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給食戦線異常あり

作者: 山神まつり

その日、隣の席の磯村くんは朝から何だかそわそわしていた。


普段から授業中も斜め虚空を見つめていたり、六角形の鉛筆を転がして遊んでいたり、机に突っ伏したりして寝ていたりする磯村くんが今日は特に落ち着きがなかった。


貧乏ゆすりが止まらず、参観日でもないのに何度も後ろを振り返って何かをしきりに気にしていた。


(何なんだろう……?)


磯村くんのその態度に神崎紗和も気になってしまい、授業に集中できなくなってしまった。


おかげで、いつもは一番に算数プリントを先生に丸を付けてもらうのに、遅れを取って二番目になってしまった。


その隙に万年二番の田嶋くんに先を越されてしまった。紗和の席の近くでこれでもかとしたり顔で眼鏡をくいっと動かされた時には少し苛立ってしまった。


キーンコーン


三時間目終了のチャイムが鳴った。


「紗和ちゃーん、トイレに行こうよ」


斜めの後ろの席のみのりに声を掛けられた。


「みのりちゃん、一人でトイレに行けばいいじゃん。毎時間紗和ちゃん誘わないでさ」


席替えで席が遠くなってしまった虹心にこが急いで紗和の近くまで移動してきた。


「虹心ちゃんには関係ないでしょーみのりは紗和ちゃんだけ誘ってるのー」


「それが迷惑だって言ってるの!」


紗和を挟んで女同士の言い争いが起きるのは今に始まったことではなかった。


紗和はよく言えば博愛主義者であり、悪く言えば八方美人だった。


小学五年生にもなれば、低学年の女子の集まりとは違い、みんな仲良くしようというスタンスからは若干離れてくる。


漫画やアニメの話をするグループ、おしゃれや好きな男の子、アイドルの話をするグループ、何にも属することがない余り物のグループと多岐にわたる。


紗和は何にも属していなかった。


だが、紗和は顔が良かった。父はひげもじゃのゴリラのような顔をしているが、母は往年のアイドルのような年の割には可愛らしい顔つきをしている。


母の遺伝子を受け継いだ紗和は余りものに属しながらも他のグループの羨望の眼差しを受けていた。


そして、紗和の実家はゴリラらーめんというラーメン屋を営んでいた。


父が命名したらしいが、母の集客力もあってか店は盛況だった。紗和も学校から帰ると自らテーブルを拭いたり注文を聞くなどの手伝いをしていた。


可愛らしい容貌にラーメン屋の娘という出生、成績も良く、悪口を言ったりせず人当たりのいい性格をしているため仲良くなりたいという同級生が多かった。


同級生の藤居みのりは優柔不断で人にちょっかいをかけては煙たがられ、気に入らないことがあるとすぐに拗ねたりするタイプだった。


紗和はみのりを遠巻きにする同級生たちに「同級生だし皆で仲よくしよう」と説いた。それに賛同してくれた同級生たちも多数いたが、少数の同級生はそれを八方美人として同調してくれなかった。


紗和のその言葉に何より感動し、紗和を親友と位置付けたのがみのりだった。


みのりは今回の席替えで憧れの紗和の近くに座れたことを契機に、ますます拍車が掛かってしまった。


長谷川虹心は紗和の保育園時代からの友人で、紗和の両親からもよく家に招待されているし、虹心の家に何度もお泊りをしたことがある。


そして、自分こそが紗和の一番の理解者であり親友なのだと自負している。


そのことは周知の事実であり、自分の中で勝手に【SAWA&NICO】という架空のアパレルブランドまで立ち上げていた。


休み時間毎に2人に囲まれて小競り合いに巻き込まれることに紗和は若干疲れていた。だけど、面と向かって仲裁をすればまた新たな火種を生んでしまうかもしれない。自分の立ち位置を決めてしまった自分の言動に呆れつつ、紗和は教室の入口に佇む磯村くんに気がついた。


磯村くんは壁に貼られた何かを凝視していた。


(あれは、給食の献立表?)


最近、給食の献立表が紙から電子版に移行してしまったことで、一か月分の給食の内容を事前にチェックできなくなってしまったが、紗和も給食の献立は気になっていた。


ご飯やパンは頻繁に献立に組み込まれるが、二週間に一回くらいの割合でソフト麺が入り込んでくる。これがうどんやスパゲッティならいいのだが、ラーメンにもなると人目も憚らずがっかりしてしまう。


紗和はあまりラーメンが好きではない。


好きではない、というより食べ飽きてしまった。


今でも家に帰るとおやつ代わりにラーメン、もしくは夕飯にラーメンの残りというのが常套化している。


夕飯時に両親はあくせくお店で働いているので、用意されている以外のご飯を自分で作ればいい話ではある。


しかし、紗和は小さい頃ラーメン以外のご飯を作ろうとして小火を起こしかけたことがあった。幸い大きな火事には繋がらなかったが、こっぴどく叱られた。それから料理は両親のいないところではしてはいけないという約束になっていた。


なので、定休日以外はほぼラーメン縛りという生活で辟易していたのである。


そうなると、頼みの綱はメニューの豊富な給食一択になってくる。


(確か、今日の給食は洋食。コッペパン、ハンバーグ、ポトフ、イチゴゼリー)


ハンバーグ―――!


最近、肉はチャーシューしか食べていないのでひき肉をこねて成型して焼き上げてデミグラスソースをかけて食べるハンバーグに紗和はうきうきしていた。


(磯村くんもハンバーグが好きなのかな?)


休み時間の間、磯村くんは献立表の前から離れようとしなかった。


思えば今まで磯村くんは給食の時間はいつも憂鬱そうだった。


好き嫌いが激しいのか、と言われればそうでもなくゆっくりとすべて食べきっていたと思う。


ご飯でもパンでも麺類でも肉でも魚でも、クリスマスデザートに小さなショートケーキが出た時でさえ普段の授業中の様子とは違い虚ろな目をしていた。


なのに、今日は朝からどうしたのだろう。


ハンバーグは、小学生なら皆好きなメニューだと思うけれど落ち着きがなくなるほどの、興奮が抑えきれないほどの最上級のメニューだとは思えない。


四時間目の国語の授業では国語辞典で外来語や漢語を探して発表をしようという内容だった。磯村くんはひたすらにハンバーグの頁を見つめていた。もうこれはハンバーグそのものに憑りつかれているとしかいいようがない。


キーンコーン


四時間目終了のチャイムが鳴った。


磯村くんはゆっくりと目を閉じ、勢いよく開眼すると席を立った。


紗和も、給食当番なのでトイレに行って手を洗って準備をしなければならない。


教室に戻ると配膳台に丸缶、四角缶などが所狭しと並べられていた。紗和はポトフの担当だったので給食着に急いで着替えると丸缶の前に立った。


「わーい、紗和ちゃんお隣だね!」


みのりはハンバーグの入った四角缶の担当だった。


紗和は汁物を注ぐのが心底苦手だった。


家業のラーメン屋では父が豪快に麺を切り、母がスープを注ぐ。それを見て紗和もやらせてもらったことがあるがどうしても器に綺麗に注げなかった。器からはみ出たり手にかけて火傷をしてしまったりする。


