159 閑話・新人冒険者ヨランは少女の処刑を見る
今にも雨が降り出しそうな曇り空の下、俺は広場に集まった群衆の1人として、これから始まる公開処刑を見学しようとしていた。
俺はヨラン。
ネスティア王国を根城にする14歳の新人冒険者だが、今はパーティーメンバーのアニキたちと共にミシェイラ神聖国に来ている。
俺たちは、先に結成された人類連合軍には参加していない。
そもそも冒険者に招集はかからなかった。
俺たちが神聖国に来ているのは、冒険者としての仕事、商隊の護衛任務でだった。
この日、神都パラスにいたのは本当に偶然だった。
「……なあ、アニキ、ホントに見るのか? こんな悪趣味なモン」
まだ壇上には誰も上がっていなくて、なので群衆は騒がしい。
俺の声は、まわりにいる身内くらいにしか聞こえないはずだ。
「悪趣味でも見とけ。見ろと言われて見ないでいたら、ありもしないことを疑われるぞ」
「わかってるよ。はぁ。つまんね」
ラッズのアニキだって乗り気でないのはわかっていたのに、つい愚痴っちまった。
俺はやっぱり、まだ半人前か。
だけど俺には、まだ言いたいことがあった。
「……なあ、アニキ。ファーのヤツは、結局、何だったんだ?」
「さあな」
「魔族とか、闇の化身とか、いろいろ聞いたけどよ」
ファーが魔族を逃がしたのは確かだ。
なにしろアニキたちが現場にいた。
だけど俺は、本当にあいつが人類の敵なのかとは、どうしても思ってしまう。
人間離れして強くはあったが……。
あいつの不器用なしゃべり方とか、不器用な笑顔とか。
いろいろ思い出すと、特に。
裏表を器用に使いこなせるタイプには、とてもじゃないが思えない。
とにかく不器用なヤツに思えた。
そして、一緒に冒険できらたきっと楽しい、気のいいヤツに思えた。
「……なあ、アニキ。ファーの仲間なんだよな、これから殺されるの」
「らしいな」
「一斉討伐の時にもいたんだよな? どんなヤツだった?」
「雑用係だったらしいが、俺は知らねぇな」
告知はすでに聞いた。
これから公開処刑されるのは、ヨードルで魔族の手先として働いていたヤツだ。
そいつのせいで――。
アニキたちは、魔族とファーを取り逃がしたという話だった。
「あの時は俺も剣を抜いちまったが――。あらためて思い出して見れば、ファーは戦いを止めようとしていただけだったけどな」
「……なあ、アニキ。ファーはここにいると思うか?」
「さあな」
「どうする? ファーが仲間を助けようとしたら」
「見ているに決まってるだろうが」
「だよな」
俺はため息をついた。
俺たちが群衆の中から加勢したって、何の意味もない。
群衆に押し潰されて、それでおわりだ。
俺たちは一騎当千の勇者様ではない。
聖女様でもない。
俺たちだけで何かを成すなんてできないことは、俺にも十分にわかっている。
しばらく待っていると――。
神聖国が誇る3勇者の1人、知の勇者オーリーが壇上に姿を見せた。
うしろには高位の神官たちが続いた。
公開処刑が、神聖国の名の下に行われる証だろう。
ただ、なぜか、人類社会の柱である聖女メルフィーナ様の姿だけはなかったけど。
俺はこの時、思った。
もしかしたら、この公開処刑は聖女様の意思ではないのでは。
聖女様が公開処刑等の野蛮な行為を禁止されているのは、誰もがよく知る話だ。
今回の件は、あるいは、壇上にいる連中が暴走しているだけ、とか。
だとすれば、何なのか。
嫌な目的でもあるんじゃねぇだろうか……。
だけどそれは口にできなかった。
なぜなら、勇者オーリーたちが姿を見せて、広場が静まり返ったからだ。
俺には見ていることしかできなかった。
「皆、今日は急の中! よく集まってくれた!」
群衆に向かって、勇者オーリーが声を上げる。
さすがは勇者。
遠くまで通る力強い声だった。
「皆も不安に思っていることだろうから、最初に告げておく! 聖女メルフィーナ様が公開処刑を禁じられているのは、当然の事実である!
しかし、世には例外がある!
皆もよく知っているだろう。神託に現れし、闇の化身のことを!
この度の重罪人は、闇の化身たる者を打ち取る千載一遇の機会を奪い、結果として我等人類連合軍はキナーエにおいて多大なる被害を受けた!
聖女様の大魔術によって闇の化身は討滅されたが――。
しかし、それは決して許されぬ大罪!
よってここにその罪を公にして、我等人類が再びの団結を!
不退転の決意を以て、魔族討伐へとこれからも邁進することへの誓いのため!
あえて例外として、大罪人を皆の前に引き出し、その処罰を行うものである!
これは正義である!
