165 私は、負けないっ!
今日は激動の一日だった。
異世界でシータが処刑されそうになっていて……。
シータを助けて、パラディンに預けて……。
空で不思議な子と出会って……。
疲れたけど、なんとか無事、私は我が家に帰ることができた。
こんばんは、ファーです。
私は今、羽崎彼方として家族と夕食を取って、ゆっくりとお風呂に入って、パジャマに着替えて自分の部屋にいます。
寝る前のおくつろぎタイムなのです。
ぼーっとしつつ、マウスを動かして、適当にネットの世界をさまよう。
今夜も配信はしない。
なぜなら、もう疲れたのです。
あと、正直に言えば、お金も手に入ってしまったので、モチベーションがね……。
そもそも配信は生きるためだったので……。
ただ、とはいえ、それだけでないことは確かだ。
私にとっては数少ない――。
正確に言うならば、今までは唯一の、外の人と触れ合える場だったしね。
数は少ないけど、私の話に付き合ってくれる人たちがいる。
大切な空間なのだ。
なので落ち着いたら、またやるつもりだけど。
「あーあ。しかし、どうしようなぁ」
私の悩みは、主に異世界のことだ。
テネーのことも気になるけど、あの子はオトモダチになったんだし、まあ、うん、とりあえず横に置いておこう。
オトモダチであれば、また会うこともあるだろうし。
異世界での戦争はおわった。
おわったけど、未だに戦争を続けたい人は多くいるのだ。
私はそのことを知った。
では、どうするのか。
「メルフィーナさんに会って、現状の確認かなぁ……。でもさあ、そんなことをして、私はどこまで関わるつもりなんだろうねえ……。正直、世界平和とか言われてもね……。いや、うん、言っているのは私なんだけども……」
積極的に関わることに対しての決心は、なかなかつかなかった。
だって、なにしろ、私は私なのだ。
気楽にのんびり生きていくのが夢で理想な子なのだ。
「んー。リアナのところにでも、こっそり行ってみようかなぁ。一緒にダンジョンに行くっていう約束もしたままだし……」
まずはそっちの方がいい気がする。
リアナなら、まだ気楽だし。
オトモダチのままでいてくれているのかは、心配なところだけども……。
私はそう思いつつ、適当にネットを流し見ながら――。
なんとなくパラディンのページにたどり着いた。
すると珍しく、パラディンがライブ配信をしていた。
パラディンは基本、動画配信者だ。
特に最近は迷惑系行為に世間もサイトも厳しいので、ちゃんと編集して、ギリギリセーフな攻め方をしている。
私はなんとなくページを開いて、絶句した。
「「ねこみみぃぃぃ! ちぇぇぇっく!」」
パラディンとシータの明るい声が、スピーカーごしに響いた。
場所はどこかの定食屋さん。
外配信だ。
2人は、お店の様子を映さないように壁際に座って、今まさにシータがカラアゲにレモン汁をかけようとしていた。
「さあ、果たして、この絶品カラアゲにレモンをかけると、どうなるのか! やってみろ、猫耳ピクピクの我が妹よ!」
「任せろ! アタシはかけるぞ! この果物の汁を!」
シータがカットレモンを指で絞る。
カラアゲに果汁がかかった。
そして、そのカラアゲを指でつまんで、シータがパクリと食べる。
「んー! これは、肉と酸味が混じり合って、たまらないー!」
「わははは! ウマいだろ!? サイコーだろ!」
「は? マズイんだけど!? 肉のウマさが死んだんだけど!? なにこれ! ないわー。これだけはないわー」
「はぁぁぁ!? なに言ってんだテメェはぁぁぁ!」
喧嘩が始まった。
カラアゲにレモンという人気の話題も手伝って、コメント欄は盛り上がっている。
私は呆然とした。
これは何が起きているのか……。
コメント欄には、シータへの感想も多かった。
面白い、元気、可愛い、とか。
猫耳がリアル、猫耳がピコピコ、とか。
シータはパラディンの視聴者たちから普通に受け入れられていた。
なので、まあ、いいといえばいいけど……。
「いや、よくないよね!? なにこれは私のセリフだよね!?」
私は画面に叫んだ!
いったい、なにをどうすれば、保護された初日に配信で大暴れできるのか!
「だいたい初登場で人気とかズルいよね!? 私なんて1年以上頑張っても、クズとか間抜けとかしか言われていないのに!」
つい本音も叫んでしまいましたが……。
いえ、はい。
私だって本当は、キャーキャー言われる人気者になりたかったのです。
どうしようか。
いっそ転移して、即座にやめさせるか。
とも思ったけど、シータは本当に楽しそうにしていた。
カラアゲにたっぷりとタルタルソースをつけて、満面の笑顔で頬張っていた。
その気持ちはわかる。
私もカラアゲにタルタルソースは嫌いではない。
ベストというならば、シンプルにマヨネースが一番なのですが。
やはりマヨこそが至高。
基本、なんにかけても美味しいのです。
というわけで、本来ならやめさせるべきなのだろうけど、マヨネーズに免じてここは見逃してあげることにした。
ウルミアとフレインの時もそうだったけど……。
角があろうが猫耳があろうが、今の日本で通報されることはないだろうしね。
「よし。やるか」
今夜はやらないつもりだったけど……。
シータの活躍を見ていたら、俄然、私にもやる気が生まれた。
そう。
シータにできて、私にできないはずはないっ!
ジャンルは違うけどね。
私はゲーム配信だし。
しかし、先輩は私なのだ。
先輩が負けるはずはないのだ。
先輩より優れた後輩などいるはずがないのです。
私もチヤホヤされて癒やされたいのです。
というわけで。
私はいつものMMORPGを起動して、ヘッドセットを身に着けた。
いざ!
シータへの対抗意識を燃やして、ゲーム配信へと挑むのだった。
「私は、負けないっ!」
負けました。
10分やって合計視聴者数2、コメント0でした。
久しぶり、かつ、いつもとは違う時間の配信スタートだったからね……。
みんな……。
気づいてくれなかったのかな……。
常連の『キャベツ軍師』さんすらコメントをくれませんでした。
まだたったの10分といえばそうなのですが、構ってほしい年頃だったので、構ってもらえなくて気力が尽きました。
おわた。です。
「もういいよー! もー! なにさー! 私だって頑張っているのにさー!」
私は布団に潜り込んで、ふて寝をするのでした。




