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潜入

◆◆◆刈谷城◆◆◆



時刻は六つ半。あたりは既に暗くなっていた。

海道一の弓取りと言われれほどの戦上手の大大名、今川義元を討った織田の兵士たちは大いに油断し、気分が良くなって、周囲の村から強奪した酒や食料で宴を開いていた。


ほろ酔いの物見の足軽が竜丸らに気付く。


「敵襲か?いや、子供もいるし人数も10人ちょっとか。とりあえず足軽頭に伝えてくれ。」


「おう。」


足軽の一人が足軽頭の六兵衛に報告する。


「子供を含めて10人くらいが門の前にいる?では儂が話を聞くからお主は城主の水野信近様にお伝えしろ。」


「はは!」


六兵衛が物見櫓から竜丸たちに話しかける。


「お主らは何者だ!」


竜丸が答える。


「儂らは鳴海城の近くの村の者です。先の戦で今川の奴らに乱取りされておりました。隙を見て逃げてきたところです。旗印を見たところ、織田方の水野様とお見受けします。なにとぞご慈悲を。」


「ふむ、確かに今川勢は織田領で乱取り、狼藉を働いたと聞いておる。念のため武器を持っていないか確認しろ。」


「は!」


六兵衛の命令を受け、足軽らが竜丸らの身体、被服内を確認する。


「何もございません。」


『よし、では信近様の元へ連れて行くぞ。」


竜丸らは宴で盛り上がっている城内の足軽達の視線の中、本丸へ向かった。


この時竜丸は視線を下げながらも足軽の配置、城内の櫓、兵糧庫、厩、武器庫の位置を探っていた。


竜丸らは信近のいる本丸内の中庭に通された。


縁側には小袖を着て小姓の桃丸を一人、傍らに侍らせた水野信近が座っていた。


竜丸はちらっと信近を見て心の中で思った。


“仮にも戦の最中。しかもこの城は今川方との境にある。甲冑も身に着けず、小袖のみを着て太刀も持たず護衛も小姓一人とは。かなり油断しているな。よもや攻められるとは微塵にも思っておるまい。大将がこれでは程度が知れる。”


信近が竜丸に話しかける。


「お主らは乱取りされたと聞いたが。」


「は。先の戦において松平、岡部に攻められ、儂らの村は乱暴、狼藉の限りを尽くされました。女は犯され、男・子供も連れていかれました。ここにいるのは何とか敵の目を盗んで逃げてきた者です。」


「なるほどのう。六兵衛、こやつらは何か持っていたか?」


「いえ、武器や書状などはなく、何も持っておりません。」


「そうか。では縄を解いてやれ。子供らは女中の手伝いでもさせろ。大人たちには貸し具足と槍を与えてお主の部隊である“備え”に組み込め。」


信近が六兵衛に命じると、六兵衛は部下たちに縄を解かせ、子供たちを女中に預け、竜丸らを連れて自分の備えに戻った。


「お主らも難儀であったな。」


六兵衛が竜丸らに話しかける。


「はい、早く村に戻って元の生活がしたいです。」


「そうか。今川勢が撤退したら村も取り戻せるだろう。信長様の交渉のおかげで鳴海城の岡部勢も城を明け渡す手配じゃ。そしたらお主らも村に戻れる。撤退した岡部勢がここへ攻めてくるかも知れんがな。」


「儂は戦が恐ろしゅうございます。して、この城の兵だけでこの刈谷城を守るのですか?」


「いやいや、近くにきている佐久間信盛殿と小川城にいる信近殿の兄、信元殿の軍勢もここへ来る。それ故、心配致すな。」


“これは重要な話じゃ。作戦通り決行しても、急いで引き上げなければ岡部殿の軍勢も皆殺しになってしまう。何とか岡部殿にお伝えせねば。”


竜丸は心の中でそう思った。


「それは心強うございます。ところで六兵衛殿、儂らも何かお手伝いできることがあれば何でも致します。水汲みでも薪拾いでも石拾いでも。」


「おう、それは感心じゃ。この刈谷城は井戸がないので、明日の朝、水汲みに行く。あと、戦に備えて石も拾いに行くはずじゃ。明日の水汲みの番の者らに話しておくから、一緒に行くがよい。」


「ありがとうございます。」


“明日しか機会はないな。ここは織田勢に囲まれた場所で狼煙も使えん。ひとっ走りするか。”


その夜。


竜丸が水野方の足軽たちに不審に思われないよう、世間話をするフリをして伊賀者に敵の勢力や後詰があること、水汲みの際に鳴海城に報告に行く旨を伝えた。


竜丸は行動を共にしていた伊賀者、寛蔵(かんぞう)に話しかけた際、ある依頼をした。


「子供らは岡部勢が攻めてきた時に我らと合流して敵を混乱させるようにしか伝えておらん。水野の援軍が来たら岡部勢そのものが危ない。虎之助ら子供達を見つけたら、敵を混乱させて無理せず城から脱出するように伝えてくれ。」


「御意。」


竜丸らはむしろを敷いて、小袖を布団代わりに体に掛けて眠りに就いた。


その頃、才蔵や虎之助ら子供たちも本丸内の台所にむしろを敷いて横になっていた。


「才蔵、此度の任務は危険じゃ。明後日には戦が始まる。慎重に行動するぞ。」


虎之助が才蔵に話しかける。


「虎之助殿。承知しております。佐助殿は早々に撤退すると言っていました。城内や兵糧庫に火を点けたり門を開けたりする任務を何とか果たしましょう。」


「そうだな。手柄よりも任務を果たそう。そういえば我らの任務を果たす上で火と武器が必要じゃ。ここに居られるから火はいつでも用意できるが、刀も何もない。武器を調達に行かないか?」


「刀はあった方が良いですね。武器庫はこの建物にあるし、見回りの足軽もここは来ないので大丈夫そうですね。」


「よし、じゃあ行こう。」


虎之助と才蔵は厠に行く素振りで武器庫に向かった。


スーッ。武器庫の引戸を開けると刀や槍、弓矢、貸し具足などが並んでいた。


「目立たずに持てるのは脇差くらいか。」


虎之助が小声で囁き、才蔵は無言で頷いた。


そして虎之助と才蔵は共に脇差を一本ずつ懐に隠し、台所へ戻って眠りに就いた。

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