145 閑話・3つの余波 現代世界編
「時田、これはどういう意味だ! 挨拶とは! オトモダチとは! この天使を名乗る者は我等に何をしようとしている!」
「ククク。君たちはやりすぎた、ということではないのかね?」
「だから――。意味を言え!!!」
まったく、脳に響く。
室内で、そこまで声を張り上げずとも聞こえるというのに。
まあ、恫喝のつもりだろうが。
だからあえて、私は冷笑を浮かべて、こういうのだ。
「まずは、その下劣な言葉遣いを改めたらどうかね、斉正君。1年間の記憶と共に知性と品性まで失ってしまったのかね?」
「貴様ぁぁぁ! 誰に向かってそんな口を!」
「君だが? そもそも君は、誰に向かって口を利いているつもりかね?」
魔術結社『スカラ・センチネル』に所属する魔術師たちの集まる円卓会議では、何より魔術師としての階位が立場を決める。
私、時田京一郎は第3階位『ウィザード』の称号を持つ、日本で唯一の魔術師。
この円卓の場では最上位の存在である。
「ぐっ……。失礼した」
私に恫喝してきた斉正という壮年の男は、いくつもの会社や団体で顧問を務めており、表社会では好き放題しているが――。
魔術師としては第5階位『キャスター』でしかない。
会議で睨み合えば、当然、頭を下げるべきなのはヤツの方である。
もっとも、それは私がひときわ優れているだけのことであり、第5階位というのは決して無能を示すものではない。
実際、ヤツは、魔術によって多くの敵対者や競争者を破滅させ、貧困家庭から上級の身分にまで這い上がっている。
名実ともに日本を代表する魔術師の1人である。
そして先日、大魔王陛下に敵対心を感知されて、1年間の記憶を失った1人でもある。
ただし1年間の記憶喪失については、すでにだいたいの補完は成されている。
覚えていないながら、彼らは現状を把握しているのだ。
「……それで、時田君。つまり我々は、さらなる報復を受ける、ということなのかね?」
別の魔術師が言う。
老年の彼もまた、1年間の記憶を失った1人だ。
「我々ではないだろう。少なくとも私は、普通に挨拶を受けて、喜んでオトモダチにさせていただくつもりだがね」
私がそう答えると、
「そうだな」
「相手は未知の強者。最初から敵対する必要はないわね」
と、記憶を失っていない、先日の件には無関係の者たちが次々と同意する。
幸いにも、この円卓会議において――。
記憶を失くした者、そうでない者の割合はちょうど半々だった。
逆に言うと日本の魔術師の中枢にいる者たちの半分もが揃って、『羽崎彼方』に何がしらの陰謀を企てていたことになるわけだが――。
「……では、やはりこの『天使』が、君の魔石の供給源、ということなのかな?」
「そうは言っていないが? 挨拶は受ける、と言っただけのことだ」
「しかし実際、会社を作るのだろう?」
「ああ。妨害はしないでほしいものだ」
「それならば、詳しく話してほしいものだが――」
「はははっ! 1年分もの記憶を失くしておいて、まだ懲りていないのかね? 次は一生分の記憶を失うことになるぞ」
私は哄笑し、記憶を失くした者たちを大いに嘲った。
連中はいきり立ち――。
中には私に攻撃をしようとする者もいたが、どうやら自制したようだ。
その様子を確かめてから私は言葉を続けた。
「まあ、よかろう。諸君等はそれでも、同じ『センチネル』の同胞。これからの関係も考え、事実を教えてやろう。
お察しの通り、私は天使様とは知己でね。
私が持ち込む魔石は、すべて天使様より供給されたものだよ。
そして君たちは、まんまと私の罠にはまって、人身御供として準備した地方の無職少女に手を伸ばして、その野心を露見したわけだ。
本当にありがたかったよ。
おかげで天使様を危険に晒すことなく、私は君たちを知ることができた」
「貴様……! どこまでこの私を侮辱する気か……! この私を誰だと思っている!」
斉正が顔を真っ赤にして、怒りを顕にする。
だが他の者たちは冷静だった。
「……なるほどな。今回は、まんまとしてやられたわけか」