紗和は正直にいって何事にも不器用だった。


ラーメンの汁を注ぐのは器を置いたまま出来るが、給食の汁ものをよそう時は二つのことに神経を注がなければならない。


左側に器を持ち、右側におたまを握って皆に一定の量をよそわなくてはならない。多かったり少なかったりすると特に男子からはブーイングがくる。


みのりと交換したい、と嘆いたがぞろぞろと給食を貰いに同級生たちが並び始めた。


神経を集中しながらよそっていると、みのりからハンバーグをよそってもらっている磯村くんが見えた。


特に変わった表情は見受けられない。


紗和はおたまいっぱいにポトフを入れて器によそった。


磯村くんの視線はポトフよりもハンバーグに全集中されていた。




「では皆さん、いただきます!」


「いただきます!」


給食の時間が始まった。


紗和は早速袋を開き、中からコッペパンを取り出した。コッペパンにハンバーグを挟んでハンバーガーで食べるつもりだ。


大口を開けたいところだけど、誰が見ているか分からないという理由のない自負心で紗和は小さな口でゆっくりと嚙みついた。


実家がラーメン屋ともなるとラーメンか餃子かチャーハンが三大巨頭を占めているので、パンも滅多に食べることが無かった。朝ごはんはチャーハンの残りを温めて食べることが多かった。


(ここにチーズとかレタスとかトマトとか挟んだらもっと美味しくなるんだろうけど、そんなわがままは言いません)


紗和は何度も何度も咀嚼をして即席ハンバーガーの味を堪能していた。


だん!


急に隣から大きな音が聞えてきて、紗和はびくっと肩を震わせた。


隣をゆっくりと見やると、両手で顔を覆い俯いている磯村くんがいた。


「……磯村くん、大丈夫?具合悪いなら保健室に行く?」


紗和が小声で話しかけると、磯村くんはそのままの姿勢でふるふると首を振った。


「―—―また、駄目だった」


「え?」


駄目だった、確かに磯村くんはそう口にした。


何が駄目だったのか。


朝から落ち着きなくうきうきしていたのは、給食の献立表をずっと見ていたのは、今日の給食が楽しみで仕方がなかったからじゃないのだろうか。


「ハンバーグ、楽しみだったんじゃないの?」


紗和がそう声をかけると、磯村くんはゆっくりと顔を上げてこちらを見やった。


「……朝から凄く楽しみにしていたんでしょう」


「―—―うん」


磯村くんは顔を起こし、ゆっくりと給食と向き合った。


「給食センターの人たちが作ってくれたんだもんな。残さずに、ちゃんと食べないと」


磯村くんはあらためて「いただきます」と手の平を合わせ、ゆっくりと最後まで食べきった。そして、神妙な面持ちでこちらを見つめて言った。


「……神崎さん、帰りに少し話を聞いてもらってもいい?」




図書室で借りたい本があるからと噓をつき、みのりと虹心には先に帰ってもらった。


少し遅れて昇降口に向かうと、下駄箱に所在なさげに立ちすくんでいる磯村くんが待っていた。


「磯村くん、ごめんね、待った?」


「ん、大丈夫。神崎さんもごめん。藤居さんや長谷川さんと一緒に帰るんだったよね」


「大丈夫だよ」


それよりも、磯村くんの話の方が気になって仕方なかった。


「……何か、近所に住んでいるのにあまりこうしてゆっくりと話す機会がなかったよね」


「そうだね」


磯村くんは話していいのか迷っているようだった。足元の石ころを蹴飛ばしながらしばらく口を閉ざしていた。


「……俺の家、魚屋じゃん」


「うん」


磯村くんの家は磯村水産という水産物を扱っているお店だ。紗和の家のラーメンにも磯村水産の煮干しが使われている。


両親同士は今も仲がいいみたいだが、紗和と磯村くんは保育園が同じだっただけで小学校に上がるとあまり会話をしなくなっていた。


煌くん、紗和ちゃんという呼び方はいつの間にか磯村くんと神崎さんに変化していた。


その変化を寂しくもあったが、いつしかお互いにその変化をそういうものかと受け入れ生活するようになっていた。


「小さい頃から俺の家の食卓には魚ばっかり出て、肉とかほとんど食べないで来たんだよ。やっぱり、そういうのって家業に左右されるじゃん」


家業……私は思わず復唱していた。


「離乳食も魚のつみれ汁だったらしくて、ずっと魚で舌が覚えちゃって肉を食べても魚の味しかしなくなっちゃったんだよ」


「え、どういうこと?」


「保育園の給食からそうなんだよ。野菜やスープなどはちゃんと本来の味がするんだけど、肉だけ肉の味がしないんだ。魚を食べすぎた俺の舌は肉を拒否し始めたんだよ」


「……」


荒唐無稽、という四字熟語がまず浮かんできた。


紗和もラーメンを小さい頃からこれでもか、というくらいに口にしてきた。だけど、ラーメン以外の食べ物を口にしてもちゃんと味がする。


ちゃんと味がする―――


ふと考えてみる。


ちゃんと味がする、ってどういうことだろうか。


魚はこういう味です。肉はこういう味です。本来の味というのは言葉で表されるものではないし、口にした本人が味覚という五感で感じるしかない。


磯村くんは、肉の味というものを味覚で感じたことがないということだ。


「豚肉も鶏肉も牛肉も魚の味しかしないの?」


「しない。皆同じ食べなれた魚の味しかしない」


「お父さんお母さんに相談してみた?」


「してない。けれど、祖父ちゃんには相談してみた」


「今は施設に入ってるんだっけ?」


「うん、会いに行って訊いていたんだ。祖父ちゃん、どうしよう、俺変な病気かもしれないって……」


「そうしたら」


「魚舌症候群だって」


「ぎょ、ぜつ?」


「魚の舌で、ぎょぜつ。祖父ちゃんも磯村水産で仕事していたから、小さい頃から肉も魚の味がしていたんだって。磯村水産って祖父ちゃんの祖父ちゃんが開業したらしいんだけど、祖父ちゃんの祖父ちゃんも魚舌症候群だったらしく肉の味が分かるようになったのは成人してからだったみたい。でも、祖父ちゃんの祖父ちゃんの時代はあまり肉を食べる習慣がなかったみたいであまり不自由はなかったみたい。祖父ちゃんの時ぐらいには肉食文化があったみたいだから魚と肉が同じ味しかしないことに不思議に思ったみたいだよ」


「そう、なんだ……」


「祖父ちゃんは不思議には思ったけど、あまり気にしなかったって。でも、祖母ちゃんと出会ってすき焼きを食べた時にお肉がジューシーねぇって話してて同調出来なくてすごく悲しかったんだって。祖母ちゃんと同じ肉の味を知りたいって強く思ったんだって。祖父ちゃんが言うには肉を食べる時にその肉の形を常に脳内に思い浮かべて、味の想像はつかないけれど口の中でとろけそうなほどジューシーな味はこうだってトレースさせるらしいんだ。舌が魚に負けるんだったら脳に訴えかけるしかないんだって」


