ご令嬢、元婚約者をオークションに出品する。
「スカーレット•ダレス。お前との婚約を破棄する!」
学園創立祝いのパーティーも、中盤に差し掛かった頃。広間の真ん中で、この国の第一王子ウィリアムが高らかに声を上げました。その隣には質素ですが、上品なドレスを着飾った気の弱そう女性が立っています。
「な、なぜですの?ウィリアムさま!?」
驚きの声をあげたのは、我が主であるスカーレット様。本来ならば、ウィリアムは婚約者であるスカーレット様をエスコートしなければならないのですが……。この男。スカーレット様を迎えにくるどころ当日になっても声をかけてこない。しかたなしに執事である私がここまで彼女をお連れしましたが。まぁ、なるほど。既にパートナーがいらっしゃったと。
「なぜだと?知れたことを?お前は私に寵愛を受けているリリスに嫉妬し、いじめたそうじゃないか」
「私、スカーレット様に教科書を破られたり……叩かれたり……無視されて……」
リリスと呼ばれた女性はわっと、泣き出したかと思うとウィリアムの胸に飛び込みました。ウィリアムはスカーレット様の前だというのに大事そうにそれを抱きしめています。
「私、そんなこと知りません!!殿下を愛していますわ……。でも、でもそれでその人をいじめるなんてそんなこと……」
「何!?お前はリリスが嘘をついているというのか」
「考えなおしてください!私は貴方を愛しているんです!!」
スカーレット様はリリスを抱きしめたままのウィリアムに駆け寄って縋り付きました。
「触るなこの痴れ者が!」
振り払われ、スカーレット様はバランスを崩して転倒しました。すぐに駆け寄りましたが、その顔は見たこともないくらい蒼白であり、美しい翡翠の瞳からぽろぽろと涙が溢れておりました。
「俺は真実の愛を見つけたんだ。この後、父上が祝辞を言いにくる。そこで、正式に婚約破棄を要求する。お前のような悪女。この国の国母には相応しくないだろう。父上もすぐに認めてくれるさ」
リリスとぴたりとくっついたまま、ウィリアムはその場を離れていきます。ざわざわとする会場にぽつりと取り残されるのはどんなに惨めでしょうか。
「スカーレット様……大丈夫ですか?」
「ええ……ありがとう。そうね……ちょっとショックで……」
「お父上に報告しましょう」
「そうね、いずれは父の耳にも入るでしょう。でもこれは私の問題……私自身が清算しなければ……」
涙を拭い、スカーレット様はにこりと微笑んだ。
ああ、本当にこの人は。なんて強い。
「それではいつものように準備いたしましょうか?」
「ええ。お願い」
「御意に」
ウィリアムによる婚約破棄宣言があった以外は、パーティーはつつがなく進みました。まもなく終幕かという頃合いに、会場に国王が到着したというアナウンスが入ります。
皆が中央にある壇上への道を開け、頭を垂れる中、王はゆっくりとした歩みで入場してきました。その歩みを阻んだのは、他でもない。王の息子のウィリアムです。
「父上、早急に申し上げたいことがあります」
「なんだウィリアム。後にはできぬのか」
「今すぐです」
「手短に済ませろ」
「はい。では、端的に。私、先ほどスカーレットとの婚約を破棄いたしました。つきましては、この素晴らしい女性であるリリスと新たに婚約を……」
得意気に笑うウィリアムに、王の目が大きく見開くのがこちらからよく見えました。
「なんと言ったのだ!いま!!」
「えっと……婚約破棄しました。スカーレットと……」
「本当なのか!?まさか本当なのか!?なんてことを!なんてことを!!!!」
「はい。事実でございますわ」
皆が頭を下げる中。スカーレット様は王の目の前まで優雅に歩みを進めておられました。
「スカーレット!貴様!王の御前であるぞ……。なんて不敬な……」
王はウィリアムの頭を鷲掴みにしたかと思うと叩きつけるように床にそれをつけ、自身も同じようにひざまづきました。ゴチンというなんとも情けない音に私は吹き出しそうになりました。
「ちちうえ……!?」
ウィリアムは驚いたように王の行動を見つめ、家臣や護衛は慌てふためいておりました。あまりに異様な状況を察したのでしょう。パーティーの参加者たちも頭を下げたままざわざわと落ち着かない様子です。
「スカーレット嬢!どうかこの世間知らずの馬鹿息子をお許しください。婚約破棄など考え直してください!」
「何を!?」
「お前は黙っておれ!なんて愚かなことをしてしまったんだっ……!」
