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名門の終焉


◆◆◆武田家を攻める家康の本陣◆◆◆




武田一族でありながら才蔵の陰謀により徳川へ寝返った穴山梅雪が家康を訪れていた。


「梅雪殿、よくぞ参られた。」


「はっ。これからは家康殿のために心血を注ぐ覚悟。」


「うむ。頼んだぞ。早速だが明日より我らは甲斐へ侵攻する。道案内を頼んだぞ。」


「御意にございます。」


3月4日、家康は梅雪を案内人として甲斐への侵攻を開始。


家康は順調に領土を拡大し、才蔵と木俣守勝の手配により徳川方に付き従った武田家臣団を徐々に組み込んでいった。




◆◆◆新府城◆◆◆




信忠の追手から必死に逃れた勝頼は何とか新府城に入城し、軍議を開き、今後のことを思案していた。


兵の数こそ激減したものの、信玄以来の重臣、小山田信茂や表裏卑怯の者と言われた真田昌幸らが付き従っていた。勝頼に確かな見る目があったらこの後の悲劇は避けられたかも知れない。


「殿、この新府城に織田勢が迫るのも時間の問題。守り堅固な我が城、岩殿城へ引くべきかと。」


重臣の一人、小山田信茂が意見具申した。


「岩殿城へ引いたとしてもすぐ後ろに北条、そして徳川の領土も近い。こたびの戦に加わっていない上杉に近く、守りにふさわしい岩櫃城がよろしいでずぞ。」


同じく重臣の真田昌幸が勝頼に意見した。


新府城から岩殿城は15里、二日の距離。岩櫃城までは35里、五日程の距離である。


「岩櫃・・・。」


心身ともに疲れ果てた勝頼に35里は遠かったのであろう。


いくら命を狙う敵からの逃避行であっても、今の状態で岩櫃城は果てしなく遠く感じた。


「岩殿城も守りは堅いはずじゃな?信茂。」


「はっ。常に堀、土塁は整備し、武器弾薬の用意も抜かりありません。」


「では岩殿城へ行く。」


勝頼が決断するが昌幸は引き下がらなかった。


「殿!織田、徳川、北条の近い岩殿城に逃げても包囲されるだけですぞ。そこで自決されますか?うまく逃れても結局は遠路逃げ続け、岩櫃城に逃れることになります。であれば、少しでも兵を引き連れ、岩櫃城で体制を整え、上杉や伊達と手を結び反撃に出るのが賢明ですぞ。」


「もう何も申すな。昌幸。」


こうして勝頼は岩殿城への撤退を決め、新府城を焼き払い、出発した。


昌幸は自分の領地へ戻り、勝頼が逃げてきた時のために潜龍院を作り始めることとなる。


軍議を終えた信茂は自身の陣に戻ると才蔵に軍議で決定した内容を伝えた。


「よくぞやってくれました。これであとは我らが先に岩殿城へ戻り、のこのことやってきた勝頼を追い払うだけです。」


「うむ。才蔵の言う通りに事は運んでおるな。真田昌幸の提言には焦ったがな。」


「さすが昌幸ですな。まこと理にかなっております。岩櫃城へ逃れられたら勝頼を討ち取るのが難しくなっていたでしょう。」


「うむ、勝頼もまともな状態だったら岩櫃へ向かったかも知れぬ。何はともあれ、我らは岩殿城へ戻る。」


「よろしくお頼み申す。拙者は一旦離れ、勝頼の動きを見張ります。」


「分かった。ではまた会おうぞ。」


3月7日、信忠は甲斐の甲府まで進み、そこで勝頼の一族を探し出していた。


そこで勝頼一門、親族や重臣を探しだし、皆処刑した。


その中には武田信玄の弟、武田信廉や武田信友(勝頼の叔父)なども含まれていた。


勝頼は小山田信茂の言葉を信じ、疲れ果てて重く感じる自分の体を何とか引きずって岩殿城を目指した。


そして鶴瀬(今の山梨県甲州市)で先発した信茂の迎えを待っていた。


やって迎えの使者が来て、ついて行くと街道が封鎖されていることに気付いた。


「何故、封鎖しておるのじゃ?」


勝頼が使者に質問した。


「今やこの辺りはどこから敵が来るか、分かりません。敵の侵入を防ぐためでございます。」


「そうか。」


勝頼は自身を逃がさないための封鎖だとは気付かず、使者の説明に納得していた。


そして遂に岩殿城にたどり着くと勝頼は安心しきった。


「これでようやく休める。」


勝頼が安堵の言葉を発すると、使者木戸をくぐり、勝頼を招き入れた。


早く休んで寝ようと考えながら木戸をくぐった勝頼が目にしたのは無数の銃口であった。


「放て!!」


バーン!バーン!