「……だから、磯村くんは辞書のハンバーグのページをずっと見ていたんだ」


「あ、見られてたんだ」


磯村くんは恥ずかしそうに頭を搔いた。


「俺は皆と同じ肉の味を味わいたいんだ。ジューシーな味わいっていうのを、この舌で知りたい!」


磯村くんはぐっと拳を作って天を仰いで咆哮した。


「神崎さん、俺は小学校を卒業するまでにはこの得体の知れない病気を克服したい。肉の味を体現して伝えてくれるのは神崎さんしかいないんだ。明日から手伝ってほしい」


「え?私は何をすればいいの?」


「家では魚を食べざるを得ないから給食が勝負なんだ。朝から肉の美味しさを神崎さんの方法でいいから伝授してほしい」


「肉の、美味しさ……?」


「お願いします!」


磯村くんは深々と頭を下げた。


紗和はやっぱり首を突っ込むべきではなかったか、と後悔した。


だけど、ずっと頭を下げている磯村くんを見ているとその気持ちは霧散した。


『紗和ちゃん、紗和ちゃん』


紗和より頭一つ背の小さかった磯村くんは、もう紗和が見上げるほどに大きくなってしまった。そんな成長をとげた磯村くんが、人には言えない悩みをこうして紗和に明かしてくれたのだ。


(どうしたらいいのか、分からないけれど―――)


「いいよ、私で良ければ」


「―—―ありがとう!」


磯村くんの笑顔に、紗和はふふっと笑みを浮かべた。


磯村くんと別れて家に帰ると私は店の暖簾をくぐった。


夕方の営業に向けて、店の扉には準備中ですという札がぶら下がっている。


「……あら、紗和帰ってきたの?この時間帯に店に来るなんて珍しいわね」


母の美和子が調理場からひょいっと顔をのぞかせた。


「お父さんは?」


「今日は結構お客さんが多くてね。何だかチャーハンの注文が多くて、腱鞘炎が悪化しちゃってるから奥で冷やして休憩してるわ」


「そうなんだ……」


紗和はランドセルを椅子に置くと、その隣の椅子に座ってぼんやりと店内を眺めた。


ゴリラ拉麺680円


ゴリラチャーシュー麺800円


ギョーザ380円


ゴリラ炒飯580円


壁に父の手書きのメニューが並ぶ。


父は店に来たお客さんがゴリラを省いたメニューを口にしても、料理を始める際には「はい、ゴリラ拉麺一丁!」と必ずゴリラを付け加えて復唱する。


ゴリラに並々ならぬ執心があるらしい。


「リビングにクッキーと煎餅置いてあるけど、こっちでラーメン食べていく?」


「ううん、ラーメンはいい」


紗和は勢いよく首を振った。


「お母さん、お母さんにとってお肉ってどんな味がする?」


紗和の質問に母は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたが、娘の真面目な表情にふうっと息を漏らした。


「お母さん、の、お母さんね……希和子ばあちゃん、あまり料理が上手じゃなかったのよ。肉は下ごしらえしないで塩コショウも振らないで焼くだけの人だし、野菜炒めも醤油かけて終わらせちゃうし、旨味が全くないような料理ばっかりだったのよね。母さんも叔父さんの弓彦も黙って食べていたけど、母さん、父さんが死んじゃってから一人で姉弟を育ててくれたし今はとても感謝してるの。働きながら子育てするのって、自分でするようになってから大変さがよく分かったし」


「……うん」


「だからね、お肉ってご馳走だったのよ。私の誕生日とか弓彦の誕生日とか、私が中学の時に短距離走の県大でベスト8に入った時とか、弓彦が難関県立高校に合格した時とか、そういう何かお祝いする時に食べるものって感じだったのよね。だから、食卓にハンバーグとか、生姜焼きとか出ると私も弓彦もこぞって取り合ったりして……」


母はその時を思い出したのか楽しそうに笑みを浮かべた。


「だからお肉は思い出の味?っていうのかな。今は普通に食べられるけど、幼少時はなかなか食べられるものではなかったから」


紗和はふんふんと相槌を打ちながら母の言葉を脳内にメモしていった。




「―—―というわけで、母にとってお肉は思い出の味なんだって」


次の日、紗和は母に聞いた話を廊下にぽつんと立っていた磯村くんに話してみた。


「……神崎さん、神崎さんのお母さんにとっては思い出の味なんだろうけど、味覚として肉を味わったことのない人間からしたら思い出も何もないよ。思い出って過去に体験した味わったってことを反芻することだよ?」


はんすう―――磯村くんの使う日本語が変換できず、紗和は眉をひそめた。


「それに―――」


はあああーと大きなため息をついて磯村くんはその場に蹲ってしまった。


「今日の献立は、鯖の味噌煮なんだよ……嫌というほどに鯖は食べているのに」


「給食の献立によく鯖って出るよね」


「鯖は体にいい食材だからね。良質なたんぱく質もとれるし、動脈硬化や心筋梗塞予防の効果も期待できる。さらにはカルシウムの吸収を助けるビタミンDに貧血予防の鉄、味覚を正常に保つ亜鉛などいいことづくしなんだ」


「……流石魚屋の息子」


紗和は「ん?」と引っ掛かりを覚えた。


「味覚を正常に保つ亜鉛っていうのが多く含まれるなら、たくさん摂取した方がいいんじゃないの?」


「小さい頃から散々食べてるよ。亜鉛は舌の表面の味蕾にある味を感じる細胞を作る働きがあって、不足すると味覚異常の原因になるんだ。でも、鯖だけじゃなくて牡蠣とか牛肉や豚肉の方が含有率は高い。俺のは栄養価とかそういうのじゃなくて、磯村家特有の奴なんだよ」


磯村くんは両手で顔を覆い、わしわしと強くかき混ぜ始めた。


「今日は肉が出ないからイメージできないかもしれないけど、逆に魚を魚と思わず、肉とイメージしてみて食べてみるとかは?」


「……どういうこと?」


「うーん、なんていうか、刷り込みみたいな?牛肉と豚肉も亜鉛は含まれているっていう共通項はあるわけだし、これは見た目は鯖だけど肉、肉の味がする!って言い聞かせてみるとか―――」