先の大戦によって命を失いし者たちへの鎮魂である!
皆もしっかりと、人類を裏切った者の姿をよく見てほしい!
残念ながら今、聖女様は諸国を回っておられてこの神聖国にはご不在であるが――。
この勇者オーリーが代理として皆に願おう!
我等人類、血と鉄の団結を!
この世界に害悪を振りまく邪神の使徒たる魔族を絶滅する、その時まで!」
オーリーが聖剣を掲げる。
曇り空の下なのに、聖剣は輝き、広場を照らした。
広場には大歓声が起きた。
皆、口を揃えて、拳を振り上げて、魔族の絶滅を叫んだ。
俺は最初、静かにしていたが――。
アニキに小突かれて、仕方なく、群衆に合わせて拳を振り上げた。
そうしないと最悪、目をつけられてロクな目には遭わない。
それは理解できた。
無性に虚しくて、悔しくはあるけどな。
仕方のないことだとあきらめた。
しばらくそうした後、勇者オーリーのジェスチャーに合わせて、再び会場は静まる。
「大罪人を引き出せ」
勇者オーリーの命令で、大罪人が壇上に連れてこられた。
ロープで体を縛られ――。
左右から抱えられて、1人では歩けない瀕死のような状態で現れたのは――。
俺と同じくらいの年の、まだ10代半ばの――。
獣人の少女だった。
俺は、その子に見覚えがあった。
一斉討伐の時、キャンプ地を元気に走り回っていたヤツだ……。
勇者オーリーが、その子、シータという名前らしいが――。
その子の罪を語った。
難民の孤児ながら手厚い保護を受け、ここまで育ててもらったにも関わらず、その恩を裏切ったその大罪を――。
俺は正直、その話を鼻で笑った。
何が手厚い保護だ。
町の外で生きる人間に、そんなものはない。
そんなの常識だろうに。
なのに誰も、それを口にしない。
いや、できないのか。
俺もだけど。
誰だって、命は惜しいしな。
いや、ちがうか。
町の中の連中は、特に神都なんていう大都市に住む連中は――。
町の外にも、人類社会には、それがあると信じているのだ。
なぜなら実際、彼らの生活にそれはあるのだから。
……ああ、そうか。
俺はつくづくと思った。
これはやっぱり、何かの茶番なんだな、と。
シータという子には、もはや、壇上で何かを語る力もないようだった。
されるがまま、膝をついた。
勇者オーリーは手を汚さないようだ。
抜き身の剣を手にした執行人が、シータという子の脇に立った。
ぽつり――。
俺は一粒の雨を感じた。
天が泣くのなら、シータという子は無実なのかな。
と思った。
だけど、そうだとしても、俺にできることなんて何もないけど。
執行人が剣を掲げる。
次の瞬間には、シータという子は首を切り落とされて短い人生を終えるのだろう。
俺は目を背けたい気持ちを抑えて、それを凝視した。
最後は見てやらないとな――。
それは、そんな虚無みたいな義務感だった。
だって、さ。
俺等なんて、神様だって助けてはくれない。
この世界には神様の力が満ちていて、いろんな魔術だってあるのに。
俺等はいつも置いてきぼりだ。
祝福されているのは、壇上にいる勇者様とか神官とか、そういう奴等ばかりだ。
まあ、俺の仲間にも魔術師はいるけど。
そういう意味では、俺もほんの少しは祝福されているのか。
だから見ている側なのかもな。
あのシータってヤツは、そのほんの少しすらなく、権力者共の茶番の道具として、これから惨めに殺されるわけだ。
神様だって、たとえ泣いたって、祝福のないヤツには何もしてくれない。
いや、まあ、さ。
それ以前に、雨が何の涙かもわかんねぇんだけどな。
正義を行う歓喜の涙かも知れねぇし。
そもそも偶然か。
雨が神様の涙なら、しょっちゅう泣いていることになるよな。
どんだけ泣いてるんだよ、と。
さすがにないか。
なんにしても、俺はちゃんと覚えておくけどな……。
俺たちは道具じゃねえ……。
俺が将来、奇跡的に勇者とかになったら、そういう奴等こそ助けられるように。
その時の誓いとして。
剣が振り下ろされる。
ああ……。
おわりか……。
俺は心の中で、シータという子の魂が、せめて安らかに眠れるように――。
祈ろうとしたけど――。
振り下ろされた剣が、シータの首に届くことはなかった。
会場がざわめく。
「――ねえ、ちょっといいかな?」
刃を片手で受け止めて、執行人を軽い仕草でうしろに転ばせて、優しく獣人の少女を抱き上げながら感情のない声でそう語るのは――。
俺のよく知る――。
俺の惚れた――。
不器用で実直なエルフの冒険者――。
曇り空の中でも長い銀髪を輝かせる、その妨害者は――。
間違いなく、ファーだった。




