最高峰の努力
「さぁ〜て、まとまってきたな」
少しずつ白石の事情もわかってきたところで、俺に何ができると言ったらそうでもない。……とは言え、俺は教師であいつらの担任だ。ここで見捨てられるようなタマではない。自分に何ができるかなんて理解してるわけではないけど、何かしら行動は起こさないといけないわけだ。俺はそう思い、やっと重い腰を上げるのだった。
「九百九十六、七、八、九、千」
今日も私は一人で特訓をする。
私は強くないといけないから、強くないと何もできない。強さがないと自分を貫くこともできない。…………だから、だから私は最後まで一人で刀を振り続ける。
……あれから、どれだけの時間が過ぎただろうか。
「そろそろ……帰らないと…」
私は学生だ。普通の学生ではないからこうやって特訓もしなければいけないが、学業も疎かにできない。今から帰ってすぐに勉強にも取り組まなければいけない。
今にでもはぁ、とため息を吐きたくなる自分の弱さをグッと隠し、私は急足で帰路に着くのだった。
今日は特に問題もなく真っ直ぐに家に帰れた。
「ただ今帰りました」
私のそんな一言に応答する声が一つ。
「あぁ、今日は時間通りじゃな。それなら学業に励め」
「………はい」
これは特別なんかじゃない。私にとっていつも通りに過ぎない普通の日常だった。周りの人から見たらこれは普通ではない。と言われることもあるかもしれないけど、それは人と人との価値観で、これまでの経験によって変わる。だからきっとその人の気持ちを私には理解できない。……それが私の普通だったから。
俺はその一部を見ていた。……と言っても流石に無断で人の家に入るわけにはいけないので、本当にごく一部だけであるがな。
「…それにしても、流石にあれは……ストイックがすぎるんじゃないか?」
どこまでも続くその暗闇の空を見上げ俺は、ぽつりと呟く。音乃瀬からは聞いていたけれどあの爺さんはストイックのレベルを超えていた。
午前は授業やら学校やらで様子を確認することはできないけれど、あれだけボロボロになった白石を見るとどんな様子だったのか、いやでも汲み取れてしまった。
そもそも刀を普通の女生徒が振り回せるわけでもないんだ。それを白石は何百、何千と上下させていた。
まぁこのクラスにいるからにはできても当然という固定観念があるのかもしれないけれど、少なくとも俺にはすごいことだと思ってしまう。
「ランキングへの固執。異常な執念」
改めて声に出すことで理解する。これは白石が特別というわけではなくて、あの爺さんが特別なのだと思った。
というか少し前になんか話題に出た気もするが〜まぁわからないしいいか。と今日は自室に戻るのだった。
「さぁ席につけ。テストまでもう時間もないぞ」
「着いてる。」
「今日は三人ですね。頑張りましょう」
「あら?前から三人じゃなかったかしら?」
「いや全然違うぞ。ぼちぼちだがお前はほぼ来てなかったぞ?」
「あら?」と素っ頓狂な声を上げる不二原に俺は思わずため息をこぼす。
「それより先生。もうテストまで時間もないのに、まだ私たちだけでいいんですか?」
俺にそんな純粋な疑問を問いかけてきたのは音乃瀬であった。
「私たちだけって言われてもな〜来ないやつらは来ないんだよ」
「やっぱそうですよね。なんとかならないんですかね」
「ならなくは……ない、な」
俺がそう言葉を発したのに衝撃的だったのか、音乃瀬はすぐさま顔を上げた。
「おりゃ、案外みんなが驚くと思っていたのに音乃瀬だけか?」
「何も驚くようなことじゃないからね〜」
「うん。私に関係ない。」
本当に無愛想な奴らだな〜俺はこいつらに何を教え垂れるのか。先が少し思いやられてしまうな。
そうして少し時間が空いた。今日の分の授業は終わっているというのに今日来ていた三人はまだ教室にいる。はずだ。俺は今あいつらの側に居てやれてない。
音乃瀬は、まぁ大分マシになっただろう。あと一つの願いもあるわけだが。まぁ後々でいいか。
全く関わりのない三人。あいつらはまだ俺が関わるべきタイミングではないだろう。
犬塚に関しては熱意だけはあるが能力が追いついていない。
不二原は俺を持ってしても何考えてるかわからん。うん一番詰みだ。
こいつら二人はまだ無愛想さもあるし、困ったな〜。
「最強とか言われてる人間がそんな失礼なことを考えてるような顔しちゃダメよ?」
「えぇ?顔に出てたか?」
「とてもね」
「そっか〜」
ん?
「その上、最強が聞いて呆れるわよ?」
え?