勝頼を目掛けて一斉射撃が浴びせられた。


「何事か!」


勝頼は混乱し、問いただした。


「殿、これは罠です。逃げましょう!』


勝頼の嫡男信勝が勝頼を木戸から引き出し、馬に乗せた。


勝頼一行はまさかの裏切りに遭い、岩殿城と岩櫃城への入城を諦め、天目山を目指すことになった。




◆◆◆甲府◆◆◆




3月11日


信忠、家康、穴山梅雪らが今後について相談するために集まっていた。


「もはや勝頼の共は少なくまもなくこの戦も終わりますな。」


信忠が戦の終わりを宣言するように話始める。


「左様ですな。あとは真田や田中城の依田が残っているくらいで、勝頼の運命も燃え尽きる寸前です。」


梅雪が続いた。


「我らは戦の終わりまで油断せず攻め続けましょう。ところで信忠殿、信長様もこちらへ参られるのでしょうか?」


「父上もこちらへ参られます。甲斐の地を見分なさるとのこと。」


「では戦は我らと、天目山に向かっている滝川一益殿が引き受けます。信忠殿は信長様の受け入れの準備をしてくだされ。」


「さすが家康殿。気が利きますな。では儂は父上の対応の準備を致す。」


同日、一益ら織田勢は天目山にいた勝頼一行に襲い掛かり、勝頼らは最後の抵抗を続けていた。


しかし、それは燃え尽きる炎の最後のゆらめきに過ぎなかった。


一度は多勢の織田勢を追い返すが、二度目の突撃で家臣らは次々と討ち取られ、それまで付き従っていた土屋昌恒、小宮山友晴らが最期の意地を見せるも討ち死に。阿部勝宝も織田勢の中へ切り込み、武士として立派な最期を遂げた。


巳の刻(午前11時)、武田家の終焉を受け入れる覚悟の決まった勝頼、信勝親子。


ここまで行動を共にしていた勝頼の従兄弟にあたる大竜寺の住職、麟岳に勝頼はお願いをした。


「麟岳、儂ら親子の最期を見届けよ。そしてお主は僧ゆえにここから脱出することも出来よう。儂らの菩提を弔ってほしい。」


麟岳は目をつぶり、首を横に振った。


「勝頼殿。この体には殿と同じく武田の血が流れております。どうして武田家滅亡した後に生き恥を去らせましょうか。共に冥土に行きましょう。」


「麟岳、武田家の最期を後世に伝えてほしい。」


それでも麟岳は無言で首を振った。そして断固たる決意を感じさせる目で勝頼に訴えた。


「そうか。ではまず儂の最期を見届けよ。そして信勝と麟岳は後から来るがよい。」


勝頼はそう言い残すと、鎧を脱ぎ、上半身裸となって空を見上げた。


「信玄殿、申し訳ありません。清和源氏新羅三郎義光以来の血を途絶えさせてしまいました。自害してお詫び致します。冥土では戦から解放され父上とお話がしとうございます。」


勝頼は短刀を腹に差し、強烈な痛みと刺した箇所の熱さに耐えながら、短刀を横に引き、腹を裂いた。


そして生き残っていた家臣の長坂光堅が介錯をし、勝頼の首を打ち落とした。


「ああ・・・、父上。儂も今、行きますぞ。麟岳殿、共に行きましょう!」


本来なら武田家を継ぐはずだった信勝は脇差を構え、麟岳と刺し違えた。


「うっ・・・。」


胸部から激しい出血があり、信勝と麟岳は共に息絶えた。


勝頼親子が自害を終えると、周囲にいた家臣らは皆、織田勢に突入し、遂には一人残らず討ち取られ、戦国の名門・武田家は滅亡した。


その後、織田勢に勝頼親子の首級は発見され、信長が見分した後、京都へ送られさらし首となった。


戦国の名門にふさわしくない終焉であった・・・。





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