「魚は魚だしなぁ」


「思い込みからスタートしてみたら案外肉の味に変換されていくかもしれないよ」


「紗和ちゃん、何話してるの?」


後ろを振り返ると虹心とみのりが訝し気に二人を見つめていた。


「最近、全然一緒にトイレ行ってくれなくなったと思ったら磯村くんと楽しそうに何話してるの?」


虹心は早口で紗和の目を見つめながら言った。


「……私、知ってるよ。昨日、紗和ちゃん図書室に本を借りになんて行ってなかったでしょう。磯村くんと待ち合わせして一緒に帰ったの、見たんだよ。何で嘘ついたの?」


「虹心ちゃん、ごめん。嘘をつくつもりはなくて……」


「つくつもりだったじゃん。最初から、私たちと帰りたくなかったんでしょう。だったら帰りたくないからってはっきり言ってくれればいいじゃん!」


「長谷川さん、昨日俺が神崎さんと少し話があるから放課後残ってほしいって頼んだんだよ」


磯村くんの言葉に虹心の表情がすうっと引いていくのが見えた。


「そうだとしても、そのことをちゃんと話して欲しかった」


「虹心ちゃん―――」


「みのりちゃん、行こう」


虹心はみのりの手を掴んで教室の中に入っていった。


みのりはちらりと紗和の方を振り返り、にやっと笑みを浮かべていた。


「……神崎さん、ごめん」


「磯村くんが謝ることじゃないよ。私が虹心ちゃんとみのりちゃんにちゃんと理由を話すべきだった」


紗和はしばらくは一人で教室で過ごすようかな、と寂しく思いつつもトイレに一人でゆっくり行けることに少し安堵していた。


「俺たちも教室に入ろう。そろそろ次の授業が始まりそうだし」


「そうだね」


四時間目の授業は社会だ。


自分の席に着くと、大体はみのりに話しかけられたりするが一切話しかけてこなかった。


ただただ、じとっとしたねっとりとした湿り気のある視線を感じていた。


ちょっかいをかけられるストレスからは逃れたが、次から無言の意味深な視線を常に背中に感じなければならないのかと思うと、紗和は苦痛でならなかった。


社会の授業が終わると、次はついに給食だ。


今日の献立はご飯、わかめとジャガイモの味噌汁、鯖の味噌煮、こんにゃくサラダだ。


私は味噌汁の入った丸缶の前に立った。少し遅れて給食着の帽子を両手で直しながらみのりが紗和の横に立った。


「紗和ちゃん、汁物よそうの苦手でしょ?変わってあげようか?」


みのりの言葉に紗和はびっくりして顔を上げた。


マスクをしていたのでみのりの表情がよく見えなかったが、目が逆三日月の形をしていた。


「みのり、ずっと前から気付いていたよ。手元が覚束なかったし」


みのりの言葉に紗和は体がかっと熱を帯びるのを感じた。


何故、この時にこのタイミングでみのりは口にしたのか。席は離れていたが、虹心がこちらの様子を窺っているのをひしひしと感じ取っていた。


「……ありがとう。でも大丈夫」


「そう」


みのりは拍子抜けしたようにそれ以上は何も言ってこなかった。


紗和は目の前の器とおたまに集中し、言葉にできないこの雑念を消そうと必死で唇に力をこめた。




「手を合わせて、いただきます!」


「いただきます!」


お肉の要素がない給食が始まった。


紗和は鯖の味噌煮がとても好きだ。母は焼き魚は作ってくれるが、あまり煮魚は好きじゃないようで食卓に出ることはほぼなかった。父もそれは同じらしい。


紗和の通っていた保育園の給食で鯖の味噌煮や銀だらの煮つけなどの煮魚は園児に人気で、食べる勢いが違うと先生たちは驚いていたのを覚えている。


でも、磯村くんは食べなれているせいかあまり箸が進んでいないようだった。


覇気のない表情でもそもそとご飯と味噌汁ばかりを交互にゆっくりと食べている。


「磯村くん、トレース、してみた?」


「何のトレース?」


「肉の情報を鯖の味噌煮に転写させるの。味のイメージが付かないんだったら、形姿をまずは魚の上に載せてみる。鯖の味噌煮の情報はもう嫌というほど叩き込まれていると思うから、これは鯖じゃなくて肉だ、肉の味がするって自分の中で見立ててみる」


「……難しいな」


「『食べたってどうせ魚の味だし』って最初から思って諦めちゃうと、いざ肉が献立に出た時もそういう気持ちの持ちようになっちゃうんじゃないかな?魚に対してまずは見立ててみて、その肉に思い込む要素を肉が出た時にも応用していたら―――?」


磯村くんは紗和の提案に訝し気に眉を下げていたが、徐に鯖に箸を伸ばし始めた。


箸で魚の腹の部分をほぐし、口に運んで咀嚼する。


その一連の動きが、紗和には何故だか神々しく映った。


どうか、もし鯖の神様がいたならば。


普段から魚の味が舌に強く残ってしまう磯村くんに、この給食の時に少しでも肉に見立てることをお許しください。


紗和はいるのか分からない偶像に思いを馳せた。


結果としては、やはり鯖の味しかしなかったようだった。


磯村くんは肩を落としながらも、どこか憑き物が落ちたかのようにさっぱりしていた。


「なんか、肉に見立てるって考えたことなかったからさ。そういう考え方もあるんだって、勉強になったよ。家でも魚づくしで給食でも魚だと朝から絶望的な気持ちしかなかったからさ。ちょっと給食に楽しみを感じられた」


だから、ありがとうと磯村くんは照れたように口にした。


紗和は一か八かの提案を磯村くんが思いの外受け入れてくれたので嬉しかった。


その時、背中に視線を感じて紗和は後ろを振り返った。


掃除用具入れの前に虹心が佇んでこちらを見ていた。その目には怒りではなく、とてつもない悲しみの色が映っていて、紗和は注視できずに目をそらしてしまった。


(何で、虹心ちゃんがそんな目をするんだろう……)


虹心には無視をされて、みのりには言いようのない情けをかけられて、紗和は自分は何をすればいいのかどういう行動をとればいいのか分からなくなっていた。


正直、ずっと紗和が他の子と仲良くするのを拒んでいた虹心とその虹心と毎日のように言い争いをしているみのりが離れたことで他のクラスメイトと話すきっかけが出来たので日常が穏やかになったと思っている。


磯村くんとも、魚舌症候群を打ち明けてくれたことで卒園以来久々にこうして話すことが出来ている。


だけど、このままもやもやした状態で毎日を過ごすことも心のどこかで良くないことだと分かっていた。


(疲れるけれど、どうにかしなくちゃ……)




2戦0敗。


肉、魚と続いて明日は中華がメインの給食だ。


紗和は下駄箱で上履きから靴に履き替えていると、「神崎さん」と声を掛けられた。


後ろを振り返ると田嶋くんが立っていた。


急いで走ってきたのか額には汗が光っている。


「最近、勉強が身に入っていないようだけどどうしたの?僕は、神崎さんに勝ちたい一心で毎日必死に勉強しているのに、神崎さんはいつもより集中できていないみたいで、全然丸付けプリントにも早く並ばないし、どうしたのかって……」


田嶋くんは早口で一気に喋ったせいかはぁはぁと息苦しそうにしていた。紗和が何も言わないでいると、「長谷川さんたちとのこと?」と口にした。


「よ、余計なお世話かもしれないけど、最近長谷川さんたちと一緒にいないからそのせいかなって……」


あ、やっぱり気が付いていたんだ、と紗和は思った。


それと同時に、いつもは紗和が一番に並ぶと悔しそうに顔を真っ赤にしている田嶋くんがわざわざ走ってきて気にかけてくれることに嬉しくなった。


「ありがとう、田嶋くん。そんなんじゃないよ。そんなんじゃなくて―――」


紗和は言葉が紡げずに下を向いた。


「うん、もちろん、このままじゃいけないって思っているんだけど……」


「それじゃあ本人に訊いてみればいいんじゃない?」


第三者の声に紗和は顔を上げた。田嶋くんの後ろに磯村くんが立っていた。


「神崎さんがもやもやしているのは知ってるよ。田嶋くんも、他のクラスメイトだって気付いているだろうし。だけど、解決していくのは俺たちじゃなくて神崎さんたちなんだよ」


