路傍の石
南近江の豪族、上坂氏は主家にあたる京極家の家督争いが原因で同族内の争いが続いていた。
南近江もまだまとまっておらず、六角氏、京極氏、その他の若宮氏など国衆も存続していた。北近江には浅井氏らも争っていたため、まさに戦国の世、そのものであった。
「上坂陣営も短期間にこの戦を終わらせないと、他に攻められてしまう。どちらも早期の決着を望んでいるだろうな。」
佐助が砦を見つめながら子供らに話す。
「もし忍びが雇われているなら、門の破壊工作や侵入、事前に裏切りの手配もしたであろう。此度の戦は伊賀者、甲賀者は参戦しない。上坂氏はこれまで忍びを雇ったことがないから、力技で攻めるだろう。よく見ておくんだぞ。」
暫くすると、簡素な貸し具足、陣笠、槍を持った足軽50名、伝令を含めて4騎とそれを指揮する武士が城に近づいてきた。
佐助が子供らに説明をする。
「あの数なので物見と先陣を兼ねているかも知れんな。お主ら、砦の周りをよく見てみるのじゃ。堀の底に木が置いてあるじゃろ。あれは逆茂木と言う。葉を落とし、切った大きな木の上部を外側に向けて、あのように置くんじゃ。そうする事により攻め手の鎧や衣服に枝が刺さり侵入を困難にする事が出来る。」
伝令が来た道を戻って行く。すると法螺貝の音と共に鬨の声があがる。
縄でくくり付けられた丸太を10人がかりで持ち、走って勢いを付けて振り子の要領で門にぶつけた。
他の足軽達も空堀に降りて土塁を登ろうとする。
守り手も弓矢を放ち、投石で応じる。
攻め手の足軽達が空堀の底に仕掛けられた逆茂木に引っ掛かり、土塁にも登れないでいたところに矢を受け、石が頭部に当たり、負傷者数が増えていく。
攻め手の弓矢部隊が火矢を砦内に向けて放つ。
物見櫓など建物の一部に火が燃え移り、一部の
守り手の足軽達は消火にあたる。
「上手く燃えたな。これで守り手の兵は火消しもしないといけなくなる。兵力が分散するから、攻めやすくなるな。王道だが、上手く攻めているな。」
攻め手は火矢を放し続け、門への攻撃も緩めなかった。
丸太が何度もぶつかり、歪み始めた門に向けて、更に丸太をぶつける。
ギギ…。
門に少し隙間が出来た。
指揮していた武士がこれを見逃さず、足軽達に発破を掛けた。
「もう門は開く。これにかかれー!!」
足軽達は一斉に門に押し寄せて、門を押し開けた。
攻め手の弓矢隊の1人が合図を送るため、鏑矢を後方に向けて放つと大きな音を出しながら飛んでいった。
後方から城に向けて攻め手の後続が押し寄せ、50名程度の新手の部隊が砦の残りの2つの門に攻めた。
砦の中と門付近では混戦が展開され、そこに攻め手の本隊200名が到着した。
佐助が子供らに話し掛ける。
「これが攻める際の順序だ。まず物見、先方。そして本隊。大将は更に後方で指揮をする。大将の背後には後方への備えの部隊がある。覚えておけ。この時、大将を守る数は多くない。敵として、大将を狙うなら絶好の機会だか、なかなか居場所が分からない。」
「はい。守る側も伏兵とか置かないのでしょうか?」
足助が佐助に質問をする。
「敵が攻めてくる時と道、反撃に出る時が読めていれば置く。読んだ上で敵の物見に気付かれないように兵を配置するのは容易では無い。今、守り手に別働隊が居て、大将の居場所が分かれば良いがここ数日見ていても、忍びが動いた形跡も無い。居場所は分かっていない。今はただ、兵力のぶつかり合いだな。」
攻め手の足軽達が門から続々と砦内に侵入し、他の門を攻めていた足軽達も一部を残して開いた門に向かい、砦内を目指した。
「これは攻め手が見事だ。守り手に後詰めが無い限り、砦は落ちるな。」
佐助の言う通り、守り手は1人、また1人とその数を減らしていき、砦にいた守り手の大将は雑兵に首を取られる事を潔しとせず、腹を切り、側近の介錯を受けた。
大将が自害した事で、守り手の足軽達は我先にと、逃亡を図った。
閉じていた門を開き、落ち延びようと砦を出てきた足軽達を攻め手の弓矢部隊は見逃さなかった。
混乱し殺伐とした砦内とは打って変わって、静かな門外に整然と並び、弓矢を構え、キリキリと弦を引いて待ち構えていた。
そして弓足軽頭が号令を掛ける。
「よく狙え!放て!」
ビュンビュンビュンビュン!!
