156 武具屋マリスにて
「えっと、あらためて、お久ぶりだねー、ミミさん」
「そうっすね」
私は精一杯に愛想を浮かべてみたけど、ミミさんには疲れた顔をされました。
「実は私、ここに来るのは久しぶりで……。最近は遠いところにいまして……」
「そりゃ、そうでしょうね」
「私、今どんな感じなのか、教えてもらえると嬉しいな、なんて」
あはは。
「その前にっすね」
「うん」
「ファーさんのうしろから怪しげな手の動きと共に私の頭を凝視している金髪の人は、どこのどなた様なんっすか?」
言われて振り返れば……。
パラディンがミミさんの猫耳に触りたくてウズウズしていたぁぁぁ!
怪しすぎる!
「あ、こいつは……」
「どうも初めまして! 素敵な耳のお嬢さん! 俺はパラディン! パラディンの北川! よろしく頼むぜ!」
「パラディン……? ってことは、神聖国の騎士様っすか……? こんなに怪しいのに? その御方がどうしてファーさんと? まさかファーさん! 何かの裏取引をして、無実で善良なうちらを売り払ったすっか! 二束三文っすか!? 酷いっすよ、ファーさん! こっちは必死に知らぬ存ぜぬをしてあげていたのに!」
なるほどパラディンって、こちらの世界にはちゃんといるんだね。
ミミさんは混乱した。
「ともかく、まずはお近づきの印に、そのもふもふ耳を俺がもみもみ――。ぐはっ!」
パラディンのみぞおちには、肘を入れておきました。
話が進まないしね。
「ごめん、こいつはただのアレなの。うん。アレ。妄想? 変態? とにかく神聖国の人間ではないから安心して」
「……騎士を騙るなんて重罪っすよ? 本気で何をやってるんっすか?」
ますます呆れられた。
「話を戻すけど、私ってどんな感じなのかな? やっぱり犯罪者?」
「つい最近、ボンボンが広場で叫んでたっすよ……? この町に潜伏していた自称冒険者のエルフ、ファーという者こそ、この世界を破壊するために現れた闇の化身であり、すべての人類の最大の敵なのである、とか」
「へえ、私、そんな風なんだぁ……」
「何を他人事みたいに言っているっすか。賞金首っすよ? 金貨10万枚の」
「すごいね、それ」
我ながら、超大金だ。
「まさかふらっと現れるとは思ってもいなかったすよ」
「あはは」
「ちなみにボンボンの部下はうちにも来たっすよ。ファーさんのことなんて、うちらは何も知らないのにしつこくて困っているっすよ」
「あー。それはごめんねえ」
「いいっすけどね。師匠も私も、権力者なんて死ねと思ってますし。ファーさんが連中をぶっ殺すのなら応援するっすよ」
「……それは、えっと、ありがと。あと、ボンボンって、この町を治めるボイド男爵の息子ってことでいいんだよね? 兵士たちを率いている」
「そうっす。アドラスっすね。最近はずっと男爵が王都から帰ってこないので、あのボンボンがやりたい放題しているっす」
「うわぁ」
彼のことは少し覚えている。
金切り声で怒鳴って、思いっきり権力を振りかざすタイプだった気がする。
正直、いい印象はない。
「そうだ! それよりもっすよ! ファーさんは知ってて――」
ミミさんと話していると――。
ミミさんの話を遮って、
「おう、なんだ。来たのか。命知らずの野郎だな」
店主のドワーフ、マリスさんが奥から現れた。
「野郎じゃないですけどね、小娘です」
「ハッ! 何が小娘だ。で、テメェは本当に闇の化身とやらなのか?」
「はい。まあ」
「がはははははは! おい、聞いたか、ミミ! 本物だとよ!」
「そうっすね」
「で、その闇の化身が今さら何の用だ? まさか遊びに来たわけでもあるまい?」
どうやらマリスさんも、私と話をしてくれるようだ。
ありがたい。
「実は人探しで――」
そう。
私はシータのことを聞きに来たのだ。
シータは以前、このお店に魔石を売りに来ている。
また来ているかも知れないし。
だけど、聞けなかった。
バン!
ドアが荒々しく開いて、外から何人かの荒くれ者がやってきたからだ。
いや、違うか。
顔つきと態度は乱暴だけど、装備が統一されている。
なので、多分、兵士だ。
私はとっさに顔を伏せた。
今日は茶髪だし、面識がなければバレないとは思うけど……。
「おいおい、今日は客がいるじゃねえか」
「客がいるってことは、金があるってことだよなぁ」
「なら今日はちゃんと払ってもらうぜ。この町をよ、アドラス様と共に命がけで守っている俺等兵士への感謝料をよ」
怖いほどに堂々とした態度だった。
以前に来た時には、ここまでのモラルの破壊された兵士はいなかったと思うけど……。
ミミさんの言った通り、父親不在の間に息子が好き放題しているのか。
「金はない。前にも言ったが、前に渡した分で最後だ」
マリスさんはキッパリと言った。
「はぁ!? 客がいるんだからあるだろうがよ! だいたいテメェらは、世界の極悪人と関わりのある疑いを持たれているところを――。特別に、善意で、優しさだけで、この俺等がなかったことにしてやってるんだぞ!」
「そうそう。それをわかって言っているのか?」
「チッ。おい、ミミ」
「はーい……」
マリスさんに名前を呼ばれて、ミミさんがカウンターの下から小箱を出す。
蓋を開けると――。
いくらかの小銭が入っていた。
「ほらみろ、あるじゃねえか! この嘘つき野郎が!」
「これだから亜人はな!」
「まあ、いいだろ。ちゃんと感謝の心さえ忘れてなければ、俺等は優しいからな」
「わははは! そうだな!」
「じゃあ、もらってくぜ。――って、おい、そこの女」
女って……。
まさか私のこと……? 違うよね?
私は小娘ですし。おすし。
「おい、こっちを向け! テメェ、エルフだろ? エルフの女にはな、全員、魔族の手先の疑いがあるんだよ。念の為に確かめさせてもらうぜ」
完全に私のことかぁ!
「ひゅう! いいねえ、それ。俺も手伝うわ」
「俺も俺も」
なんか私に寄ってきたぁぁぁぁぁ!
あーもう。
やるしかないか……。
私が仕方なく、こいつら全員のぶちのめしを決めた、その時だった。
「おい。待てや」
なんと、いつの間にか元気を取り戻していたパラディンが――。
連中の前に立ちはだかった!