王は力任せに思い切りウィリアムの頭を叩く。父親に溺愛されていることで有名なウィリアムです。引っ叩かれるのは初めてなのか、涙目になっている姿はなかなか滑稽でした。
「頭を上げてください。陛下。考えなおすもなにも、破棄を希望したのはウィリアム様ですわ……。選ばれたのはリリス様……。私は愛されなかったようです。ならば、受け入れる他ありません」
「そんな……困ります……どうか。どうか……ご慈悲を……」
「大丈夫ですよ。陛下。これは私が精算すべきこと。先代からのお父様と陛下の契約には影響しないよう進言しますのでご安心ください。ただその……あの約束は反故になりますわ」
「っ……もちろんです。全ては愚息の行いのせいですから……」
「なので、もう殿下のことは手放そうと思います。よろしいですわね?」
王は下を向くと、大きく長いため息をつきました。
「わかった。ウィリアムは……廃嫡とする。王位は弟にでも継がせよう」
それを聞いてウィリアムはがばりと顔をあげました。王の肩を掴み、縋り付くように揺さぶります。全く。公衆の面前ですよ?息子ではいえ不敬ですね。
「廃嫡?何言っているんだよ!?なんでこんな悪女に頭を下げてるんだよ!?なんなんだよ!?」
喚き散らし、父親にすがるウィリアムでしたが、王はそれを払いのけました。
「自分で蒔いた種だ。自分の力でなんとかしろ。スカーレット嬢。今回の譲歩感謝する。だが、ダレス家には謝罪が必要だ。私はすぐにそれに向かう」
「わかりましたわ。陛下お気をつけて」
家臣や護衛を引き連れ、王は会場を後にしました。残されたのは尻餅ついたまま動けないでいるウィリアム一人。でもそんな呆けも束の間。会場の電気が消え、すぐに二つのスポットライトがつきました。一つはウィリアムを。そしてもう一つのスポットライトは私が立つ、広間の中央を照らすよう指示を出します。
「本日のパーティーにお集まりの皆様。今から始まりますのは、スカーレット•ダレス主催のゲリラオークションでございます。今宵スカーレット様が出品されるのは世にも珍しい廃嫡ほやほやこの国の元第一王子のウィリアムでございます。金髪碧眼、見目麗しく。ちょっと性格は悪いですが最低限の教育は受けている一級品でございます。まずは500へルンから!」
私の小粋なアナウンスに最初は戸惑っていた会場だったが、これがオークションだと気がつくと、そのざわめきを大きくした。500へルン。学食でサンドイッチを買える値段と同等。そんな価値すらこの男にはないと思うのですけどね。
「なんだよこれ!なんなんだよ!!説明しろスカーレット!!」
スポットライトの中に、スカーレット様が入り込む。その顔はまるでか弱いものでも見るかのように慈愛に満ちていらっしゃいます。
「ウィリアム様。我が、ダレス家がもともとは貴族ではなく商家であったことはご存知ですか?」
「は?」
「お祖父様が貴族の地位を買ってくださったのです。それほど財力がダレス家にはあったのですよ。貴方様のお祖父様。つまり先代の王は国営があまり……その、なんというか……お上手ではなかったようでして。国家は火の車。どんなに税を上げたところで取り返のつかないほどに借金があったんです」
「借金?!バカなこと言うな。お祖父様は立派な方だった。あまり不敬なことを抜かすと許さないぞ!!」
「ええ、とても立派な方だったと聞いております。なにしろその借金を返すため商家の我が家に頭を下げるのですから。わかりますか?我がダレス家は王家にお金を貸しているのです。それこそ国家規模単位で」
ウィリアムの目が見開かれる。スカーレット様はそれを悲し気な瞳で見つめていました。
「知らないのも無理はないですわ。貴方には意図的に伏せられていた情報なので……」
「……ど、どうして……」
「私、貴方と初めて会った時に貴方に恋をしましたの。私から婚約を申し込みました。王家に断る権利はありませんから。でも借金の形と思われる婚約なんて嫌でした。だから貴方にはこのことを生涯伏せるつもりでいましたの……それならちゃんと真実の愛で愛してもらえると思ったのですが、思い過ごしでしたね。貴方はリリスさんと言う方と真実の愛を見つけてしまった……残念です」
ウィリアムは青ざめて俯いていました。ことの重大性にやっと気付かれたんですね。
「スカーレット……考え直した!やっぱり君を愛してる!だから……!」
ウィリアムはスカーレット様に手を伸ばします。なんと往生際が悪いのでしょう。
