまえに俺たちの気持ちがわかるもんか!」
いけない!
若い男の子が、リアナに石を投げつけた。
本気の投球だ。
喰らえば確実に怪我をする。
私は咄嗟に光の魔力を発揮させて、リアナとその周囲に障壁を発生させた。
石は、その障壁に当たって、砕けた。
「ひ、光の力……」
「おい、そんなのは嘘だって言ってたよな?」
「誰がだよ!」
「みんな言ってただろ!」
「まさか本当に聖女様なのか……」
発現した光の力に、民衆たちは驚きおののいた顔をする。
それでも1人だけ、
「そんなのは嘘だ! 俺らの怒りを見せてやれ!」
と叫ぶ男がいたけど、他の人たちはすっかり萎縮した様子だった。
それだけ光の力――。
聖女という存在は大きいのだろう。
ちなみに叫んだ男からは、ひときわに強い敵対反応が出ていた。
首謀者なのだろうか。
男は民衆が動かなくなったのを見ると、素早く身を返して、その場から離れた。
もちろん私がそれを見逃すはずはない。
少し泳がせて単に逃げているだけなことを確認してから、魔法で意識を刈り取って身柄は拘束させていただいた。
男を担いで、姿を消して、大門のところに戻ると――。
リアナの見守る中――。
民衆たちが大門から散っていくところだった。
リアナの説得は成功したようだ。
よかった。
リアナは兵士たちも下がらせて、お付きのメイドさんと2人だけになる。
そうしたところで空を見上げて言うのだった。
「ファーよね? ありがとね」
と。
「あはは」
さすがにバレたか。
私は笑って、透明化の魔法を解き、リアナの前に降り立った。
ちなみに変装は続けていた。
とはいえ、髪の色を変えて、ローブを着ている程度なので、リアナにはすぐに私だと認識してもらえたけれども。
「これ、お土産。多分、今の騒動の首謀者。こいつが扇動しているところを見たよ。あと、明確に敵意も出ていた」
私は足元に、連れてきた男を置いた。
「そうなのね。ありがとう」
「どうする? 私が話を聞いてもいいけど」
「さすがにファーの手は汚せないわ。それについてはうちの兵士に任せて」
「わかった」
魔眼を使うだけなので手は汚れないけど――。
町のことだし、町の人に任せよう。
私がやってあげすぎてしまうよりも、その方がいいよね。
「パンネロ、急いで何人か連れてきて」
「畏まりました、お嬢様。直ちに」
リアナの命を受けて、メイドさんが走っていく。
「それにしてもびっくりしたよ。いきなりすごいことになっているし」
「私もよ。昨日の夜に帰ってきたばかりなのに、いきなりだもの。私がいなかったら、どうなっていたことか。って。ファーがいなかったら、私も巻き込まれていただけか。ファーには本当に助けられてばかりね」
「そんなことはないと思うよ。リアナ、聖女っぽかったし」
「ぽいだけじゃねえ」
リアナが肩をすくめる。
ともかく私は、無事にリアナと再会できたのだった。
ただ、この時、私はリアナと会話することに夢中で、気づいていなかった。
男の敵対反応が、微弱ながらも残っていたことに。




