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160 閑話・新人冒険者ヨランは少女の処刑を見る2




「まず、聞きたいんだけど――」

「今です!」


 静かに何かを問おうとしたファーを無視して、勇者オーリーが号令を下した。

 脇に控えていた衛兵が、一斉に網を投げる。


 その網は、光り輝いていた。


 魔道具の網だ。


 いくつもの光の網がファーの体を包み、その白い輝きを増した。


 さらに神官たちが一斉に杖を構えて魔術を使う。

 それらは拘束の輪の魔術だった。


「はははっ! バカが! 貴様の襲撃など予測済みなのですよ! だからこうして万全の準備をしておいたのです! 魔王すら捕らえた光の網を幾重にも被せ、さらに高位神官による拘束魔術で完全に貴様の動きは封じた! 魔族の手先、ファー! 獣人の浮浪者と凶暴してヨードルに混乱を招いた貴様の罪状は明白である! 即決裁判において死罪を宣告し、直ちに刑を執行する! 騎士たちよ聖槍を構えよ!」


 勇者オーリーの一方的なその声は、俺の耳にも届いた。


「なんだよ、それ……」


 俺はつい、口に出していた。

 だってファーは静かに話そうとしたのに、どういう仕打ちなんだよ。

 いや、わかるけどよ。

 最初からすべて、ファーを殺すための罠だったのだろう。


 ただ、ファーはどこから現れたのか。

 神都は強力な結界に守られた鉄壁の光の都市だ。

 今までに魔族の侵入を許したことはない。

 たとえ魔王とて、それは同じだ。

 だから、転移の魔法でいきなり現れたわけではないのだろうけど――。

 俺にはいきなり現れたように見えた。

 もしもそうだとするなら――。

 いろいろ噂はあるけど、やはりファーは――。

 ファーこそが闇の化身、なのだろうか。

 だとすれば勇者オーリーは正義なのか。


「まったく、魔族というのはいつもこうです。自分の力に溺れて、周りが見えない。本当に計略の練り甲斐もない。単純そのもので笑えますね」


 俺の目に移る勇者とその仲間は、とても正義には見えなかったけど。

 だって、よ……。

 罠を仕掛けて、嵌めるって……。

 それこそ卑怯じゃねぇかよ、と、俺は思ってしまうのだ。


「貴様にどれだけの力があろうと、ここまでです! さあ、一斉に槍を突け!」


 勇者の号令で、騎士たちが槍を突いた。

 ただの槍ではない。

 光の力に輝く、祝福された槍だ。

 光は、特別な力だ。

 水や風や土や火といった力の上に位置していて、それを司る光の神の位も高い。

 自在に扱えるのは、それこそ聖女様くらいだ。

 ただ、聖女様だけの力かと言えば、そういうことでもない。

 光の神殿内であれば、または特別な聖具の補佐があれば、普通の神官でも回復や祝福の力を行使することができる。

 あとは勇者も聖女様ほどではないけど普通に扱えるという。

 なので聖女様がいなくても、光の網も聖なる槍も、準備はできるのだろう。

 勇者オーリーは、本当に準備万端だったわけだ。


 ファーはまんまと罠にかかって――。

 仲間を助けるために現れて――。

 今、その体に槍を突き刺されて――。


 槍が刺さる瞬間、ついに俺は見ていられなくて、思わず目を背けた。


 ごめんな、ファー。

 俺には何もできなくてよ。


 俺は心の中で、ファーに謝罪した。


 そんな俺の耳に、何か、ガラスの砕けるような音が聞こえた。

 それはファーの断末魔なのか。

 そう思えなかったけど……。

 俺はおそるおそる、背けた目を元に戻した。


 そして、見た。


「バ、バカな……。槍が砕けた、だと……? この私の完璧な作戦が、まさか、ただの力に破れたとでも言うのですか……?」


 勇者オーリーがおののく。


 そう。


 俺の耳に届いたのは、騎士たちの突き出した槍が砕ける音のようだった。

 ファーは、光の網に包まれて拘束魔術にかかったままだけど、平然と立っていた。

 抱きかかえたシータという子も無傷の様子だった。


「ならばぁぁぁぁ! 力には、より強い力を以て制するのみです!」


 勇者オーリーが勇者の聖剣を抜いた。


「ふふふ! 破魔の頂点たる勇者の力、見せてあげましょう!