「かっかっか。さすがよの」
「それで時田さん、我々のことは、天使様に取りなしていただけるのですか?」
「それは君たちの態度次第だろう?」
「――心得ておきます」
今回、私が円卓会議に参加した理由はひとつ。
それは、『羽崎彼方』と『天使様』との関連性を引き離すことだ。
言うまでもなく両者は同一人物だが、彼らにそれを悟らせるのは、かの御方の日常を破壊することにつながる。
すべては私が目論んだことであり――。
つながっているのは、私と『天使様』であり――。
羽崎彼方という地方在住の少女は、真実には何の関係もなく、ファーという名前から私に利用されているだけの一般人である。
――彼らには是非とも、そう思ってもらわねばならなかった。
すでにそれなりの情報が出ている以上――。
この連中を殺したところで、すべての記憶を奪ったところで、それは他者が確信へと至る道標となるだけで平和の実現には至らない。
「馬鹿馬鹿しい! 話にならんわ!」
勢いよくテーブルを叩いて、斉正が椅子から身を起こした。
「時田! 第3階位に至った魔術師が日本では自分1人だからといい気になりおって! 世界から見れば貴様など、ただの有象無象に過ぎんわ! すでに今回のことは、私の海外の知人にも話が伝わっておる! ふふふ……。貴様など相手にもならぬ、第2階位『マスター・ウィザード』の称号を持つ世界でも稀有な魔術師にな!」
「ほお。それは大変なことだ」
「その余裕がいつまで持つかな。楽しみにしていろ。天使だか悪魔だか知らんが、必ず貴様と共に破滅させてやる。貴様らも目を覚ませ! 何が挨拶だ! 何がオトモダチだ! 我々が、そんな子供じみた脅しに屈するなど末代までの恥だぞ!」
魔術師たちを睨みつけて、斉正は部屋から出ていく。
2名の魔術師がそれに追随した。
私はそれを黙って見送る。
どうやら、私の計画は上手くいったようだ。
世界から誰が来ようと、それが『羽崎彼方』のところに行く可能性は低いだろう。
少なくとも斉正が狙うのは私だ。
せいぜい、目立つ場所にいてやろうではないか。
私としても、第2階位の魔術師との対決は楽しみであった。
それだけの強敵であれば――。
今のこの私の、強大に膨れ上がった魔人としての力を、存分に試すことができる。
楽しみだ。
果たして私はどこまで強いのか。
あるいはこの世界を、蹂躙できるほどになっているのか。
「ククク。ハハハハハッ!」
想像して私は、笑いを止めることができなかった。
「しかし時田よ。これは同胞としての忠告じゃがの」
「何でしょうか、御老公」
「最近はいくらなんでも、少し派手にやりすぎなのではないかの。政財界の重鎮にまで手を出しては炎上するというもの」
「そうよねえ。彼らをなだめるのには苦労したわ。貸しを作ることになっちゃったし。京ちゃんへの借りを考えれば安いものだけど」
この円卓会議の内容については、すぐに政財界の連中にも伝わることだろう。
それで彼らも『羽崎彼方』から手を引けば良し。
私が関わることはなくなる。
しかし、彼らがさらに何かをしようとするのであれば――。
その時には、本当の大掃除が必要になる。
しかし残念だが今、それをこの場の者に伝えることはない。
なぜならその時には、吸血鬼族を始めとした異世界の軍勢との共闘になるだろうから。
すでに、その作戦は、密かに石木と練っている。
それはすなわち異世界からの侵略。
日本を裏から制することで、『羽崎彼方』の平和な日常を強制的に実現するのだ。
ますます面白いことになるだろう。
あるいは、ファー様自身が出てくる可能性もある。
今回の手紙には、その意味も込められているのだろう。
オトモダチ。
すなわち、敵味方の選別。
実にあの方らしい、大いに愉快な表現だ。
円卓会議の魔術師には、仲間になりそうな者もいるが――。
今は、それを悟られるわけにはいかない。
「――ご忠告、痛み入る。それについてはその通りだ。気をつけよう」
私は恭しくお辞儀をして、感謝の意を伝えた。




