146 閑話・3つの余波 異世界王国編
「ねえ、お父さま。それで王国はどうするの? 参加するのよね、もちろん」
「どうだろうな……。難しいところだな……」
「現状では、しない方向ってこと?」
「少なくとも当家としては、リアナ、おまえが出席するのだから、それで向こうの面子は立てることはできるだろう」
私、リアナ・アステールは、今、ネスティア王国の王都にいた。
アステール侯爵家の別邸でお父さまとお話をしている。
私としては、早く水都メーゼに帰って、メーゼ湖のキラメキで疲れた心を癒したいところではあるのだけど……。
王都は今、大議論の最中にあった。
そして、私は聖女。
大議論を放って帰ることはできず、王都に滞在を続けていた。
「お父さま、向こうではなくて、大魔王陛下、ね」
「ファーエイル・ザーナス陛下、か」
「そ」
それがファーの本当の名前なのだ。
大魔王――。
なんとファーは、1000年の眠りより蘇った伝説の存在だったのだ。
私は、空中に浮かぶ超機動戦艦ハイネリスをこの目で見ている。
異世界にも行った。
ファーに従う魔王たちの姿も見た。
すべてを真実だと認めて、ファーとの友好を約束するメルフィーナ様の姿も見ている。
だから、うん。
ファーエイル・ザーナス大魔王陛下と争うなんて――。
考えるだけでも無謀だと思えていた。
どこに勝てる要素があるのか。
だけど人類国家は――。
ファーからの『オトモダチ・パーティー』への招待状を受け取って、なぜか不思議なことに戦う相談ばかりしている――。
そんな雰囲気を、感じずにはいられない。
あろうことか、ファーの居城であるハイネリスを奪うとか。
そんな声さえ聞こえてくる。
魔に魅入られたメルフィーナ様を廃して、私を新たな聖女に据えよう――。
なんて声までもあるのだ。
そう――。
メルフィーナ様は、ファーとの友好を説いて、各国を回っている。
自分の手でパーティーの招待状を渡して歩いていた。
私は最初、楽観していた。
だってメルフィーナ様は人類連合の支柱。
メルフィーナ様のお言葉ならば、みんな、聞くに違いないと。
だけど現実は違った。
少なくとも私の耳には、いい噂があまり入ってこない。
なぜならば――。
みんなは、キナーエの戦いは闇の化身を打ち消した人類側の勝利だと思っているのだ。
大魔王の復活など、魔族の苦し紛れの嘘だと。
ハイネリスは光の神から人類への賜物で、魔族は不当占拠しているだけだと。
ハイネリスは白くて、輝いていて、まさに光のようだから。
それだけの、見た目だけの理由で。
人々は、ハイネリスは人類のものだと思っているのだ。
「リアナ、それで今夜はどうする?」
「もちろん行くわ」
今夜は密かに国王陛下から食事に誘われている。
大切な話をする機会となるのだ。
私は無能で、なんの力も持たない嘘つきだけど、ファーとの友好だけは絶対に結ばなくてはいけないと確信している。
だって、私はオトモダチになりたい。
絶対に。
それは私の強い思いなのだ。
ちなみにお父さまは、ファーに対して明確な敵対は一度も示していない。
ファーが魔族の子を逃がしたとの報告が入った時も――。
ヨードルを治める叔父、エドガー・ボイド男爵の長男であるアドラスからは、ファーを指名手配するように手紙も来ていたけど――。
結局、事実確認が先だと言って、それはしなかった。
ファーが魔族の子を逃がした件は、実質、お父さまの手でうやむやにされたのだ。
それは叔父であるボイド男爵とも相談して決めたことのようで――。
つまりは男爵も、ファーに対して悪い印象は持っていないようなのだけど――。
その息子のアドラスは目の敵にしているのだ。
正直、アドラスから連絡が来たと聞く度に、私はうんざりしている。
私とアドラスは親戚同士。
なので、あまり嫌いたくはないんだけどね。
主張は違っても、アドラスはアドラスで頑張っているのはわかるし。
それはともかく――。
夜――。
王宮に着いた私は、聖女として、お父さまと対等に近いようなもてなしを受けた。
私は「仮」のはずなのに……。
気づけば、完全に聖女扱いだ。
ホント、嫌になるけど、否定はしないで受け入れている。
夕食の席では、私は声高に主張させてもらった。
「陛下、ファーのオトモダチ・パーティーには絶対に参加するべきです。私はファーの人となりはよく存じていますが、ファーは友達になった相手を決して見捨てません。逆に、そうでない者には無関心です。他の国には、私に言われて形式的に参加するだけ、とでも言っておけばいいではありませんか。形式的でもなんでも、参加さえしてしまえば、ネスティア王国の未来は安泰となるのですよ。どうかご英断を」
私はあえて、ファーエイル陛下のことをファーと呼んで、国王陛下に訴えた。
「ウォーレン、君の意見はどうかね?」
「無論、陛下のご決定に従うのみです」
「今夜は良い。私見を申せ」
「は。では――。私自身は、常に我が娘の『未来視』によって助けられ、ここまで生き延びることができました。故に今回も、個人的には娘の言葉を信じてはおります」
「――そうか」
国王陛下は、重々しくうなずいた。
いや待って。
まさかとは思うけど、私の『未来視』設定で話が決まっちゃうのだろうか……。
オトモダチ・パーティーへの参加は絶対に良いことだと思うけど……。
しかし、私の『未来視』は完全にデタラメなのだ。
そんな力はないのだ。
というか、うん。
国王陛下だってそれは知っているはずだ。
なにしろ鑑定の結果はとっくに出ている。
なので、さすがにそれはないか。
ないよね。
はっはー。
私は気楽に心の中で笑って流そうとしたけど――。
「わかった。他ならぬ『聖女』の言葉である。我が国としては、それを無下にはできぬ。しかし私はさすがに行けぬ。よって、ウォーレン、貴公を補佐役として我が息子カーライルをパーティーに参加させよう」
「御意」
決まっちゃうんだぁぁぁぁ!
私は悲鳴をあげた。
もちろん、心の中でだけ。
「それで良いかな、『聖女』殿」
うわぁ。
国王陛下に、ニヤリと笑って言われたぁ。
「はい。ありがとうございます」
カーライル殿下はネスティア王国の第一王子。
つまりは次の国王だ。
ファーのオトモダチとなるのに、不足はない相手だろう。
「我が国としては、人類連合の輪から出るつもりはない。しかし今回は、あえていくらかではあるが危険な橋を渡ろう」
「大丈夫ですよ。パーティーに参加して、危険はありません」
私は笑って答えた。
それについては我ながら、妙な確信があった。
「そうか。ならばよい。実のところ、私個人としては、聖女メルフィーナを見限る気にはどうしてもなれなくてな。なんとかできぬものかと思案していたところだったのだ。リアナ・アステールよ、この度は大義であった。其方の名を再び使わせてもらうことにはなるが、私としても、これが最善だと確信できておるぞ」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
とにかくよかった。
これでネスティア王国は、少なくともファーの敵にはならない。
アステール侯爵家も安泰ということだ。
そう――。
この夜、私はすっかり安心して――。
ファーのオトモダチとして、自分たちの明るい未来を想像していたのだけど――。
やはり私の『未来視』なんて、あてにはならないようで――。
後日。
私は悪夢のような話を聞くことになるのだった。
それはアドラスの――。
ファーの友達という獣人の少女を使った、とんでもない計画だった。