田嶋くんは磯村くんの登場に所在なさげにおろおろとしていた。


「そもそも、神崎さんたちの仲に亀裂を入れさせたのは俺が原因だし、給食のことではお世話になってるし、何かお礼をさせてほしい」


「別にお礼なんて……」


「あのさ、明日の給食中華じゃん。神崎さんの家で明日の予習させてほしいんだ。もちろん、お金は払います。田嶋くんもこれから神崎さんの家のラーメン食べに行こうよ。俺、お小遣い貯めてるから奢るし」


「え!?駄目だよ、小学生が寄り道するなんて!ママにラーメン食べてきた、なんて話したらショックを受けて倒れちゃうよ!」


田嶋くんは顔面蒼白でおろおろし始めた。


「多分、お店準備中だから大したものは用意できないと思うけど……」


「大丈夫!あと、俺、どうやって餃子とかラーメンの下ごしらえするのか、そのやり方もこの目で見たい。肉料理の過程を知るのも、大事じゃないかと思うんだ」


磯村くんがこんな強引な子だったとは、と紗和は新たな一面に感じながらも気持ちが高揚していくのを感じていた。


「分かった。田嶋くんも良かったらラーメン食べていって」


「う、うん―――」


「田嶋くん、大丈夫だよ。田嶋くんの家、駅近の8階建てのマンションだろ?帰りに俺が送って行ってお母さんに事情を説明するから」


「本当?ありがとう、磯村くん」


「同級生とラーメン食べるの、夢だったんだよね」


磯村くんは腕組みをして高らかに声をあげた。


明日の第3戦目に向けて給食戦略を練るために紗和たちは三人で一緒に昇降口を出た。


「あら、紗和?どうしたの?」


母の美和子がお店の入り口から顔を覗かせて動かない娘に不思議に思ったのか、引き戸を開けた。


「煌くん!?あら、久しぶりじゃない。大きくなったわねーもう一人の子も、クラスの子かしら?」


田嶋くんはもじもじと手の平をこすりつけていたが、顔を上げて


「田嶋幸成です。神崎さんと磯村くんの同級生です。お仕事が落ち着いている時間帯にすみません」


と挨拶をした。


「紗和が虹心ちゃん以外のお友達を連れてくるなんて珍しいわね。準備中だけど、どうぞ」


「お邪魔します」


磯村くんと田嶋くんは珍しそうに店内をきょろきょろと見渡していた。


「僕、こういう個人商店に入るの初めてだよ!外食することもあまりなくて、ママ……お母さんが大体手の込んだものを作ってくれるし、食事に関しても、着色料とか添加物とか気にしてるから外食そのものを嫌っているところがあるんだよね」


「俺も神崎さんの家で食べるのって初めてかも」


「お母さん、磯村くんが仕込みとか餃子の包んでいるところとかちょっと見させてほしいんだって。大丈夫?」


「あ、ぼ、僕もお願いします!」


「―—―よーし、じゃあおじさんがゴリララーメンを教え込んであげよう」


店の奥からゴリラに見まごうばかりの巨躯がぬっと姿を現した。田嶋くんはその大きさに怯えたのか一歩後ろに下がったが、磯村くんは慣れているのか不動のままだった。


「おじさん、お久しぶりです」


「煌くん、久しぶりだね。君は田嶋くん、だったね。二人共あまり時間がないから倍速で行くよ。まずは自分の目で確認してみようか」


紗和はカウンター越しから二人の奮闘を見届けることとなった。


「紗和、どうしたのよ急に。二人もボーイフレンドを連れてくるなんて」


美和子が楽しそうに笑いながら紗和の耳元で囁いた。


「ボーイフレンドって……別にそういうのじゃないんだけど。ちょっと今磯村くんの給食における悩みの対策中なの」


「対策?煌くん、そんなに偏食だったっけ?」


「うーん、嫌いなものはないんだけど、舌に肉を拒まれているっていう珍しい現象に陥ってて……」


「何なのそれ?」


母と会話をしながら紗和は父と餃子を包んだり、煮込んだチャーシューを均等な厚みに切ったり、教室で普段から大きな声を立てない二人が、鼻の先に白い粉をつけながら笑いあっている姿を見るのはとても微笑ましいものがあった。


最後にラーメンと餃子を食べると二人は「おいしーい」と同時に声を上げ、紗和たち家族は顔を見合わせ笑いあった。


なんて楽しくて幸せな時間なんだろう。


幸せで、紗和は向かい合うべき問題をすっかりと忘れてしまっていた。




「神崎さん、本当にありがとう。凄く美味しかった。今度はママとパパも誘って食べにくるよ」


「うん、ありがとう。待ってるね」


「神崎さん」


磯村くんが紗和の耳元に顔を近づけてきたので、紗和は一瞬どきっと胸が高鳴るのを感じた。


「一から作ってみたけど、やっぱり肉の味はしなかった。魚のすり身の味だったけど、それでもそれで凄く美味しかったよ」


「えー何二人でこそこそ内緒話してるのさー」


田嶋くんの揶揄う声に「そんなんじゃねぇって」と磯村くんは慌てて弁明した。


「じゃあ、俺は田嶋くんをマンションまで送っていくから、また明日学校で」


「二人共、待たね」


磯村くんと田嶋くんは暗い夜道の中、街灯の光の下大きく手を振っていた。


紗和も大きく手を振り返した。


家路に着こうと踵を返した時だった。目の前の電柱の陰から自分をじっと見つめている陰に気づいたのは。


「虹心ちゃん……」


「みのりちゃんの言うとおりだったね。紗和ちゃんは始めから私やみのりちゃんとは仲良くしたくなくて、磯村くんや田嶋くんと一緒にラーメンを作って食べるなんて。私だってそんなことしたことないのに」


「どうして知ってるの?」


虹心はすっとポケットからスマホを取り出して画面を突き付けた。


「みのりちゃんが教えてくれたの。『今、紗和ちゃん家に磯村くんと田嶋くんが来てて一緒にラーメン食べてるよ。虹心ちゃんにちゃんと謝りもしないで男子と楽しそうにそんなことするなんて酷いよね』って」


みのりちゃんが後をつけて店のドアから中を窺っていた?


その事実を知り、形容しがたいぞぞぞという悪寒が体を巡った。


それと同時に、みのりのその言葉を紗和の真意のように真っ向からとらえて疑わない彼女の狭い了見に呆れも感じてしまった。


紗和はすうっと息を吸い、


「虹心ちゃんは、みのりちゃんの言葉を全面的に信用するの?」


一気に言葉を紡いだ。虹心は紗和のその対応に一瞬たじろいだようだった。


「前にも言ったけど、トイレに行くから先に帰ってって嘘を言ったのは本当に悪かったと思う。だけど、それは磯村くんと少し話をしたかったらついた嘘だったの。虹心ちゃんに本当のことを話したら何を話したいのって細かく訊いてくるでしょ?」


「―—―何その言い方。紗和ちゃんが何を訊きたいのか訊いちゃダメなの?」


「小さい頃から仲が良くても、何でもかんでも話さなきゃいけないって、私のプライベートは全くないってことだよね?秘密にしたいことの一つや二つや虹心ちゃんにだってあるでしょう?」


「……」


「あと、私は磯村くんや田嶋くんとも話しててとても楽しかった。他のクラスの子たちとも色々な話が出来てとても楽しいなって思えてる。だから、虹心ちゃんやみのりちゃんだけじゃなくて色々な子たちと色々な話をしたいの。それは、私のわがままなのかな?」