「ちょっと無視?愛する生徒が声かけてるのよ?」
いやいやいや。
「え?」
「えって何よ。全く失礼ですよ」
「なんだ?いきなり。……質問、か?」
「私が質問しに来る人間だと思うかしら?」
「まぁそうだな」
こいつは自分でできてしまうやつだし、どちらかというと教える側だ。それを踏まえるとよりこいつが四位で留まるような人じゃないと思ってしまうんだがな〜。
「というか、用でもあったのか?お前から声かけてくるなんて珍しいしよ」
「用がないと話しちゃいけないのかしら?この学園ってそんなに厳しめだったの?」
「いやまぁ、そういうわけじゃないけど」
「じゃいいじゃない」
本当に何を考えて、何が目的なのか。掴めないやつだ。
それから俺たちは少し雑談をした。本当の本当に普通の雑談であった。普通の学校で送られるような微笑ましい生徒と教師の会話。それをこの学園でするとは思ってもいなかった。
「今日はもう帰るわ。流石に何もせずにテストに挑むわけにもいかないし」
「おう。じゃ気をつけて帰れよ。それとわからないところがあったらいつでも聞け」
「頼りにしてるわ。せーんせ」
手をひらひらと振り、不二原は帰っていった。
「音乃瀬と犬塚ももう帰ったのかな」
一人になったその廊下で俺はそう呟くのだった。
それから俺はどれだけ歩いただろうか?周囲の家はすでに電灯をつけ、日はとっくに沈んでいる。ここは学園の敷居内というわけでもないので、普段見慣れた学生の姿はない。まぁ今目の前にいるこいつを除いては。
「何してるんですか?こんなところで」
「いや?一応生徒であるが故に、お前のことも放ってはいられないんだ。なぁ?白石」
そう。俺と今、会話しているのは他でもない白石夢香という俺の生徒であった。
「今更教師ズラですか。…でも、私が生徒であるという事実は変わりませんしね」
「なんだ?随分物分かりが良いじゃないか。少し前にあった時のお前はそんな性格じゃなかったというのに」
「いえ、事実を述べたまでですので。そして私は元気です。ですからもう大丈夫です」
目の前の少女、白石はそれだけをいいそそくさとその場を後にした。
次の日、俺は朝その場所へと向かった。生徒が登校してくる前の時間帯、相当早いからか白石の姿を見ることはできなかった。
一度学園に戻り授業という名の自習をする。今日は不二原は不参加でいつもの二人だけが参加してくれた。
いつも通りの日常、会話それを過ごしているとあっという間に一日が過ぎていった。
下校時間となり多くの生徒が学園を後にする中、この二人だけはまだ勉強を続けていた。
そんな真面目な生徒を横に俺は一足早く学園から出る。
そしてまたあの場所に立つ。
時間が経ち日が沈み家々の灯りが立つ頃、その少女はまた姿を現した。
「……………ッ!」
「なんだ?今日は一段とボロボロじゃないか?」
「それは……あなたに関係ないでしょう。私は元気です。それでは」
「関係ない………か」
俺のその言葉はまた誰もいない夜空に紡がれる。
また次の日、昨日より早い時間帯に俺はその場所に立っていた。本当に早すぎるのか?それとも朝は特訓をしていないのだろうか?
その少女がそこにくることは無かった。
なんでかな〜と思いつつも俺は学園に足を向ける。
「席につけ」
口に馴染むこの言葉を発すると元気よく一人の生徒が挨拶をくれる。
また、一人の生徒は授業をして欲しそうにこちらに視線を送る。
今日来ていたのもいつもの二人のみ。一瞬窓の外に何が見えた気もするが、まぁ気のせいだったのだろう。
そんなイレギュラーがありつつも、俺の当たり前の日常は幕を下ろした。………ここからはまた別の日常が幕を上る。
俺が少し歩き、その場所で一人の生徒を待つ。
辺りが暗くなると共に彼女は姿を現す。
「…………また、」
いつも通りボロボロの身体に腰にさらられた刀。
「なんだ?今日のその声は少し元気ないじゃないか?」
「何がいいたいんですか…」
「特に、なにも」
「そう………ですか。いつも通りです。それでは」
「なぁ、お前を動かすのはなんなんだ?……そんなに頑張れるのはなにが原因なんだ?」
俺の言葉は少女には届かない。届いていたとしてもそれに応答してくれることは無かった。
その少女が俺の横を通り抜けた時の風だけが俺を冷たくする。
次の日
俺は今までにないぐらい朝早く起きた。
これまでにないぐらいの速度で支度をし、その場所へと足を運んだ。
道中も一度として止まることは無かった。
そうしてその場所に着いたのに、少女が姿を現すことは無かった。
これで確定したことがある。それは俺たちの学園が始まってから少し経ち、少女は特訓に向かうということであった。
空を見上げても、簡単に日の光が見える時間帯ではない。場所を変えればまだ暗いと言える時間帯であるのに、この時間にあいつが来ないんだとしたら、もうそれしか考えることができない。
…………あぁ、できないはずだ。
学園に戻るには少し早いと感じたのでここらをぶらぶらすることにした。普段来ないところだから少しの好奇心もあった。でも、生徒からしたら家まで来られたとなると流石に本気で嫌だと思うので白石の家とは逆の方に歩いていった。
「は?」
まだ寝てる人の方が多いだろうと言えること時間帯。
人がいるだなんて思ってもいなかったからか、俺の目に映ったその光景を疑った。
「二百四十一、二」
だってそこに居たのは額に汗を流した、白石がいたのだから。