152 閑話・勇者オーリーの決意
「――私を含んだ決死隊10名。すでに準備を整え、たとえ今すぐにでも作戦を実行することができるのです。どうかご決断を、メルフィーナ様。我ら決死隊に、光神ルクシスからの賜物を取り戻すための機会をお与え下さい」
私、オーリーは、最大限に感情を抑えて、でるだけ丁寧に再度の懇願を行う。
メルフィーナ様への敬愛は決して失ったわけではない。
だが、今――。
「オーリー、私が貴方に整えてほしいのは、武具ではなく礼服なのです」
「メルフィーナ様!」
ついに私が叫んでしまうと――。
「…………」
メルフィーナ様は、そんな私の想いを拒絶するように、無言で首を横に振った。
キナーエの上空に浮かんで動かない、超巨大な空の砦。
それは純白に輝き――。
まさに、光の神ルクシスの威光を現していた。
それは魔族の手にある。
しかし、光の神からの賜物を魔族に扱えるはずもなく、それは一切、動くことなく空に浮かび続けるのみだった。
しかし、それがいつまで続くかはわからない。
魔族がそれを支配してしまう前に、我等はそれを奪還しなくてはいけないのだ。
もしもそれが魔族の手に本当に渡ってしまえば――。
我等は蹂躙される。
私、オーリーは、その確信があるからこそ命を賭けて作戦に挑みたいのだ。
すべては、人類のために。
それこそが、光の神の祝福を受けた、勇者の使命だと固く信じて。
なのに――。
勇者よりも光の神に愛されているはずの聖女様は――。
魔族との共和を声に出している。
しかもあろうことか、光の神の賜物たるあの空の砦は伝説の大魔王の所有物であり、他者に扱えるものではないのだと――。
まさかのそんなことまでをも、おっしゃられてしまっている。
決死隊による、空の砦への強襲突撃作戦。
それにはどうしてもメルフィーナ様の協力が必要だった。
なぜならキナーエの帯域に対して転移魔術を発動させられるのは、人類世界ではメルフィーナ様ただ1人なのだ。
残念だが、私にはできない。
高位魔術師たちが力を合わせても、それは不可能だった。
しかし、そのメルフィーナ様は、どうしても首を縦には振ってくれなかった。
「――用がそれだけなら私は行きますね。私は他国を回らねばなりませんので。しばらく帰りませんから些事は任せます」
「わかりました。あとはお任せ下さい」
私は失意の中、転移魔術で消えるメルフィーナ様を見送った。
私は聖女の執務室から退出した。
「メルフィーナ様はいかがでしたか!」
「協力は得られましたか!?」
廊下に出ると、外で待っていた神官たちが寄ってくる。
「無理だったよ」
私は肩をすくめ、彼らの質問に答えた。
「なんと!」
「なぜなのでしょうか!」
「勇者オーリーが命を賭けて、人類のために戦おうとしているというのに!」
「賜物はどうなるのですか!」
「まさかおめおめ、魔族に渡すというのですか!」
「有り得ない! 有り得ませんぞ!」
「間違いなく魔族は、我等の賜物を支配しつつあるのです!」
「その通りです! オーリー殿もご理解されているでしょう! 光の神への祈りは、あの日以来、とても遠いものになっているのです! それは間違いなく、光の神の賜物が、魔族に奪われているせいなのです!」
「急がねば! 急がねば!」
「それはわかっている」
だからこそ、私だって作戦を決行したいのだ。
「――だが、聖女様が認めて下さらぬ以上、もはやどうしようもない。それとも何か? 聖女様を脅すなりして、無理やり力を使わせろとでもいうのか?」
「そ、それは……」
「そこまでは言っておりませんが……」
「しかし、最近の聖女様は、本当にどうされたのか……」
「光の神への祈りが薄らいでいるというのに、魔族と共和しようなどと!」
「有り得ません! 有り得ませんぞ!」
神官たちは危機を訴えるばかりで、解決案を語ることはない。
「まさか聖女様は、本当に魔族に魅入られて……」
神官の1人がそんなことをつぶやく。
さすがにそれについては、睨みつけてやったが――。
しかし、今――。
それを強く否定できない自分がいることも、私は認めている。
すでに他国は、光の賜物の奪還に向けて動いている。
まず先んじたのは、ウィンゼル王国。
彼らは虎の子の古代遺産「空騎兵」20機による強襲揚陸作戦を決行して――。
作戦は失敗。
帰還者はいなかった。
さらにプロイス王国が精鋭中の精鋭、全員が風の魔力を持つ特殊部隊「風牙」を派遣し、間近な浮遊島から賜物への潜入を試みるが――。
こちらも失敗。
帰還者はいなかった。
もはや勇者たる私が、やるしかないのだ。
なのに――。
私は神官たちと別れ、自室に戻った。
すると従者が、一通の手紙を持ってくる。
それは、ネスティア王国ボイド男爵家の長男アドラスからの手紙だった。
彼とは以前に、パーティーの席で一度だけ会話したことがある。
その時のことは覚えている。
彼は強硬派だった。
たとえどれだけの犠牲が出ても魔族は全力で殲滅せねばならないと力説していた。
そのための軍を出すのであれば、必ず参加する、と。
思い出して、私は笑う。
なぜならそう断言していた彼は、先の人類連合軍に参加していなかった。
そもそも彼は、残念だが、有能な人間には感じられなかった。
短絡的で感情的なタイプだった。
なので希望していたとしても、外されたのだろうか。
とはいえ、私は彼の考えには同意した。
魔族は全力で滅ぼすべし。
特に今代聖女たる光の神の寵児、メルフィーナ様が御在位の内に。
メルフィーナ様であれば、それができると信じていたのだ。
なので彼とは、それなりに友好的な関係を築いていた。
それ故に、私のところに手紙を送ったのだろう。
アドラスからの手紙は興味深いものだった。
それはあるいは、逆転の一手、そうはならなくとも――。
魔族との戦いをあらためて誓うための道具として、大きな意味を持ちそうだった。
私は早速、彼に会うことを決めた。




