本能寺
◆◆◆天正10年6月1日深夜、京都・本能寺◆◆◆
そこは東西1町あまり、南北にも1町あまりの広大な敷地。更に幅1丈3尺、深さ4尺の堀と4尺の高さの石垣の上に土居を備えた防御施設であった。
「それでは妙覚寺に戻ります。」
織田信長から家督を譲り受けた織田信忠が言った。
「うむ。」
信長が応えると信忠は側近の虎丸と本能寺を出ていった。
信忠を見送ると信長は心待ちにしていた囲碁の対局をみるため、御殿に入った。
囲碁を打つ本因坊算砂と鹿塩利賢。
囲碁の名人として名高い両名の対局を暫く堪能した信長。
「さすがじゃ。天晴れな対局であった。余は寝る。お主等も休むが良い。寝所も用意してある。」
「有り難きお言葉。」
翌2日午前3時頃。
「上様はお休みになられた、お前たちも休んでよいぞ。」
森蘭丸が小姓や従者たちに信長が休んだので、任務解除の旨を伝えた。
「信長も寝たようだ。」
伊賀出身で織田信長の『従者』、才蔵が言う。
「では拙者は弥右衛門に伝えてくる。」
同じく伊賀出身の『従者』、足助が応える。
「上様の命により妙覚寺まで参る。」
足助は本能寺の門番にそう伝えると、京の街の外れまで駆けていき、そこで待ち受けていた伊賀者の弥右衛門に様子を伝えた。
足助は弥右衛門に伝えた後、妙覚寺の付近まで走り、身を隠した。
足助から報告を受けた弥右衛門は急いで沓掛へ向かった。
◆◆◆沓掛◆◆◆
この場所で食事を終えて休憩している明智軍13000があった。
「まだ弥右衛門は来ぬかっ。」
明智光秀が苛立ちながら呟く。
「昨日の茶会が長かったのか。信長が寝所に入ったとの報告が遅いですな。」
光秀の重臣、斎藤利三が応える。
そこへ弥右衛門が沓掛に到着する。
「本能寺の状況はどうなっておる?」
光秀が弥右衛門に尋ねる。
「は!信長は寝ている様子で小姓らにも休むよう下知がありました。信長軍の本隊は本能寺に合流せず、小姓衆、護衛、従者を含めても100名ほど。信忠は妙覚寺に戻りました。従える兵は500程との事。」
弥右衛門が応える。
「昨夜は如何なる様子であった?」
「茶会を開き、その後は酒宴、更に囲碁の対戦を見ていたとの事。」
「うむ、大儀であった。では、国継。お主らはこれより本能寺に向けて出発せよ。そして軍勢を見て逃げる者があれば撫で切りにせよ。」
光秀は安田国継にそう伝え、先発させた。
国継隊が通る道中、付近には瓜の収穫をしている農民の姿があった。
「ひえっ、こんな時間にお侍さんがっ。」
と恐怖のあまり、その農民は思わず国継隊から逃げる様に走ってしまった。
「逃がすな!あの者を切り捨てよ!」
国継が命じると、騎馬武者3騎が逃げた農民を執拗に追い回し、遂には追いついて槍で突き伏せた。
国継隊は道中、同様に出くわした農民らを20人ほど殺しながら本能寺へ向かった。織田方へ知られないために徹底していた。
国継が出発してしばらくすると光秀は利三らに本隊も出陣するよう命じた。
明智軍はそれぞれ別れて京へ向かい、京都に程近い桂川を渡ると合流した。
そこで光秀は明智秀満隊と斎藤利三隊に命令を出した。
「馬の沓を外し、足軽衆は足半に履き替えよ!鉄砲衆は火縄に火を付けよ!これより敵方へ向かう!敵味方の分別が付かぬ時は足を見て、脛当てを履いておらぬ者は敵と見よ!」
この時、足軽たちは足半に履き替えながら噂しあった。
「敵とは誰かの?ひょっとして徳川家康様かのぉ。」
「だいぶ京に近付いたが、信長様の敵は京にはいないしのぉ。それにしても足半はかかとの部分がなくて短いから走るにはいいが、歩くには疲れるのぉ。」
「まあ、それだけ戦が近いということじゃろう。儂は怖くなってきたわ。」
光秀の下知の下、秀満と利三は先発して本能寺へと向かった。
そして明智治右衛門らには信忠の宿泊している妙覚寺へ向かうよう指示した。
光秀は先発隊らが出発した後、他の重臣達に下知した。
「我らも出発する。」
光秀はそういうと、大阪にいる織田信孝らが反撃に出た場合に備えて京より南に2里の鳥羽に向かい、陣を敷いた。
◆◆◆暁七つ頃、本能寺内◆◆◆
まだ月明かりだけで静寂に包まれた未明、才蔵は寺内を見渡す。警戒している者はおらず、森蘭丸ら小姓衆も信長の寝所付近にいるため、外は見ていない。
「よし、今だ。」
才蔵は門を開き、門番に近付く。
「交代です。」
「・・?次の番はおぬしではな・・・」
と言いかけたところで才蔵の直刀が門番の喉を貫いた。
「がっ・・」
門番はその場で立ったまま絶命した。
才蔵は直刀を抜き門番の亡骸を抱え込み、音が出ないよう掘の底に置いた。
“すまないが、我々の復讐のためだ”
才蔵は心の中でそう呟き、念仏を唱えた。
