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戦の匂い

◆◆◆南近江の山中◆◆◆




夜も更けて虫や獣の鳴き声が鳴り響き、月明かりだけが周囲を照らす。


「夜に活動する事は極めて危険だ。罠があるやも知れぬし、戦がある場合は敵と勘違いして攻撃してくるかも知れぬ。出来るだけ動かぬ事。肝に銘じておけ。今日はここで寝るとしよう。」


佐助は洞穴を見つけ、子供たちを中に入れると、金剛杖2本を外から見えないように穴の入り口の端に立て掛け、糸が宙に浮くように結んだ。


「これで何かが入って来れば杖が倒れて気付く。やってみろ。」


佐助が説明すると子供たちは「へ~」と感心した様子だった。


子供たちは佐助の指示通り、入口に罠を作った。


「念には念を入れるぞ。」


佐助は子供たちに撒菱を渡し、入口に置くように指示した。


子供たちは入口にそれぞれ撒菱を置いた。


それを見た佐助は注意をする。


「それではいかん。必ず通る所に置くんだ。入口を見てみろ。岩があるだろ。普通は岩を避けて歩く。だから岩を避けた時に通る所に撒菱を置くんだ。」


「はい。」


「では寝るぞ。」


子供たちは左手に直刀を持ち、仰向けになった。


「これこれ。家じゃないんだから、うつ伏せで寝るんだぞ。万が一、敵に襲われても急所を避けるためにな。」


「は~い。」


こうして佐助たちは夜を明かした。うっすらと明るくなり始めた朝4時頃。


佐助は子供たちを起こす。


「そろそろ起きるぞ。」


「…はい…。」


「眠そうだな。仕方ないが、山は早く降りておきたいのでな。」


佐助たちは兵糧丸を食べ、川へ向かった。


川には小魚の泳ぐ姿もあった。


「よし、この川の水は飲んでも問題無いな。みんな、この川を見てみろ。綺麗で匂いもなく、魚も泳いでいる。戦が近くなると敵に水を飲ませないために上流から土砂を流したり堰き止めたり、場合によっては毒を入れることもある。敵地に入ったら用心して飲むんだぞ。」


「はい。そんなことするんですね。」


「敵に勝つためには何でもするんだ。では水を飲め。」


子供たちは喉の渇きが取れて満足そうにした。


「よし、次は昨日から着ていた物は全部洗え。新しい物に着替えるんだ。」


「なんでですか?」


「人と会った時に匂いがあると覚えられてしまう。忍び込んだ時も敵に気付かれるだろ。だから敵地に入る前は匂いの強いニラやニンニクも食べてはいかん。常に清潔でいるように心掛けるんじゃ。」


「そうなんですね。分かりました。」


佐助たちは川で洗濯をし、体も洗って荷物をまとめて先を急いだ。


山中を歩いていると子供らは次第に歩く速度は落ちてきた。


「お主ら疲れてきたな。まあ仕方ないか。そういう時はこの歩き方が楽だぞ。」


佐助はそう言うと右手と右足を同時に前に出し、次に左手と左足を同時に出す歩き方を始めた。


「身体のひねりが無く体力の消耗が少ない歩き方だ。人もいないような所はこうやって歩いたり走ると楽だぞ。」


子供達は真似してみた。


「へー。変な歩き方だけど楽だね。」


そして目的の南近江に近付くと佐助が子供たちに普通に歩くように指示した。





◆◆◆南近江のとある街◆◆◆





「よし、着いたな。まずは旅籠に行くとしよう。」


佐助らは宿に向かった。


「お主ら疲れただろう。ゆっくり足を休めるとしよう。」


才蔵たちは足を揉んだり腰を伸ばしたりして疲れを癒した。


「まだ外は明るい。少し出掛けるぞ。」


佐助が子供たちに声を掛けて一行は街に繰り出し、米屋や鍛冶屋を見て回った。


米屋からは米商人が大量に米を運び出し、鍛冶屋は忙しそうに仕事を励んでいた。


「みんな。戦が近いうちにある事は話したが、今歩いてただけでもそれが分かる。なぜか分かるか?」


「?。分かりません。」


「米を運び出した商人と一緒に侍も居ただろう。あれは戦に備えて米を買い込んでいるのだ。それと鍛冶屋が打っていたのは槍の穂先だ。国衆から依頼があったのだろう。米商人も足元を見るから米の価格も上がっていく。」


「へー。言われてみればそうですね。」


「色々観察しながら歩くと、いつもは見えないものも見えてくる。では農村に行くぞ。」


「はい。」


佐助たちは街から少し外れた農村にやってきた。

そこでは女子供、そして老人が畑仕事をしていた。


佐助が子供たちに尋ねた。


「何か気付く事はあるか?」


共に行動していた子供の1人、足助が答える。


「働き盛りの男の人がおりません。」


「そうだ。兵士として集められている、という事だ。戦は近そうだ。今日はもう日が暮れるから明日の朝、この辺りの国衆の上坂方の館を見下ろせる山にでも登るとしよう。」


「はい。」




◆◆◆その夜◆◆◆




佐助たちは旅籠屋で食事をしていた。


そこに主人がお茶を淹れるために部屋に入って来た。


「お味はどうでしたか?お茶でもどうぞ。」


「美味かったですぞ。ありがたく頂くとします。子供たちも御礼を言いなさい。」


「ご馳走様でした。ありがとうございます。」


「ところでご主人。明日からまた山に入る為、強飯を炊いて握り飯を作って頂きたい。」


「承知しました。ただ、近頃、この辺りでは戦があるのではないかと街の噂になっております。くれぐれもお気を付けて。」


「なんと。ご忠告感謝します。どなた様が…?」


「上坂様の家督争いとのお話で。ここのところ、上坂様の同族同士の争いが絶えませんでしたが、長く続いてますな。」


「左様でございますか。気を付けます。」


夜が明ける頃。


朝食を終えた佐助たちは身支度を整え、山伏の服装になって出発して山を登った。




◆◆◆南近江の山中◆◆◆




「ここらが見晴らしが良いな。」


佐助は上坂氏の本拠地の砦が見下ろせる高台に着くと、子供らと共に観察した。


砦には空堀と土塁があり、土塁の上には狭間を備えた壁があった。


入口は3箇所あり、いずれも門番が配置され、周囲を警戒していた。


「短い煙がたくさん出ているな。これは釜で飯を炊いているという事だ。兵士も集まっているのだろう。煙の数がいつもより多ければ余分に用意していて、握り飯を作るという事。つまり戦があるのだ。もう少し見てみるか。」


すると今度は早馬が砦にやってきて、1人の門番と共に中に入って行って、しばらくすると狼煙が上がった。


「何かしらの報告だ。今の狼煙は早馬が無事に砦に着いた合図だろう。慌ただしいな。これは今日明日のうちに動きがあるやも知れん。砦とこの辺りの山をよく見ておけ。」


「はい。」


しばらくすると砦から遠い山の上から2本の狼煙が上がった。


「相手方が攻めてきた合図だ。おそらくこちらの砦に知らせたのだ。」


佐助がそう話すと門番たちは砦の中に入り、門を閉ざした。


砦の櫓から周囲を警戒する足軽たち、壁の内側には物々しい足軽たちの姿があった。


「いよいよだ。みんな、砦に侵入するなら、どうするか。守るならどのように守るのか。考えながら見るんだぞ。」


子供たちは初めて見る戦に緊張を隠せなかった。




第3話完


※直刀

反りが無く、斬るよりも突刺に特化した刀。


※強飯こわいい

生米をせいろで蒸した硬めのご飯。

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