岐路
厳しい訓練を受けて子供達の才覚が見極められた頃、“その時”はやってきた。
佐助の命を受けた虎之助が修行を受けていた天兵衛の子分2人を含め5人の子供達を呼び出し、佐助の屋敷に連れて行った。
佐助が子供達に神妙な面持ちで話しかけた。
「今日集まってもらったのは他でも無い。お前達を忍びにする事は出来ん。明日からはこの伊賀を守るため農業に励み、有事の際は武士として戦うのだ。」
子供達は一様に暗い。しかし、こうして忍びの素質を欠いていると判断された者は伊賀に残って生活するか、商人の才があると判断されれば忍びが他国で活動する際に拠点となるよう、移住して商人になったりして生きていくことになる。
忍びになる事を許された才蔵、足助、虎丸、弥右衛門、共兵衛、天兵衛の6人の子供達は佐助に呼び出された。
「お前たちはまだ幼いが忍びになる事を許そう。幼いからこそできることもあるのでな。しかし、これで修行が終わったわけでは無い。任務をこなしながらも、修行に励むのだ。良いな?」
「はい!」
才蔵らは元気よく返事をした。
こうしてこの年、佐助に忍びになる事を許された子供たち5人が新たに伊賀の忍びとなった。
◆◆◆伊賀の里◆◆◆
才蔵は8歳、虎之助は13歳。
忍の生きた任務を学ぶため、才蔵と虎之助は佐助と共に暮らしていた。
永禄3年5月20日、佐助のもとに一通の書状が届いた。
送り主は今川義元の家臣、岡部元信。
伊賀の忍達の棟梁は服部半蔵。半蔵は松平元康に仕えており、今川家はその当主にあたる。
書状を読み、佐助は驚いた。
「なんと!あの義元様が織田信長に打ち取られたそうじゃ。信じられぬ。」
虎之助と才蔵も驚き、虎之助が佐助に尋ねる。
「それは一大事ですな。他に何か書かれておりますか?」
「うむ。岡部様は周りを織田方に囲まれながらも奮戦しているそうじゃ。」
「しかし状況は厳しいのでは?」
「その通りじゃ。そこで岡部様は我々に至急援軍に向かえ、との事。」
「我々だけでございますか?多勢に無勢では?」
「お主もまだまだだな。我々が行くと言うことは足軽としてだけの役割ではないぞ。」
「なるほど!忍の任務でございますな!」
「火急のこと故、急ぐぞ!」
「御意!」
こうして佐助ら伊賀者30名が岡部元信のいる鳴海城へ向かった。
その中にはまだ幼い才蔵らも混じっていた。