才蔵は明智軍を引き入れるため、そのまま門番として入口に立った。
日が少し出た頃、信長の召使が水汲みのため桶を持って本能寺から出て来た。
「ご苦労様でございます。」
「おお。水汲みか。もうそんな時間か。」
「ええ。すぐそこの井戸まで行って参ります。」
「うむ。」
才蔵は明智軍の先手が近くまで来ているので、鉢合わせないか心配だったが止める理由もないので召使を井戸に行かせた。
召使が井戸に向かう途中、明智軍の先手である利三と秀満の軍、合わせて2000人を発見した。
「桔梗紋?明智様の軍勢がなぜここに?」
召使は驚き、すぐに他の者に伝えようとして本能寺へ戻ってきた。
「門番殿!明智様の軍勢でございます!何か聞いておりませんか?!」
「何も聞いておらんが、どこじゃ?」
「あちらに・・・」
召使が振り返って明智軍の方向を向いた瞬間、才蔵が召使の首を後ろから刀で峰打ちした。
「ぎゃっ。」
召使は気絶し、その場に倒れた。
そこに到着した利三は才蔵に確認する。
「手はず通りか。」
「は!あとは信長を討ち取るのみ。」
「よし。では全軍、本能寺を包囲せよ!」
利三がそう叫ぶと先手の全軍で本能寺を包囲した。
「弥右衛門、おぬしら伊賀衆は厩舎を焼き払え。信長の馬はたいそう速いゆえ、逃げられたら追いつけぬ。」
「御意。伊賀者は拙者に続け。
弥右衛門は伊賀者を引き連れ、才蔵のいる門から入り本能寺内の厩舎に向かった。
利三は弥右衛門らの侵入を見届けると明智秀満らに命令した。
「厩舎から火の手が上がったら鉄砲衆を塀に登らせ、小姓衆らが出てきたところを撃たせよ!その後は全軍に攻め込ませよ!」
「はっ!」
その頃、弥右衛門達は厩舎の近くまで忍び込んでいた。厩舎を守る護衛は4人。
弥右衛門は4人の位置を確認すると鳥の子に点火し、厩舎に投げ込んだ。
小さな爆発を起こしたため、護衛の4人が1、2歩、鳥の子に近づいた。その瞬間、猛烈な勢いで大量の煙が厩舎内に充満した。
「拙者だけで十分。」
弥右衛門はそう言うと、直刀を抜いて煙で何も見えない厩舎の中、4人の位置を頭の中で正確に記憶し、一突き、また一突きと、4人を突き倒した。
弥右衛門が伊賀者に語りかける。
「よいか、信長が謀反に気付いて逃げるとしたら馬で逃げよう。そうなっては此度の計画は失敗だ。そうならないよう、この厩舎を焼き払い、馬も焼き殺す必要がある。火薬を撒いて火を放ち、一気に焼くぞ。」
「はっ!」
弥右衛門達は厩舎の周りに火薬を撒き、梁、柱には用意しておいた火薬の入った袋を打ち付けた。
「よし、あとは火を放つだけだ。火を放ったら明智様の軍勢が鉄砲を撃ちかける。その後、我らは信長の首を取るため討ち入るぞ。」
「はっ!」
「火を放て。」
バン!バン!バン!
厩舎は火薬により爆発しながら全体が燃え始めた。
「厩舎の方から火の手が上がりました。」
明智軍の鉄砲頭が利三に確認を促す。
「よし、鉄砲隊を塀に登らせよ!」
「はっ!」
騒ぎを聞いて本堂内にいた信長の小姓衆らが本堂から出てくる。
「よし。よく狙い、放て!」
鉄砲頭が命じると鉄砲隊は火縄銃を撃った。
ババババババババババッ!!!!
まだ寝ぼけながらも、確認のために本堂を出てきた小姓衆が次々と倒れていく。
「全軍突入せよ!」
利三が叫ぶと国継隊を先頭に明智軍が本能寺内に傾れ込んで、激しい戦闘が始まった。
才蔵は弥右衛門ら伊賀者と合流し、本堂内に入っていった。
閉じた襖の奥から外に向かって走る音が聞こえる。
才蔵は乾燥させた鬼菱の実を腰の竹筒から取り出し、板の間に撒いた。
バタン!と勢いよく開いた襖から信長の小姓らが出て来て、才蔵らを見つけると「曲者!」と才蔵らに斬りかかってくる。
「うっ!」
鬼菱を踏んだ小姓らは痛みのあまり立ち止まり、板の間から足を上げ、何があるのか、思わず下を見た。
ブスッ!ブスッ!
その瞬間、才蔵は直刀で立ち止まっていた小姓衆の首や心臓を刺していった。
「庭に回り込んで討つぞ!」
板の間に何か仕掛けがあると思った小姓が叫んで少し距離を取った。
それを見た伊賀者らは小姓衆に見向きもせず本堂内に入り、襖を閉めた。
「しまった!急いで追うぞ!」
才蔵らの後を追って小姓衆が襖を開けて、走り出した瞬間。
一本の縄を襖の左右に分かれて持ち、身を隠していた伊賀者が同時に縄を持ち上げた。
バタッ!
先頭にいた小姓が縄に躓いて倒れ、その小姓に躓き、後にいた小姓らも次々と倒れた瞬間。
ザクッ!ザクッ!ザクッ!
縄を持っていた伊賀者が小姓らの心臓を次々に突き刺し、才蔵らを迎え討った小姓衆が全滅した。
「よし、本堂を制圧するぞ!」
才蔵がそう言うと、伊賀者は本堂の奥に向かった。