虹心はぎゅっと唇を噛みしめて、スマホを掲げた腕を下した。


そして、ぽろぽろと両目から涙をこぼした。


「……分かってたの。紗和ちゃんを独占したくてみのりちゃんの存在も本当はうざったくて、磯村くんや田嶋くんや、紗和ちゃんに近づいてくるクラスメートの子たちもすべてにイライラしてるって。紗和ちゃんは小さい頃から私のあこがれで大好きで、お姫様で、私は紗和ちゃんにとっての一番の存在でいたくて、わがまま言って困らせてた。私の方こそ、紗和ちゃんに謝らないといけないのに」


うえっうえっと嗚咽をあげながら虹心はその場で泣き続けた。


紗和は虹心に近づき、頭を撫で続けた。


「あーやっと本音で話せた。ずっと虹心ちゃんに話したかったの。私もずっと虹心ちゃんの視線から目を背けててごめんね。またこれからも友だちでいてくれる?」


「―—―いいの?」


「虹心ちゃんさえ良ければ」


虹心は涙で目のまわりを真っ赤にしながら何度も何度も頷いた。


「……今わかった。紗和ちゃんはお姫様じゃないや。私の、王子様だ」


「えー王子様なの?」


紗和と虹心は顔を見合わせながらくすくすと笑い声を立てた。


そして、二人は手をつないでゴリララーメンの並ぶ商店街へ向かって歩いて行った。


(さて、問題は―――)


紗和は話すべき相手を思い浮かべながら明日へと思いを馳せる。


次の日から他のクラスメートに交じって虹心も会話に入るようになった。


磯村くんも田嶋くんも安心したような表情を向け、虹心もぎこちないながらも、会話を楽しんでいるようだった。


そんな紗和や虹心をじとっとした深淵をまとった視線を向けている同級生がいることに、早々に気づいていた。


その場から逃げるように廊下を出たのに気づき、紗和も教室の外に出た。


「―—―みのりちゃん」


階段を降りようとしたところに、声を掛けた。


みのりは疾うに気付いていたのか、そのまま何も言わずに振り返りもしなかった。


「思った通りの展開にならず、気に入らなかった?」


「……嫌な言い方するんだねぇ、紗和ちゃん」


ゆっくりと振り返り、みのりは手すりの傍の壁に背中を預けた。


「あの女が携帯の内容を全部喋ったんでしょ?自分の中で消化出来ずに苦悩して、そのまま学校来れないようになるのを期待していたんだけどなぁ。紗和ちゃんがうまくいい方向にまとめることが出来るなんて思わなかったよ」


「あまり私と、虹心ちゃんを見くびらないで」


紗和の強い口調に、みのりは一瞬悲しそうな色を浮かべた。


「……今となっては、信じてくれないと思うけど、私はずっとずっと紗和ちゃんと仲良くなりたいって思っていたんだよ。だから、虹心ちゃんがいなくなってくれればいいと思ってた。紗和ちゃんは私とだけ、仲良くなってくれればいいって、思ってた」


「私と、虹心ちゃんとみのりちゃんの三人と仲良くすれば―――」


「嘘!そんなの嘘!紗和ちゃんは心の底では私も虹心ちゃんも面倒だなぁって思ってる。仕方ないなぁって思って、付き合ってる。でも、人と人ってそんなもんだよね。本心で付き合ってたら疲れるだけだもん。短い間だったけど、仲良くしてくれてありがとう」


「みのりちゃん!」


みのりはそのまま早足で下に降りて行ってしまった。


そして、その日はそのまま教室に戻ってくることはなく、しばらくは保健室登校をする旨を先生の口から告げられた。




(みのりちゃんに、見透かされていた)


今日の給食はしょうゆラーメン、むしぎょうざ、もやしの中華和えだ。食べなれているラーメンに落ち込んでいるわけではないが、先ほどのみのりの言葉がずっと澱のように残っていて、紗和は目の前の献立を前にあまり意気揚々とはなれなかった。


「神崎さん、大丈夫?具合悪いの?」


磯村くんの言葉に、紗和はふるふると首を振り、力を振り絞って笑みを浮かべた。


今は磯村くんの魚舌症候群の改善に向けて、紗和はサポートをしなければならない立場だ。一食一食に賭けている磯村くんに、申し訳ない。


「大丈夫。今日は、むしぎょうざだね。昨日、餃子を包んでみたんだよね?豚のひき肉をイメージしてみようか。今日は魚のすり身にならないといいけど……」


「昨日、神崎さんのお父さんと練りこむところからやってみたから、ひき肉のイメージは出来てるよ。ただ、魚のすり身と食感は似ているんだよね。そこから肉単体の味として乖離させないと、味が一緒くたになっちゃうかもしれない」


「大丈夫だよ。田嶋くんが美味しそうに食べていたでしょう。あのことも思い出しながら食べてみよう」


二人はそれから黙ってゆっくりと咀嚼した。まだ感染症の風潮が濃い中、会食形式に机を向かい合わせにして給食を食べていないが、少しずつおしゃべりをしながら食べている人たちも多い。


でも、向かい合わせに給食を食べたら、周りの子たちに会話が聞かれてしまうので、このまま隣り合わせで磯村くんとちょっとした作戦会議をしながら食べていける方がありがたい。


それに、何だか最近磯村くんが目を見て話しかけてくれことが多い。それはとても嬉しいことなのだが、何だか前よりも目をまっすぐに合わせることが気恥ずかしい。


だから、隣のまま、磯村くんが味わいながら食べている姿を、こっそりと目の端にいれることぐらいがちょうどいい。


紗和はそう感じているのである。




磯村くん、紗和、虹心、田嶋くんの四人で帰り道を歩いていた。


最近、この四人で帰ることが多く、磯村くんと田嶋くんも二人で顔を寄せ合って何か話している姿を、紗和は後ろから眺めていることが好きだった。


「最近、田嶋くん、磯村くんと話すようになってから表情が明るくなったよね」


虹心が紗和の耳元でこそっと囁いた。


それは紗和も感じていた。田嶋くんは休み時間も帰りもずっと一人で本を読んだり参考書を眺めていたりしていて、ずっと苦しそうな表情で何かに追われているようだった。


だけど、紗和の家で餃子を作ったりしてから、よく話しかけてくれるようになったし、家族で紗和の店に食べに来てくれることもあった。長い髪を一つに結んで、黒ぶちの眼鏡をかけて、休日にもかかわらずぴしっとした黒のパンツスーツを着ていた母親は訝し気に店の中を覗いていた。一緒に来ていたぽっちゃりとした柔和な雰囲気の父親に背中を押されて、恐る恐る店内に入ってきた。餃子を作ったことや、チャーシューを切ったことなどを楽しそうに口にする息子に、母親は優しい眼差しを向けていた。


店を出る際に、母親はしきりに紗和と紗和の家族に頭を下げてお礼を述べた。「あんなに楽しそうにご飯を食べる幸成は、初めて見ます。ありがとうございます」と、涙を浮かべながら口にしていた。


