150 ヒロの学校生活
正直、学校に行くのは緊張する。
なにしろ私には、あまり楽しい記憶のない場所なのだ。
とはいえ、それはもう過去のこと。
今の私には関係ない。
なにしろ今の私は、姿を消すことも、空を飛ぶことも、敵をぶっ倒すことも、だいたいのことは自由自在にできる。
何もできない無力な私ではないのだ。
だからもしも、ヒロが苦しんでいるのなら、助けてあげることができる。
頑張ろう。
到着すると、学校はまだ授業中だった。
早速、ヒロを探す。
ヒロは魔力を持っているわけではないので、魔力感知では探せないけど――。
かわりにゲーム的に言うとフレンド登録の対象になっていて、『ユーザーインターフェース』で設定してサーチをオンにすれば――。
マップ上で検索できるし、視野の中では少し光って見える。
なので探すのは簡単だった。
見つけた。
2階の教室で、数学の授業を受けている。
ヒロが通うのは、さすが偏差値の高い高校であって、みんな、真面目だった。
寝ている生徒はいない。
ヒロも当然、熱心にノートで計算式を解いていた。
しばらく見ていると昼休みになる。
さあ、ヒロはどんな生活をしているのか。
ちゃんとみんなと仲良くできているのか。
それとも、浮いていたりするのだろうか。
私はドキドキしつつ、その様子を窺った。
結論から言うと、私の心配は杞憂だった。
ヒロはクラスメイトと仲良くおしゃべりしつつ一緒に食堂に行って、楽しくランチを食べて、一緒に教室に戻った。
そのあとは、またおしゃべり。
教室には笑い声が響いていた。
女子だけでなく、男子生徒とも普通に仲良くしていた。
うむ。
寝たフリか本を読むか図書館に行くしかなかった私の学生時代とは大違いだねっ!
素晴らしい!
…………。
……。
いや、うん。
自分のことを思い出すのはやめよう。
私はのんびりと空に浮かんで、窓ごしに妹の青春生活を眺めた。
秋の空は優しい。
実に心地よく私を包んでくれた。
気づくと私は寝ていた。
ハッと目覚める。
学校では、チャイムが鳴っていた。
スマホで時間を確かめると、なんと放課後のようだ。
ヒロの教室に目を向ければ、先生が壇上にいて、最後のホームルームをしていた。
ホールムールの後は、数名のグループに別れて掃除の時間となる。
ヒロは教室の担当。
ささっと済ませて、帰宅となる。
そこまで見届けて私は満足した。
ヒロは普通に学生生活を送っているようだ。
私の手助けは必要なかった。
ヒロは何人かの友達と一緒に校舎から出て、自転車置き場に向かった。
自転車に乗って、友達と一緒に帰路につく。
ただ今日は、すぐには帰らないようだ。
ヒロたちは駅に向かった。
まあ、うん。
まだ空は明るいしね。
少しくらいは、遊ぶ時間もあるだろう。
私はなんとなく、なにをするのかなーと思って、ふわふわと空からついていった。
そして――。
私は戦慄することになった。
「な、なにぃぃぃぃぃ!?」
思わず声を出してしまったほどだ。
なんとヒロは、友達数名と一緒にカラオケ屋さんに入ったぁぁぁぁぁ!
駐輪場に自転車を止めて、向かう先は店舗。
カラオケをするつもりのようだ……。
い、いいのだろうか……。
学校帰りにカラオケなんて……。
不良とかになってしまって、補導されるのではなかろうか……。
私は急いでスマホで調べた。
すると、学校帰りに制服姿でカラオケに行くのは、問題ない行為のようだった。
それどころか、学割なんてものもあるらしい。
「なるほど」
まさに私の知らない世界だった。
ただ、校則で禁止されている場合はあるようだけど……。
ヒロのところはどうなのだろうか。
まあ、うん。
友達みんなで行っているわけだから、大丈夫なのかな、きっと。
とはいえ、ヒロたちはすぐには中に入れなかった。
駐車場から歩いてきた大学生らしき青年たちと店舗の出入り口近くで遭遇して、なにやら声をかけられたのだ。
どうやら、ヒロの友達の1人と、青年の1人が、顔見知りのようだ。
ヒロの友達がぺこりとお辞儀をしたところから見て、それほど親しい間柄というわけではなさそうだけど。
私は少し近づいてみた。
どうやらアルバイト先の先輩のようだ。
せっかくだし一緒にどう? と誘われていた。
ヒロたちは戸惑った様子で、どしようか、と顔を見合わせている。
私の「危機感知」は反応していない。
なのでそれは平和な光景なのだろう。
青春の1ページだ。
少なくとも青年たちにヒロを害しようとする気持ちはないようだ。
私が見る限りでも、青年たちは普通の人に見える。
でも、ですよ。
でも、です。
お姉ちゃんとしては、見過ごせない光景ではあった。
ヒロに悪い虫がつくかも知れないのだ。
ヒロになんて、とっくにパラディン北川という猛毒の虫がついているというのに。
これ以上についてしまったら、それこそヒロが変なことになりかねない。
私は急いで手を打つことにした。
私には『ポリモーフ・セルフ』という変身魔法がある。
その魔法を使って――。
はいっと。
漫画によく出てくるタイプな、銀髪のキザ青年さんになってみましたー!
ファーを男っぽくしただけなんでけれどもねっ!
今日は服装も一緒に魔法で変える。
服装は、石木さんみたいなオシャレな都会人っぽい感じにした。
身近にお手本がいるのはありがたいです。
ふふ。
名付けて、通りすがりの超イケメンに注意されました作戦!
これはイケるだろう。
私はカラオケ店の駐車場に降りて、姿を現すと――。
何気なくヒロたちのところに近づいた。
そして、前髪をかきあげて、キザなスマイルでこう言うのだ。
「おっと。そのボーイたち。もしかしてナンパかい? ふふ。ガールたち、戸惑ってしまっているじゃないか。またの機会にしたらどうだい? そもそも中から見えてしまっているから、通報されてしまっても知らないよ」
決まったぁぁぁぁぁぁ!
我ながら完璧だ。
ちょっと日曜夕方の国民的アニメに出てくるキザキャラみたいにもなってしまったけど、それはそれで良い味が出せた気がする!
そう。
私はあえて、ずっとズッコケキャラを演じてみたのだ。
これをカッコいいと思う人はないだろう。
しかし、呆気には取られる!
「そ、そうだな……。悪かったな、また、今度な」
「は、はい……」
よし!
知り合いらしき2人の間で話はついた。
青年たちは、先にカラオケ店へと入っていった。
「ふふ。ガールたち、油断大敵、火事おやじだよ。自分を大切にしたまえ。あでゅう」
再び前髪をさらりと持ち上げて、キザに指を振って――。
私は颯爽とその場を後にした。
完璧だ。
我ながら完璧すぎた。
私は立ち去った後、すぐに姿を消して、ヒロたちの様子を見たけど――。
ヒロたちは、
「……今日は帰ろっか」
「……そうだね」
カラオケ店に入らず、自転車置場へと戻っていった。
帰路につくヒロたちを見届け――。
私は大いに満足して、おうちに帰るのだった。
私、いい仕事をしました!




