豪胆の者
◆◆◆5月20日鳴海城◆◆◆
佐助達は鳴海城に到着した。堀の一部は埋められ、土塁も所々削られていた。城壁も穴が空いたりして、戦が行われていた様子であったが、殺気は感じられない。
「周囲に敵もおらん。和平でも結んだのか?」
佐助は不思議に思いながら伊賀者に注意喚起した。
「皆の者、様子がおかしいが油断するなよ。」
「御意。」
佐助は服部家の家紋である八桁車の内堅矢が描かれた旗印を取り出し、鳴海城の櫓から監視する足軽に見せた。
足軽がこれに気付くと、足軽頭に報告した。
すると足軽頭が門番の足軽らに下命した。
「話は聞いている。伊賀の者だ。門を開けて中へ通せ!」
ギギーと門が開くと中から足軽が出てきた。
「さ、こちらへどうぞ。」
「うむ。」
中には足軽頭が頭を下げて待っていた。
「これは佐助殿。お待ちしておりました。元信様がお待ちです。」
佐助達は城内に通され、城内に設けられた待機所である武者溜りで寛いだ。
すると岡部元信の小姓が佐助の元へやってきた。
「佐助殿、お疲れのところ申し訳ありませんが殿の元へご案内致します。」
佐助は元信のいる広間に通されて座った。
「佐助。よう来てくれた。」
「はは!」
「着いて早々に悪いがお主らにしか頼めない事があってな。先に送った書状に書いた通り、義元様が打ち取られた。織田の軍勢は勢いに乗って今川家の領地へ侵攻してきておる。もちろんこの鳴海城にも攻めてきたが、蹴散らしてやったわ。」
「さすが元信様。」
「はは。儂が義元様亡き今も降伏せずに忠義を通していることに感服して、信長が義元様の首級を返す代わりにこの鳴海城を明け渡せと言ってきておる。」
「ほほう。してご返答は・・・?」
「もちろん亡き主のためじゃ。その交換条件は受け入れる。しかし・・・。」
「しかし?」
「儂の軍勢は負けておらん。このまま引き上げるのも癪だ。そこで引き上げる途中にある織田方の刈谷城を攻めて損害を与えようと思う。それに引き返す道中にある敵方の刈谷城を通り過ぎるのは危ない。むしろ攻めてやろうと思ったのじゃ。」
「損害を与えて早々に引き上げるなら可能かも知れませんが、刈谷城の内情は如何ほどで?」
「何度か斥候に確認させたが、義元様を打ち取ったことで油断しているようじゃ。兵の数も少ないとみておる。」
「なるほど。して、我ら伊賀者の役割は?」
「何とか城内に忍び込んで内から我らの援護を頼みたい。正攻法でいくと、いくら敵兵が少ないとは言え、時間がかかる。その間に敵の後詰が来たら難儀じゃ。門を開けるか、城内に火を放って混乱させてくれると有難い。」
「承知しました。いつ攻めるおつもりでございますか?」
「義元様の首級と城の明け渡しは5月23日の手筈じゃ。」
「首級を受け取る前に攻めると、首級を返してはくれますまい。城を明け渡してから時間を置くと我らの居場所もないでしょう。すると同日がよろしいかと。」
「同日?」
「殿と馬廻り衆、100名程度の手勢を残し、他は刈谷城の近くに潜伏しておきます。首級を持ってきた織田方に気付かれないよう、旗印やのぼり旗を城壁に立てて置き、手勢が多くいるように見せかけ、首級を受け取ったら撤収の準備と掃除とでも方便を言って、織田方が城から離れたら一気に引き上げる。その際に狼煙を上げ、刈谷城を攻める。鳴海城から刈谷城までは3から4里と近いですが、5刻はかかるでしょう。それまでに攻めて引き上げればよろしいかと。信長も感服している様子なら首級を渡す時に殿の命を狙わないでしょう。」
「そうじゃな。さすが佐助。見事じゃ。早速準備に取り掛かれ。」
「はは!」
待機していた伊賀者と合流した佐助は元信と話した内容を打ち明けた。
「ほほう。かなり危険な任務ですな。」
虎之助が思わず本音を言った。
「その通りじゃ。本来ならもっと前から敵の城下町や城内に忍び込んで様子を窺ったり、準備をしておきたいところだが、今回は急遽決まったこと故、力業となる。」
「命の保証はございませんな。しかし、我らはそれも天の定めた道、天道と覚悟しております。」
幼い虎之助が佐助に思いを伝えると、他の伊賀者も頷いた。
それを聞いた佐助も内心で嬉しく感じたが、自ら育てた虎之助には死んでほしくない気持ちもあった。
「今回の任務について説明する前に二手に分かれる。」
佐助はそう言うと才蔵ら子供たち4人と大人10人の合計14人を1組、残り16人を1組として二組に分けた。
「竜丸、お主は子供らと共に“今川勢に乱取りされた村人”に扮して刈谷城に忍び込め。そして忍び入る時になったら火矢を門外に放て。他の者と儂は刈谷城の海側から闇夜に紛れて忍び込む。」
「御意。」
「では皆の者、油断なきよう。」
佐助がそう言うと、各々任務の準備に取り掛かった。
竜丸が子供達に話しかける。
「みんなこれが初めての任務だな。儂らの役目は乱取りされて逃げてきた村人になりきることだ。怯えて疲れ果てた演技が必要だ。緊張するな。怪しまれないように何も持つな。そして全員手を縄で縛ってから刈谷城に向かう。」
才蔵ら子供達は緊張感が高まってくる。そして命の保証がないことなどに怖気づいてしまった。
竜丸がその様子を見て子供たちに向かって九字護身法を唱えた。
それを見た才蔵が不思議そうに尋ねた。
「竜丸殿、それは何ですか?」
「九字護身法と言うんだ。こうやって手を組みながら唱えると落ち着く。』
「やってみます。」
そして怪しまれないように、刈谷城に向かう者は海から忍び込む佐助らにしっかりと手を後ろで縛られた。
「では、竜丸。頼んだぞ。」
「御意!」
佐助が声をかけると竜丸は力強く返事をした。
そして竜丸たちは刈谷城へ向かい、それを見送った佐助らも出発した。
※乱取り・・・人身売買のために負けた領地の農民らを拘束すること。
※九字護身法・・・臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前
(りん、びょう、とう、しゃ、かい、じん、れつ、ざい、ぜん)と精神的に落ち着くために唱えていた。
意味は『兵に臨んで闘う者は皆先頭に向かうもの』だが、目的はルーティンと同様。