163 光の子
この子は本当に、誰なのだろう……。
なにしろここは空の上で、普通の人間に来れる場所ではない。
なのに、その子は普通にいた。
雲のような白い服と陽射しに溶けるような金色の髪を微風に揺らせて、青空の色に似た瞳で私を無言のまま見ている。
私に多大なる興味を持っていることは理解できる。
ツンツンしてきたのも向こうだし。
敵意がないこともわかる。
ただ、見つめるばかりで、何もしゃべってこない。
もしかして、しゃべれないのかな。
もしかして人間ではなくて、たとえば精霊とか、なのだろうか……。
どうしよう……。
よし。
私は思い切って、ニッコリと笑ってみた。
すると光の子は笑顔を返してくれた。
コミュニケーションは取れるようだ。
ならば次は……。
「こんにちは」
私は挨拶してみた。
すると光の子に、思いっきり驚いた顔をされた。
そして言われた。
「すごいわ。アナタ、言葉をしゃべれるのね。それに感情もあるのね」
と。
「そうだねー」
私は笑ってうなずいた。
「アナタ、精霊さんではないの? 精霊さんなのよね?」
「違うよー」
「違うんだ?」
「私は、なんだろ……。ニンゲンかな?」
「疑問形なんだ?」
「うん。違ってたらごめんね」
「それは別にいいけど……。こんなところで、1人で何をしていたの?」
「んー。考え事かなー」
「どんな?」
「そうだなぁ、簡単に言うと」
光の子に問われて、私は考えつつ、
「世界平和についてかなぁ」
と答えた。
実際、私が考えていたのは、そういうことだろうし。
「どうしてそんなことを考えていたの? 見る限り平和だけど? どこにも炎ひとつ上がっていないわよね?」
光の子が、遥か眼下に広がる大都会の景色を見て言う。
「ここはね」
私はつい苦笑してしまった。
確かに異世界と比べて、日本はずっと平和だ。
「アナタはどこかの楽園の生まれなの? 世界の平和が愛しくて恋しいの?」
「ううん。違うけどね」
「違うのね。そうよね。わかったわ」
光の子は、よくわからないけど納得してくれた。
「ねえ、それよりもさ」
私は話を変えさせてもらうことにした。
なにしろ世界平和について聞かれても、私には言葉がない。
言葉がないから悩んでいたのだし。
「君は誰なの?」
私は光の子にたずねた。
「私?」
「うん。そう」
「私も、一応、多分、ニンゲン、なのかな?」
「そっかー。私と同じだねー」
「……言われてみればそうね。おんなじね、私たち」
「私はファーと言います。よろしくね」
「それって名前よね?」
「うん。そう」
「私はテネーと言うの。よろしくね」
「うん。よろしくー」
会話が止まった。
どうしようか。
と思ったらテネーの方からしゃべってくれた。
「ねえ、ファー。私、おんなじ子と会ったのは、始めてかも知れないわ。しかも空の上でなんてすごいことよね」
「あはは。普通はないよねー」
そもそもニンゲンは空を飛べないし。
と私は最初思ったけど、
「あ、でも、魔術師とかならあるのかな? 空って、けっこう飛べるもの?」
そう。
この現代世界にも、実は魔術があるのだった。
「飛べるニンゲンもいるとは思うわ。でも、ここまで高い場所で、まるで浮かぶみたいにのんびりできるニンゲンはいないと思うわ」
「そっかー。なら私たちって、すごいんだねー」
「そうね」
また会話が止まってしまった。
今度は私が何か話せねば……。
だけど何も思いつかなかった!
どうして私はこうなのか!
もういっそ、いつものようにスキル「平常心」をオンにしてしまおうか……。
そうすれば冷静に話題も生まれるだろうし……。
でも、なあ……。
それはそれで、悲しい気もする。
「どうしたの、ファー?」
「あ、ううん! えっと、何か楽しい話題はないかなーって考えちゃって」
あはは。
「私と楽しい会話がしたいの?」
「う、うん……」
「ファーは変わっているのね」
「そう?」
「ええ」
うなずかれてしまった。
「ファーは、どうして私と楽しい会話がしたいの?」
「それは、えっと……。テネーとオトモダチになれたらいいなーって」
思いまして……。
「オトモダチ?」
またも聞き返されてしまった。
「う、うん。ダメかな……?」
おそるおそる確認してみると……。
青い瞳でじーっと見られて……。
私はどうなることかとドキドキしてしまったのですが……。
「いいわ」
と、テネーは言ってくれた。
「……いいの?」
「ええ。だってファーは、私が始めて出会ったおんなじだし」
「そっか。なら、私たちはオトモダチねっ!」
私はテネーの手を取って、楽しく振らせてもらった。
テネーは私に振られるままだったけど、振りほどくことはしなかったので、うむ、これは承認ということだろう。
やったね!
私、オトモダチが増えました!
「ねえ、ファー。それでオトモダチというのは、どういうものなのかしら?」
「どういうかぁ……。そうだなぁ……。オトモダチというのは、お互いに助け合って、お互いに笑い合うものとか、かなぁ」
まっすぐに聞かれると、なかなかに答えにくい質問だ。
「わかったわ」
テネーは納得してくれたけど。
ただ、うん。
「じゃあ、またね、ファー」
「あ、うん……」
私が手を離したところで、テネーは降下して行ってしまいましたが。
納得、してくれなかったのかも知れないです……。
むしろ変なヤツだと思われた可能性大かも知れませんです……。
ぐすん。
テネーの姿が大都会の中に消える。
私は1人に戻った。
テネーは不思議な子だった。
私とは真逆の、陽射しそのものみたいな。
ただ、うん。
失礼になると嫌だったので、さすがに詳しくは調べなかったけど、輝く見た目とは裏腹に妙な親近感も覚える子ではあった。
すなわち、まさに不思議な子だった。
精霊とかなのだろうか……。
私はしばらく、呆けてしまったけど……。
なんにしても、またねとは言ってくれたのだから、きっと呆れて去っていってしまったわけではないのだろう。
きっと何か用事でもあったのだっ!
「うん! いい天気だ!」
気を取り直して、私は背伸びをした。
問題が解決したわけではないけど。
突然の出会いのおかげで、心のモヤはいつの間にか晴れていた。