磯村くんも、クラスメイトと接することはあったが、一線置いて接していることが多く、休み時間などは一人でぼーっと窓から外を眺めていることが多かった。紗和もそうだ。毎日を無為に過ごし、教育や給食を当然とばかりに享受し、残り物として出されるラーメンや餃子にため息をつきながら口にしていた。そんな、当たり前のようで、当たり前に過ごせることの有難みを、全く感じることなく私たちは過ごしていた。


磯村くんにとっては一大事と言える今回の出来事で、紗和は今まで蓋をしてきた自分の感情と向き合えことが出来たし、虹心とも本音でぶつかることも出来た。まわりの人たちや環境によって、自分たちは生かされている。そして、それをきちんと受け止めて感謝しなければいけないと思えるようになった。


みのりとも、いずれきちんと話し合いたい。


「神崎さん?」


虹心と田嶋くんと別れ、紗和は磯村くんと二人で歩いていた。


「……明日はポークカレーだね。カレーって、なんで皆に人気なんだろうね?家でも食べなれている味で、むしろ給食のカレーの方が大分甘口なのに」


「カレーは父さんが好きだから月に何度かは母さんが作ってくれるけど、父さんに合わせた味だからいつも辛いんだよね。ジャワカレー辛口一択。俺はほとんど食べられない」


「そうなんだ?私の家はあまりカレーは出ないかなぁ。だから、明日のカレーが凄く楽しみ」


「今日のむしぎょうざだけど、何だかいつもと違う味がしたんだよ。魚とは違う、繊維っぽい感じが……」


「それ、お肉の感覚なんじゃない?ちょっと近づいてきてるかも!」


紗和が磯村くんの方を振り向くと、西日の光で表情がよく見えなかった。磯村くんは紗和から一歩後ろ下がると、俯き加減で何か口にした。


「何?」


「……いや、何でもない。ちょっと、顔が、近かったから」


「え?聞こえない」


「うん、また明日!」


磯村くんは腕で顔を隠しながら、逆の手を上げて足早に去って行ってしまった。


「……?」


磯村くんの顔の色が西日と同じ色をしていたように感じたのは、見間違いだったのかもしれない。


魚とは違う感触、魚舌症候群解決の糸口が掴みかけているのかもしれない。


ゴールが近づいてきている、それはとても嬉しいことであるはずなのに、紗和の心には一抹の寂しさが残っているのも確かだった。


(磯村くんにとって、いいことのはずなのに―――)


肉の本来の味が感じることが出来れば、磯村くんが紗和と話す必然性もなくなってしまうのではないだろうか。でも、磯村くんのことだから、話しかけてくれなくなるとか、急に関係性を変えようとすることはないはず。


そう、思いたい。


紗和は不安に心が潰されてしまいそうな気がして、ぎゅっと拳を握りしめた。


そろそろ、給食戦線離脱が近いのかもしれない。


その日の夜、紗和はなかなか寝付けなかった。


明日のポークカレーが楽しみすぎるとか、今日の夜ご飯の担々麺が辛すぎてあまり食べられなかったとか、父と母が子供の前だろうと目も当てられないくらいにずっとイチャイチャしているとかそういう些末なことが積み重なって悩みの種になっているとか、そういうことではなかった。


明日の給食で何かが変わってしまう、そんな根拠のない不安感に苛まれていたからだと思う。


言語化するのは難しい。


紗和は何度も寝返りを打っては、何度も枕元の時計を見上げた。


長針はほとんど進んでいない。早く朝になって欲しい気もするが、日付がずっと変わらないまま世界が止まって欲しいような気もしている。


悶々と考えている間に、いつの間にかカーテンの間から日の光が漏れていた。


さて、一日の始まりだ。




「あれ?」


二時間目の道徳の授業の際にグループ学習をすることになった。今までは机を向かい合わさずに話し合っていたが、今日から机を向かい合わせて話し合うことになった。


「件の感染症も大分落ち着いてきたので、今日からグループ学習や給食は前のように机を向かい合わせて行いたいと思います」


担任の吾妻先生が手を合わせて笑顔でそう言った。他のクラスの先生方もマスクを外す人が多くなってきた。


紗和は自然と拳を握りしめていた。手の中はじわっとした汗で蒸れている。


机を向かい合わせにすると、磯村くんが目の前に座っている。今までは横顔で認識していたのが、前面に切り替わると視線の位置に戸惑ってしまう。


磯村くんも何だか居心地が悪そうに、もぞもぞと体をゆすっていた。


(ああ、何だか集中できない……!)


紗和は磯村くん以外のグループメンバーに声を掛けながらグループ学習を何とか乗り越えた。


二時間目の休み時間、行間休みは二十分もあるので天気の良い日は外で遊ぶよう先生たちから推奨されている。とはいえ、高学年にもなると女子たちは特に外で全力で遊ぶ子は少なく、ひなたぼっこをしながら鉄棒にもたれながらおしゃべりをしている子が大半だったりする。あまり労力を消費したくないというのが真情だろう。


「何か紗和ちゃん、朝から疲れてる?大丈夫?」


虹心が心配そうにのぞき込んできた。


「うん、体調が悪いわけじゃないんだけど、なんか胸の辺りがもやもやしてて、しんどいかも」


「え?何か食べすぎたりした?」


「昨夜の担々麺が良くなかったのかなぁ……」


ぼーっと遊ぶ子たちを見ていると、田嶋くんや他の男の子たちとドッチボールをしている磯村くんの姿が目に入ってきた。楽しそうに笑いながらボールを投げている。紗和はいつの間にか口元を上げながら、磯村くんの姿を目で追っていた。俊敏で秀逸な動きでもないのに、一挙一動、何故か目を離せなくなっていた。


「紗和ちゃん、保健室に行く?」


「ううん、大丈夫。何となく、理由が分かってきたから」


紗和は胸を張って空を見上げた。自然と誇らしい気持ちになっていた。別に悩むことも塞ぐこともないことだ。多分、これは自然の摂理であって、何年も前から自ら蓋をして目を背けていた。ただ、それだけのことなのだから。




四時間目の終了のチャイムが鳴る前から、鼻孔をくすぐるスパイスの香りが廊下全体を漂っていた。嗅ぎなれた匂いのはずなのに、夢うつつに授業を聞いていた生徒たちの意識を覚醒させる力を秘めている。


カレーカレーカレー、何人かの男子たちが円陣を組んで唱和している。


カレーライスは何人の心を沸き立たせるのに大きな力を持っている不思議なメニューだ。


「磯村くん」


紗和が手招きすると、磯村くんは手を洗ってハンカチで拭いてから近づいてきた。


「どうしたの?俺、当番だからもう行かないとならないんだけど」


「うん、ごめんね。あのね、今日から給食が向かい合わせになるじゃない。だから、お肉の感触がどうだったとか話せないから、あとでちょっと話せないかぁって思って。昼休みに、五分とかでいいんだけど」


