151 ヒロのこと
私、実は犯行がバレて、ヒロに嫌われてしまったかも知れない。
キザ青年に扮してナンパ連中を追い払って――。
家に帰った夜――。
ヒロの態度が、また冷たくなった。
今朝までは、「お姉ちゃん、はい」「お姉ちゃん、どうぞ」なんて、私のお世話を甲斐甲斐しくしてくれてしたのに――。
今夜の夕食では、なぜか普通だったのだ。
その日はお鍋だったのに……。
大きなお鍋で、みんなで取り合って食べたのに……。
私の取り分を小皿によそってくれたり、お茶のおかわりを注いでくれたり、ほっぺを拭いてくれたり、してくれなかった……。
まあ、うん。
それはあくまで普通のことです。
今朝までしてくれていた方が異常だったわけで。
別に睨まれたりはしなかったし、バカナタとかも言われたわけでもない。
ただ、うん。
とはいえ、様子が一変したのは確かなのだった。
だって今朝までは、やってくれていたのに。
夕食後。
自分の部屋であてもなくネット世界を彷徨いながら、私は思う。
「バレバレだったかなぁ……」
と。
なぜなら、あの時の青年は、咄嗟のことだったので――。
ファーに寄せてしまった。
ファーが男の子だったら、みたいなイメージで変身してしまったのだ。
なので、わかる人にはわかるのかも知れない。
ヒロは、わかる側だろうし。
「うわぁ、お姉ちゃん、さむ。妹の放課後に、ついてくるとか」
そんな風に思われた可能性はある。
「ああああああああ……。あいた」
私は悶え苦しんで、椅子から転げ落ちた。
「ふう」
気を取り直して、椅子に座り直す。
「でも、うん、その可能性は高いか……。それなら夕食での態度も理解できる。私のことは尊敬もしているけど、でも、寒い。2つの感情がせめぎ合って、結果、普通だった。あー。もう少し考えて変身すればよかったぁ」
もはや今更ではあるのですが。
覆水盆に返らず。
起きてしまったことは、受け入れるしかないのです。
まさにヒロの記憶を操作なんて、できないし。
「あー」
悶えていると……。
トントントン。
『姉ちゃん、ちょっといい?』
ヒロが遊びに来た。
「いいよー」
もはや、開き直るしかない。
なるようになれだ。
私は明るくヒロを部屋に招いた。
ヒロが部屋に入ってくる。
「お姉ちゃん、今夜はカナタのままなんだね」
ヒロは、いつも通りに愛想よく笑いかけてきてくれた。
「あはは。そうだね」
そういえばファーに戻っていなかった。
「今夜は何してたの? 動画制作?」
「ううん。適当にネットを見てただけ」
「そっか」
会話が止まった。
なんだか私は緊張していった。
ちらりとヒロの横顔を見る。
「ふーん。秋の牛丼祭りかあー。物価高なのに値下げってすごいねー」
ヒロの視線は、私が見ていたネット記事にあった。
「そだねー」
私は適当に相槌を打って、ヒロの反応を窺う。
…………。
……。
「ねえ、お姉ちゃん」
しばらくの沈黙を挟んで、ヒロがこちらを向く。
「うん……。なぁに……?」
「ひとつ、質問いい?」
「う、うん……。い、いいけど……」
きたぁぁぁぁぁぁ!
どうしよぉぉぉぉ!
私は急いでスキル「平常心」をオンにした。
「どうしたの?」
私は落ち着いた気持ちでたずねる。
「実は、今日の放課後ね……。お姉ちゃんによく似た人と出会って……」
「うん。どんな?」
「だから、そっくりな人」
「そっかぁ」
「ねえ、お姉ちゃん。ファーさんとそっくりな人、知ってる? その人、でも、私と同じくらいの年の男の子なんだけど」
どうしよう。
私は考えて、まずはこう答えた。
「さあ。知らないなぁ」
冷静に考えて、しらばっくれました。
ヒロの様子から見て、非難されている雰囲気はなかったので。
確認されているだけなら、他人のままでいいかな、と。
「そっか。そりゃ、そうよね。お姉ちゃんの姉妹って、私だけなんだし。実は他に弟がいたりとかなんてしないよね」
「……いたら大変だよね、それ?」
「そうよね」
私の言葉に、ヒロはうなずいた。
「ねえ、ヒロ。その男の子がどうしたの? 何かされたの?」
「ううん。されてはいないけど……」
「どうしたの?」
「えっとね……。お姉ちゃんの知り合いだったら、紹介してほしいなと思って」
頬を赤らめながら、ヒロはうつむいて言った。
なんと。
私は冷静に絶句した。
そんなバカな。
あのギャグキャラのどこに、カッコいい要素があったのか。
「どこか気に入ったところがあったの?」
「見た目がね、カッコよくて」
なるほど。
私は納得した。
「でも、そっか。残念。知り合いじゃないのかぁ」
「うん。そうだね。ごめんね」
「ううん。いいの。でも、それだともしかして、また敵の魔術師なのかな……。お姉ちゃんのことを探りに来ていたり……」
「そんな雰囲気があったんだ?」
「うん。お姉ちゃんたちと似た雰囲気があったよ。だから、もしかしたら、お姉ちゃんの知り合いなのかなと思って。ファーさんと似ていたのが一番だけど」
どうやらヒロは、私たちと接する内――。
ぼんやりとながらも魔力を感じ取れるようになっていたようだ。
さすがはヒロ。
優秀なのは伊達ではない。
「それなら残念だけど、関わらないほうが――」
いいよね。
と、言いかけて私は、恐ろしいことを閃いた。
これは、うん。
千載一遇のチャンスかも知れない。
パラディンなどという猛毒の虫からヒロを引き離すための。
私がキザ青年になってヒロを口説いてしまえば、パラディンなんて、もはやゴミ。
ヒロは解放される。
と、考えたけど、それはさすがに無謀か。
なぜならその先はどうするのか、という話だ。
上手く失恋させなければならない。
なぜならキザ青年は私であり、結ばれることはないのだから。
スキル「平常心」をつけておいてよかった。
これがなければ、勢いのまま私は、とんでもないことをしたかも知れない。
「ヒロ、その相手のことは忘れてほしい。相手が魔術師なら、私や時田さんの手で記憶を消してどこかに捨てるだけだし。悪いけどヒロのために、私たちは忖度して、敵を見逃してピンチを作ることはできないよ」
私はあえて、厳しい口調で言った。
ごめんよぉぉぉぉぉぉ。
ただヒロも、魔術師が世間の裏側でこっそり闘争していることはすでに知っている。
「うん……。そうだね。わかった。ごめんね変なこと言って。忘れるよ」
幸いにもヒロはわかってくれた。
ただ、うん。
次の朝は、どこか上の空ではあったけれど……。
ごめんよおぉぉぉぉぉぉ。
ただ、幸いにも、何日かしたら元通りに元気になってくれた。
しかしヒロって、それなりに惚れっぽいのね……。
意外ではありました……。
今度からは十分に気をつけよう……。