「私は貴方を手放します。良き人の手に渡ると良いですね」
「良き人……?渡る……?」
スカーレット様はウィリアムに深々と頭を下げると、踵を返して壇上に上がってきました。彼の持ち主としてハンマープライスを見届けたいのでしょう。
「さあ、いませんか?500ヘルンですよ!?おっと手が上がった!1000!2000!?おっと5000きたー!!どうですか!?お買い得ですよ!!5500!まだあがる!」
事態を把握してきた賢い人たちが手を上げ始めていますね。さて、この男を買うのは誰でしょうか。元王子という肩書きには様々な価値があるでしょう。この国で奴隷は合法です。最低限の衣食住と人権は確保されるし、安いながらも給料は貰え、長いながらも任期もある。しかし何も知らず、スカーレット様に投資された金で生きてきた男にはたしてそれが耐えられるでしょうか。
「なんだ……なんなんだよ……あ!リリス俺を買ってくれるよな!愛してる!助けてくれ」
ウィリアムは群衆の中で意中の彼女を見つけたようですね。でも、彼女の手が上がることはなさそうです。申し訳なはそうな顔をして群衆の中に消えていきました。結局彼女は、王妃の座を狙っていただけということですね。残念ながらそこに真実の愛はなかったよう。
「そんな……リリス……」
可哀想なウィリアム。貴方はスカーレット様に気に入られたその日から。彼女の所有物だったのですよ。スカーレット様が無事に嫁げば、結納金代わりで王家の借金は帳消しになるはずであったのに、そのチャンスをあろうことか貴方は自分でダメにしてしまったのですよ。ああ、知らなかったとは言えなんという愚かさでしょうか。
白熱した競り合いの中、ハンマーを叩く音が鳴り響きました。3,500,000ヘルンでウィリアムを競り落としたのはなんと、学食のおばさんでありました。貯金全額下ろしての落札。思い切りが良いですね。
かくして、最終的には一波乱も二波乱もあったパーティーは幕を閉じたのでした。
その後の話を少し。
学食のおばさんは、ウィリアムとともに学校を去り、街中に夢だった定食屋を開いたのだそう。
ウィリアムはそこで、看板息子として馬車馬のように働かされているらしいです。元王子を一目見ようと店は昼夜問わず大盛況。なんたって学食で貴族の舌を唸らせていたご婦人ですからね、味も保証されていますし、元はすぐに取れるでしょう。
私もその様子を一目見たいところなのですが、生憎スカーレット様の失恋旅行に同行中。
「ああ……やっぱり婚約破棄しなきゃよかったかな」
鼻をすすりながらスカーレット様は海を眺めておりました。脇には鼻紙が山積みに積まれています。
「正しい判断でしたよ。あんな男にスカーレット様はもったいのうございましたから」
「お父様にに怒られたわ。お前は投資の才能がない。人を見る目がないんだってっ……。そんなことないと思うのよ?貴方という立派な執事を見つけ出したわけだし……」
それは旦那様に同意いたしましょう。スカーレット様には人を見る目がありません。
だって私、貴方を愛していますから。主人にそのような感情もつなんて執事失格です。
というかですね、一介の奴隷だった私を一人前の執事として育てあげるために様々な投資をしてくださったスカーレット様に特別な感情をもつなという方が無理な話です。執事業のかたわら、私は様々な事業に手を出しています。幸いなことに私には商才があったようでどれも軌道に乗り始めています。たくさんの金が集まったら彼女にこの想いを伝えようと思ってたのですが、そのためにはウィリアムが邪魔だったんですよ。まぁ……彼が本当にスカーレット様を愛してくれているなら、苦渋の想いで身を引こうとは思ってましたけどね?多分。
リリスが王子を狙うようにけしかけたのも、ウィリアムがリリスが惚れるように陰ながらサポートしていたのも私なんです。教科書破ったのも私ですし、無視するよう他を買収したのも私。まぁ、叩くなんて嘘入れてくるあたり彼女もとんだたぬきだったわけですが……。
「私ほどではございませんでした」
「え?何か言った?」
「いいえ、なにも」
「そう……。ああ、恋ってなんでお金で買えないのかしら。どこかにいい恋落ちてないかな……」
スカーレット様は深いため息をついて海を見つめ続けます。
貴方を納得させるだけの金を集めるにはもう少し時間がかかりますから。その恋はまだ拾わないでいてください。
今はほら、素敵な波音だけ聞いていましょう。
おわり