弓衆の放った矢が守り手の足軽達に一斉に飛んでいく。
「うっ。」
「ぐあっ。」
バタバタと倒れていく。
弓足軽頭は更に号令を掛ける。
「番え!引け!放て!」
砦から出てくる足軽達は門を出ても空堀を渡るために細い土橋を渡るしかなく、2列に並んで砦を出てきた。
そのため、矢の的と化していた。
「トドメを刺し、首級を取って手柄とせよ!」
弓足軽頭の号令の下、攻め手の足軽達は倒れている守り手の足軽達の体に群がっていく。
その様子を山の上から佐助達は見ていた。
「悲惨ですね。」
足助が思わず声を漏らした。
「これが戦というものだ。各々、もし守り手が勝つなら、どうしていれば守り通せたか。よく考えておくように。この程度の戦はそのあたりに落ちている石のようにゴロゴロあるもんじゃ。帰り支度をせい。」
初めて見る戦に衝撃を受けた子供たちは気持ちも沈み、惨劇が脳裏から離れなかったが、佐助の指示に従い修験道に励む僧に扮して伊賀の里へ向けて出発した。
その道中。
「キャー。お助けを・・・。」
女性の悲鳴が聞こえてきた。
「女子
おなご
が襲われているようじゃな。ついて来い!」
佐助が走り出すと、子供らも後を追った。
声のする方へ向かうと、山賊らしき男2人が女性を襲っている様子が確認できた。
「おとなしくしろ。どうせこんな山の中じゃ、誰も来ない!」
「ひいっ。どうかご勘弁を・・・。」
1人の男は女性を羽交い絞めにし、もう一人がその衣服を剝ぎ取ろうとしている。
その様子を目視した才蔵は怒りを抑えきれず、思わず声を出した。
「やめろ!」
「誰だ?!」
衣服を剥ぎ取ろうとしていた山賊が振り返ると、目の前に拳が見え、その瞬間に意識を失った。
足助が殴り倒していた。
羽交い絞めにしていた男は何が起きたのか分からず、女性を突き放し、倒れた男を起こしにいった。
「おい!どうした!」
その背後に才蔵は立ち、男の首を絞めた。
「卑劣なやつめ!」
「あっ・・・」
首を絞められ、男はまともに声すら発せず、そのうちに気絶した。
その様子を見ていた佐助は感心した様子で話し始めた。
「儂が手を出すまでもないか。お主ら、よくやったぞ。忍びたる者、正しい心と慈愛の気持ちがないといかん。忍術も日頃鍛えた腕力も、使い方を誤ると盗賊や悪党と変わらない。今のお主らの行動を見て安心したわい。」
「私はこういう輩が許せません。」
才蔵が答えると足助も同調し、首を縦に振った。
虎丸は少し離れたところから冷静に見ていた。
佐助は虎丸に気付き、話しかけた。
「虎丸は落ち着いているな。」
「才蔵と足助はすぐに助けに入ると思ったので、私は他に山賊がいないか、周りの警戒をしていました。」
「さすがじゃな。虎丸は武士に生まれても傑物になったかも知れんな。周りを警戒する、それも実践では大事な役割じゃ。」
佐助らは女性を介抱し、住んでいた村まで送り届けると再び帰路についた。