158 シータの行方
「え。それって本当――。いえ、本当のこと、なんですね……」
「やっぱり、知らずに来たんっすね」
ミミさんから聞かされた話――。
それはシータのことだった。
つい2日前のことだという。
広場に人が集められて、いったい何事かと思いきや、なんと領主の息子アドラスが神聖国の勇者と共に現れて、こう宣言したと言うのだ。
「ヨードルの町の皆よ、聞け! この度、神聖国より参られた勇者オーリー殿の協力により、ついに先日の、いまわしきヒュドラ襲撃から始まる一連の騒動の犯人が判明した!」
そうして引き出されたのが、シータだったという。
「酷い姿だったっすよ。死にかけだったっす。ぴょんぴょん跳ねて元気な子だったのに、もう動くこともできない様子だったっす」
「……ありゃ、処刑用に、魔術で生かされてるだけだったな。可哀想によ」
アドラスはシータを犯人だと断じた。
いわく、
「この浮浪の獣人は、我等町の人間が善意で町への出入りを認めてやっているにも関わらず、仕事さえ与えてやったにも関わらず、逆恨みし、魔族と手を組み、ヒュドラを差し向け! さらにはこの町に魔族を侵入させて、この町を破壊しようとしたのだ! もっとも、その目論見は、この私、アドラスの機転と勇気によって阻止されたわけだがな!
しかし、この娘は頑なに犯行を否定していた! 故に私も手をこまねていた! なぜなら私は非常に人道的だからだ! いくら浮浪の獣人とはいえ、乱暴はできぬ!
しかし、今回! 勇者オーリーの聖なる力によって、こやつの悪事は露呈した! すべてはこの浮浪の獣人の逆恨みによるものだったのだ!」
アドラスが言うには――。
その計画に気づいたアドラスは、あと一歩のところで、町への侵入を試みていた魔族の2人を討伐するところだったのに――。
シータのせいで、まんまと逃げられていしまった、と。
そして、その時に逃がした魔族こそがファーと名乗る闇の化身であり、そのせいでキナーエでの戦いにおいて人類連合は手酷いダメージを負ったのだ、と。
「しかし! キナーエの戦いは、皆も知っての通り――。
勇者殿らの活躍によって闇の化身は討たれ、我等人族、光の子の勝利でおわった!」
ここでわーっと観衆は湧いたそうだ。
「よって私も人道的に、今回、この裏切り者を神聖国へと引き渡すことを決めた。この者は公正な法の下に裁きを受ける! 公開処刑となるのだ! この町の平和は、このアドラスが守る! 今後もこの町に害を与えんとする者は、必ず見つけ出し、裁きを受けさせてくれようぞ! 皆、このアドラスを信じて、これからもついてくるのだ!」
最後にアドラスが拳を掲げて、さらに観衆は大いに湧いたそうだ。
「それでファーさん、質問なんっすけど……。いいっすか?」
「うん。なに?」
「最初にも聞こうとしたことっすけど、どうしてそのファーさんが、聖騎士様と仲良さげにふらふら普通に歩いているんっすか?」
「仲良くはないけどね」
「あ、はい。それはいいんっすけどね……」
「それでシータは、神聖国に連れて行かれたんだよね?」
「はい。転移の魔術で、その日の内には連行されたって聞いているっす」
「そっか。処刑はいつ?」
「それは私らにはわからないっすよ」
「そっか」
それはそうか。
「でも、なんにしても、それだと、やっぱりあの子は――」
「ただのいい子だよ。私が困っていると思って助けてくれただけ。裏取引とか恨みとか、そういうのは何もなかったよ」
「そうっすか……。そうっすよね……。あの子のことは覚えているっすけど、そんな雰囲気はどこにもなくて一生懸命に生きていただけっすよね……」
「だな。だから俺も普通なら追い返すところ、魔石を買ってやったわけだ」
「ボッタクリ買い取りでしたけどね」
「馬鹿野郎! モグリならあれが十分に適正価格だ!」
マリスさんの怒鳴り声を耳に流しつつ――。
私はこれからのことを考えた。
いや、うん。
どうするかは決まっている。
シータを助ける。
公開処刑なんて、させるわけにはいかない。
2日前だというし――。
きっと、まだ間に合うはずだ。
「しかし、どういうことなんだろうな。聖女様が公開処刑なんてするのかね」
マリスさんが眉をひそめる。
「しないんだ?」
殺伐とした世界だし、普通なのかとも思ったけど。
「聖女様は、残虐な見世物を禁止されていたっすよ。今回は、例外の大事件だったということなのかも知れないっすけど」
「あと言っておくが、俺らは、おまえに思うところはねぇからな」
「ファーさんのことがあろうがなかろうが、そもそも私らはよそ者っすしね。ああいう輩には足元を見られるのが宿命っす。悔しいっすけど」
ここでパラディンが口を開いた。
「さあ、お姉様、行こうぜ! 助けに行くんだよな! この俺のパラディン力、さらに輝かせる時が来たようだな!」
やる気満々、意気揚々、怖気づいた様子はまるでない。
さすがというか、なんというか。
ただ、さすがに次は無理だ。
私はパラディンを眠らせて、肩に担いだ。
「じゃあ、私はこれで。――あ、そうだ。よかったら、これ」
「はぁ? なんだ、そりゃ?」
マリスさんには警戒されてしまったけど、ミミさんが2人分を受け取ってくれた。
差し出したのは、オトモダチ・パーティーの紹介状だ。
「パーティーっすか、いいっすね」
「私が開催するんだ。どうかな?」
「ファーさんが? もちろん行かせてもらうっすよ!」
「おい、勝手な返事を――」
「いいっすよね、師匠。面白そうじゃないっすか」
「……まあ、な」
「ありがとう。じゃあ、日付が近づいたら、私が来るか使者を送りますので」
さあ、行こう。
パラディンをどこかに置いてシータを助けに行かないと。
転移魔法を使おうとすると、ミミさんが声をかけてきた。
「ねえ、ファーさん」
「ん? なぁに?」
「お願いしますね。私らには何もできなくて申し訳ないっすけど」
「うん。大丈夫。任せて」