 私にはわかりますよ!

 いくら強がったところで、無傷で聖槍の攻撃を防げるわけはないのです!

 貴様はすでに限界!

 私の計算に大きな狂いなどあるはずはないのです!

 少しの狂いならば、修正すればよいのです!

 光の神ルクシスよ、破魔の一撃を我に与え給え!

 光を剣に!」


 それはきっと、勇者の必殺の剣技だ。

 光に輝いた刃がファーに襲いかかる。


 だけど、効かなかった。


「がっ……!」


 弾かれて、よろめくのは、なんと勇者オーリーの方だった。


「ねえ、あのさ」


 ファーが静かに再び口を開いた。


「ええい! 相手は動けないのだ! 攻めろ! 攻め倒せ! 一斉攻撃だ!」


 だけど壇上に会話しようとする者はいない。

 勇者オーリーの命令で、抜剣した騎士たちがファーに襲いかかる。

 それは容赦のない、凄まじい攻撃だった。

 俺なら一瞬でミンチだろう。


 俺たち群衆は――。

 それを静かに見ていた。


 ファーは攻撃を受けても平然としていた。

 遠くてちゃんと見えているわけではないけど、悲しい顔をしているようにも見えた。


 やがて――。

 攻撃側が疲れ切って――。


 壇上には、荒い息音だけの広がる、不気味な静寂が広がった。


 そんな中でのことだった。


 ファーの体が、真っ白な光に包まれたのだ。

 やがて光が収まると、ファーの体を拘束していたすべての力は消えていた。


「シータ、立てる?」

「……え。ファー?」

「うん。どう?」

「おっとっとお!? でも、平気かなっ!」

「そっか。よかった」


 瀕死だったはずの獣人の少女が、傷ひとつない状態でとなりに下ろされて、少しよろめきながらも自分の足で立った。

 それは、聖女様にも匹敵するような回復の御業に見えた。

 それに先の白い光も、まさに光の魔力に見えた。


 群衆も同じように思ったようだ。

 動揺のざわめきが広がる。


 勇者オーリーが何かを言おうとするけど、ファーが軽く手を振り上げると――。

 神官と騎士もろとも、光の輪で拘束されて床に転がった。

 口も塞がれたようだ。


 ファーがシータをとなりに置いて、群衆に――俺たちに向き合う。


 俺は息を呑んだ。


 ファーはいったい、何を言うのだろうか。

 きっと断罪なのだろうと俺は思った。


 だけどファーは、俺たちには何も言わなかった。


 ただ、少し、見つめただけで、その視線はシータという子に戻った。


「シータ、行こっか」

「どこに?」

「とりあえず、安全な場所にご招待するよ」

「それはありがたいな。アタシ、なんか重罪人みたいだし」

「大変だったね」

「最後だけはね。それまではさ、牢屋の中でもそれなりに快適だったけどね」

「そっか。強いね」


 そんな会話を残して2人の姿は消えた。

 転移したのだろう。


 壇上では、動けない勇者たちを助けようと、下に控えていた神官たちが集まって必死に拘束魔術を解除しようとしていた。

 だけど、ファーの光の力は、彼らには解除できないようだ。

 勇者たちは抱えられて、壇上から運ばれていった。


「今日の儀式は終了である! 皆、解散するように! 広場から立ち去るのだ!」


 神官の1人がそう声を上げた。


「はっ。儀式だってよ」


 ラッズのアニキが完全にバカにした声で言った。


「ざまぁだな」


 俺は笑った。


「まったくだ。さあ、とっとと行くぞ」

「おう」


 アニキに連れられて、俺たちは早々に広場を後にすることにした。

 残っていてもいいことはないだろうしな。


 曇り空の下、雨は最後まで、本格的には降り始めなかった。



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― 新着の感想 ―
もうファーは強くなりすぎちゃった感じですね!
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