149 姉妹関係なう
最近、うちの妹が優しい。
たとえば朝。
「お姉ちゃん、はい、フルーツ、取り分けてあげるね」
「あ、うん。ありがと」
「お姉ちゃん、コップがもう空っぽだよ。紅茶のおかわりいる?」
「あ、うん。ありがと」
「あーもう、お姉ちゃん、頬にちょこっとジャムがついてるよ。取ってあげるね」
「え。あ、うん。……ありがと」
指ですくわれて、ぺろっとされてしまいました。
私は思った。
これはいったい、誰だろう。
と。
なにしろ私の知る羽崎ヒロさんに、そんなことをした記憶はない。
まるで今のヒロさんは、ごくごく稀に漫画に登場する、お姉ちゃんラブラブの困ったちゃんな妹のようなのです。
「ははは。なんだか最近のヒロは、お姉ちゃんに優しいね」
「カナタ、まさか勝手に、高いものをヒロに買ってあげたりしていないでしょうね? いくらお金があるからって――」
「買ってないよー。ないないー」
「ならいいけど……。身を滅ぼすから、贅沢だけには気をつけなさいよ」
「わかってるてばー」
なぜかお母さんには私が注意される始末ですが……。
「もー。お母さん! お姉ちゃんは完璧なんだから大丈夫に決まっているでしょ!」
すぐにヒロが反論してくれるわけで……。
「あはは……」
私としては、苦笑いするしかありませんのでした。
正直に言うと、ヒロには普通にしていてほしいのですが、また元のツーンに戻られるのは悲しいので言い出せないのです。
食事がおわって、2階の部屋に戻っても――。
なぜかヒロはついてきて――。
なぜか、ではないのですけれども……。
「さあ、お姉ちゃん。もう2人きりだから、本当の姿に戻ってもいいよ」
「あ、うん」
私は魔法を解いて、ファーの姿に戻った。
「今日も綺麗! 素敵! やっぱりお姉ちゃんはこの姿だよね!」
するとヒロがキャッキャと喜ぶ。
そう。
私の妹は、ずっと私は真面目な優等生だと思っていたのだけど、実はアイドルやタレントに夢中になるタイプの子だった。
パラディンにも、学校を抜け出して会いに行っているしね。
「ねえ、お姉ちゃん。この姿でいる時には、天使様って呼んでもいいよね?」
「あ、うん。いいけど……」
「では、天使様、今日も御髪を整えさせてもらいますね」
「あ、うん。ありがと」
ファーの髪は、いつでもツヤツヤのサラサラで、整える必要はまったくない。
だけど私は言いなりなのです。
ヒロが、それはもう幸せそうに私の髪に触るので。
「ね、ねえ、天使様……」
「どうしたの? なんかためらいがちに」
「今日は、お着替えもお手伝いしましょうか? 服、脱がせてあげるね?」
えええええええー!
私はあわててスキル『平常心』をオンにした。
ふう。
私は冷静になった。
「ヒロ、そろそろ自分の朝の準備もしないと、学校に遅れるよ? 優等生なんだから、ギリギリの登校はやめようね」
「うう。残念。もう時間かぁ。なら、最後にひとつだけいい?」
「うん。なぁに?」
「キリッとして、見つめて?」
「あ、うん」
言われるまま私は、頑張って真顔になりました。
「うん、やっぱり天使様は、キリッとしているのが一番にカッコいい。笑っていても、もちろん素敵なんだけどね……」
「あはは。ありがと」
「笑っちゃダメ。今は真面目な時間」
あ、はい。
しばらく真顔でいると、ヒロは満足してくれた。
「ありがとう! お姉ちゃん! 今日も天使様パワーを満タンにできたよ!」
ヒロは笑顔で自分の支度に戻っていった。
よかった。
さすがに服を脱がされる気はない。
そもそも着替えは『ユーザーインターフェース』を経由すれば一瞬だしね。
まだ自宅なので、私は羽崎彼方の姿に戻った。
スキル『平常心』はオフにする。
「ふう」
朝から大変だった。
最近は毎日、こんな感じなのだ。
まあ、とはいえ、夜には一緒にお風呂に入ることもあるので……。
今さら裸も何もないのですけれどね。
いきなり入ってこられた時には、それはもうビックリしたものだけど……。
今では普通に、体を洗っちゃってもらっているのです。
あはは。
私は、なんて流される子なのでしょうか。
まあ、うん。
いいのですけれどね。
なにしろヒロは、実の妹なのだし。
「さて」
私は椅子に座って、いつものようにPCに向かった。
しばらくすると、自転車に乗った制服姿のヒロが学校に出かける。
それを窓からに見届けて――。
ふと私は思った。
……それは、面白いかも知れないね。
今日は暇だ。
まあ、うん。
私は暇と言えば、いつも暇なんですけれども……。
なにしろすべて丸投げできたしねっ!
というわけでもないか。
まずはハイネリスで、あと何個か異世界転移の指輪を作らないといけない。
異世界転移の指輪は、調整こそカメキチがしてくれているけど、肝心の魔法を込める部分は私にしかできないのだ。
異世界転移の魔法は、なにしろ奇跡にも等しい力だし。
あと、会社名をいい加減に決めないといけない。
オトモダチ・パーティーの内容も。
考えてみると、それなりにやることはある。
「うーむ」
私はしばし、会社名を考えた。
そうする内に時間は過ぎていって――。
正午近くなった。
「よし」
残念ながら何も思いつかなかった。
なので気分転換に、朝にふと思いついたことを実行することにした。
私は窓を開けて、姿を消して、昼の明るい空に飛んだ。
ヒロの学校生活を、少しだけ見学してみよう。
もしも何かあるのなら――。
ないとは思うけど――。
天使様のパワーが必要なくらいに困り事があるのなら、さくっと解決してあげよう。
今の私であれば、それくらい簡単だ。
害悪があるのならば、塵以下の存在に粉砕してやろう。
私はヒロの通う学校へと向かった。