「ああ、そうだね。昼休みは田嶋くんたちとドロケイの約束しているんだけど。今後の対策も立てないといけないし。分かった、隣の学習準備室とかでいい?」


「うん、ありがとう」


磯村くんは話し終わると足早で教室に向かった。


二人で話す口実は作れた。だけど、改まって向かい合って話し合う時に、自分はきちんと自分の気持ちを話せるだろうか。


何だか、顔が熱い気がする。手を団扇のようにぱたぱたと動かしてみる。


磯村くんは、とても困った顔をするかもしれない。


今まで、魚舌症候群を介して少しずつ話せるようになってきた。声のトーンや間の置き方、笑う時に一拍置いてから笑う癖など、色々なことが分かってきた。


いつの間にか、磯村くんの隣に座り、一緒に給食を食べて互いの意見を述べ合う時間がこんなにも尊いものになっているなんて気が付かなかった。


ただ楽しいだけではなく、心の底にある別の感情にまで気付くことはなかったのに、と思う。だけど、紗和は気付いてしまった。


見ない振りをすることも出来たのかもしれない。


だけど、気付かない振りや見ない振りをすることはもう止めようと自分で決めたのだ。




ポークカレーの売れ行きは盛況だった。


磯村くんはカレーの入った丸缶を担当していたので、カレーが大好きな男子たちに多くよそうように要求され、外野からも分かるようにとても困惑していた。


多くよそうと、全ての人にカレーが行き渡らない可能性があるからだ。磯村くんは相手の機嫌を損なわせないよう軽く対応しながらクラス全員のカレーをよそうことに成功していた。


「それでは皆さん、いただきます」


「いただきます!」


カレーの人気は凄まじく、あっという間に平らげた男子たちで配膳の机の前に列が出来ていた。目の前の磯村くんを見ると、ゆっくりと咀嚼して味わっているようだった。紗和も視線を落としてゆっくりとカレーを味わう。カレー以外にも水菜サラダ、ヨーグルトもある。あまり家で食べないが、やはりカレーは美味しい。虹心の家族はカレーが好きらしく、週末はインド料理の本格的なカレーを皆で食べに行くらしい。


家で料理することを止められているが、きちんとスパイスを調合して自分でも作ってみたい。ずっと失敗を恐れて挑戦することを止めてしまったら、それは自分の成長には繋がってこないと思う。その点を今度父と母の前でプレゼンしてみよう。


給食が終わり、掃除が終わると紗和は学習準備室に向かった。


まだ磯村くんは来ていないようだった。


手短に感想を聞こう。お肉の感触はした?まだ魚の味は残ってる?


明日の給食は―――


「ごめん、ちょっと低学年たちが喧嘩して先生に怒られててさ。遅くなった……神崎さん?」


「え……?」


「どうしたの?どこか具合が悪い?」


気付かないうちに、紗和の目からだらだらと涙があふれていた。


「え、どうしたんだろう私……」


ポケットからハンカチを取り出して痛いくらいにごしごしと拭おうとしても、涙腺が崩壊したのか涙はだらだらとあふれ出て来てしまう。


困惑して立ち尽くしている磯村くんの姿が目に浮かぶようだ。今は泣きすぎて視界がぼんやりとしていてよく見えないからだ。だけど、給食の感想を言い合うだけで学習準備室に来たのに、いきなり目の前の同級生がだらだらと泣いていたら驚くに決まっている。


いや、むしろ引くに決まっている。


「ごめん、何か涙が止まらないし、話も出来そうにないから田嶋くんのところに行って―――」


「行かないよ。ていうか、行けないだろう。目の前で、泣いてるのに……」


磯村くんは大きな息を吐いた。


ああ、迷惑を掛けてしまっている。迷惑を掛けたくないのに、魚舌症候群の解決策を一緒に考えていかなければならないのに。


段々と肉の味に近づいてきている磯村くんを応援し、時には一緒に改善策として案を出し合ったり、紗和の家で料理をして肉の味を研究したり、田嶋くんや虹心を交えて笑いあいながら下校したり、そんな毎日が終わってしまうかもしれないと考えるだけで紗和は悲しくて怖くて涙が止まらなくなってしまった。


共に給食戦線を生きる同志として、サポートし、併走してきたはずなのに。


磯村くんの魚舌症候群が、このままずっと治らなければいいのにと願ってしまう。


紗和の目の前に青いハンカチが差し出された。ハンカチの端には赤い魚の絵が施されている。


ふと視線を上げると、磯村くんが恥ずかしそうに目を伏せていた。


「……母さんが、買ってきたんだよ。それ、金魚なのに。魚がついてればなんでもいいんだってさ」


紗和はハンカチを握りながら思わず吹き出してしまった。


「磯村くん、心配かけてごめんね。何か、ずっと磯村くんと魚舌症候群のことについて話せればなぁって思ってたの。でも、もう磯村くんは田嶋くんも周りのクラスメイトもいるし、大丈夫だよ。私じゃなくても、相談に乗ってくれる友達はたくさんいるよ」


「―—―何で?俺は、神崎さんに相談したいから話したんだよ。田嶋くんにだって、他の子にだって話していない。相談したこと、重荷になってる?」


「そんなことない!ただ、私だけじゃ心許ないっていうか。ただ、時間だけが過ぎていって、時間の無駄になっていないかなぁって」


「無駄なんかじゃないよ。俺は、この魚舌症候群で、神崎さんと話せる口実を作れたから嬉しかったっていうか」


「……え?」


「い、いや、あの、口実っていうと嫌な言い方だけどさ。小さい頃はあんなに互いの家を行き来して仲が良かったのに、いつの間にか全然話すこともなくなったから、もっと話したかったっていうのが本音」


磯村くんは顔を赤らめながらしどろもどろ口にした。


「隣の席になれたのも、嬉しかったんだ。だけど、なかなか話すきっかけも掴めなかったし。今回、思い切って神崎さんに相談してみて良かったと思うよ。それと―――」


「それと?」


磯村くんはにやっと笑いながら人差し指を高らかに掲げた。


「今日のポークカレー、いつもの味と劇的に違ったんだ!」


「え、本当に?」


「魚が6で肉と思わしき味が4ってところかな。本当に、段々と克服に近づいてきてる」


「良かったね」


「……何で最近、味が変わり始めたんだろうって思ったんだけどさ。前に祖父ちゃんが祖母ちゃんとすき焼きの味を共有できなくて悲しかったって話したよね。祖父ちゃんと祖母ちゃんはお見合い結婚だったんだけど、最初はその人がどんなものが好きでどんなものが嫌いか、情報が何も分からないまま一緒になるんだよね。だけど、一緒に暮らして、祖母ちゃんのことがどんどん分かってどんどん好きになっていったんだって。魚料理だけじゃなくて、祖母ちゃんは肉料理も大好きだったから色々料理を出してくれたらしいんだけど、祖母ちゃんの笑顔や食べっぷりが可愛くてずっと見ていたいと思っていたらいつの間にか肉の味がするようになっていったんだって。つまりはさ―――」


紗和は磯村くんの言葉をじっと待った。


「えっと、最後まで言った方がいい?」


「うん、言って欲しい」


「……っもうここまで言えば何を言いたいか分かるじゃん!」


磯村くんはさっきよりも顔を真っ赤にして叫んだ。紗和は口を押さえるのを忘れ、そのまま大口で笑い声をあげた。




おわり

カクヨムで全七話で掲載しています。

『隣の男はよく肉を喰らう』という題名で食に関するオムニバス形式の短編集を書いています。

別の作品も連載しています。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 着眼点も面白く、場面ごとに登場人物のフォーカス具合もまた良いですね! 参考にさせていただきます(^o^)
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