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第二次天正伊賀の乱

◆◆◆第一次天正伊賀の乱の2年後の天正9年4月、安土城◆◆◆




安土城の天主にいる信長の下に伊賀から2人の男が訪れていた。


福地宗隆と耳須弥次郎みみす やじろう。


驚異的な勢いで領土を拡大する信長の脅威に耐えかねた2人は次の伊賀攻めでは勝てないと感じ、身の安泰のため、自ら伊賀攻めの道案内を申し出ていた。


「ほほう。伊賀の出のお主らが道案内をすると言うか。」


「はっ。これからは信長様の時代。我らもそのお力に。」


「ふむ。そうか。いずれ伊賀は制圧するつもりであった。あの地は攻めるに不便。信雄が攻めた時は一方的に敗北しておる。道案内はありがたい。伊賀を制圧した暁にはお主らにも恩賞を与えよう。』


「有難き幸せ。」


信長は早速、伊賀侵攻の準備を進めた。


信長の側近に取り立てられていた虎丸はこの一大事を伝えるため、久丸を伊賀へ、幸丸を家康の下へ急いで向かわせた。




◆◆◆伊賀の里◆◆◆




虎丸からの報告を受けた伊賀では早速合議を開いていた。


今回は信長の本気度が伝わってきたため百地丹波も勝機を見いだせず、言葉を失っていた。


ようやく丹波が重い口を開いた。


「安土に潜入している虎丸から報告が入った。信長が5万の兵力を動員し、大将を信雄、他にも津田信澄、滝川一益、丹羽長秀、蒲生氏郷、脇若安治、浅野長政、堀秀政らに兵を率いさせて再び伊賀に攻め入るつもり、との事じゃ。今回は前回のようにはいかんな。」


「左様ですな。おそらく我らが無事に勝ち、伊賀の地を守ることは難しいでしょう。」


「佐助殿もそうお考えですか。」


「残念ながら我らには後詰もなく、自力で戦うほかありません。信長は5万、対して我らはせいぜい9,000。しかも今回の敵は歴々の猛者もおる。降伏か、伊賀を捨てて逃げるか、死を覚悟で守るか。」


「信長は我らを目の敵にしておる。降伏したところで、処刑されるだけ。ただ逃げるのは先祖にあの世で合わす顔がない。」


「では命を惜しまず守るしかありませんな。他の者はどうじゃ?」


「儂も命は惜しくない。織田の足軽を1人でも多く道連れにする覚悟。」


「例え我らがこの地で果てても、全国にいる伊賀者が恨みを晴らしてくれると信じておる。」


皆の意見が一致したのを聞いた佐助が話し始めた。


「儂はもう十分生きた。しかし、この中に若い者もおる。生き延びて信長の命を狙うの役割も必要じゃ。若い衆、もし逃げる機会があれば、躊躇せずに生き延びてほしい。」


佐助の悲壮な願いを聞いた者は、佐助の心中を察して黙って頷いた。


「では我らの進む道は決まった。伊賀者の意地を見せるぞ。早速防備を固めて織田に備えよう。」




◆◆◆同年9月3日、伊賀に国周辺◆◆◆




信長の命令を受け、次男信雄を総大将に全軍5万の織田軍が伊賀の国の各地に配置した。


伊勢口から織田信雄、津田信澄。


柘植口から丹羽長秀、滝川一益。


笠間口から筒井順慶。


初瀬口から浅野長政。


多羅尾口から堀秀政、多羅尾弘光。


伊賀を全方面から攻め込む布陣。


そして玉滝口から侵攻した蒲生氏郷と脇坂安治。


案内人は蒲生隊には付けられておらず、氏郷は警戒しながら軍を進めた。


蒲生隊が進軍する様子を佐助は山中から見ていた。


“あれが蒲生氏郷か。信長も才能を認め、重用していると言われる才能の持ち主。”


そして夜、蒲生隊が河原で野営をしている時のこと。


河原を見下ろす高台には佐助率いる伊賀者がいた。


「今宵が絶好の機会。皆の者、伊賀者の意地を見せてやれ。氏郷の首は100万の足軽より価値がある。」


佐助の号令のもと、伊賀者は静かに蒲生の部隊に近付き、警戒の者を切り倒すと一気に就寝中の足軽らを襲った。


ザクッ。ザシュ。


突き刺す音と頸部を斬る音が闇夜の中、鳴り響く。


やがて殺気に気付いた蒲生隊は急いで敵襲を味方に知らせ、撤収を開始した。


寝込みを襲われ、奇襲された蒲生軍だったが氏郷は見事に撤収し最小限の被害で逃げ切ると、近くを攻めていた滝川一益に使者を送った。


伊賀者の本拠地の一つ、平楽寺に戻っていた佐助らは作戦会議を開いていた。


「やはり敵は分散していても多い。なかなか壊滅させるのは難しいな。」


佐助が思案していると天兵衛も同感であった。


「火縄銃を含めて火器を効率的に使わんとな。」


するとそこに報告の使者が入って来た。


「報告します。」


「ん?どこからの報告じゃ?」


佐助は老眼のため、使者の姿がよく見えず、更に使者は陣笠を深く被っていたため顔が見えない。


佐助は顔を見るため使者の近くに寄った。


「丹波殿からでございます。こちらの書状をご覧ください。」


佐助が更に前のめりになった瞬間。


「ぐあっ!」


“使者”が懐に隠し持っていた短刀で佐助の胸を突き刺した。


刺された瞬間、薄れゆく意識の中で“使者”の顔を倒れながら見た。


ー蒲生氏郷ー


蒲生隊が進軍する時山中から見た、敵の大将であった。


自分を刺した相手を確認すると同時に佐助は絶命した。


「佐助殿!おのれ!」


天兵衛が佐助の仇討ちのため、氏郷に斬りかかるが相手が悪かった。


ザシュ。


またも短刀で胸を一突きされ、天兵衛も絶命した。


すると平楽寺の周囲も騒がしくなった。


氏郷の軍と滝川一益の部隊が取り囲み、一斉に攻撃してきた。


「この場所なら地の利はない。武力のある方が勝つ。」


氏郷が伊賀者をなぎ倒しながら平楽寺の外へ出て、自らの軍勢に戻ると、一益の鉄砲部隊が伊賀者に向けて一斉射撃を開始した。


さすがの伊賀者も不意を突かれ、遠距離からの砲撃に為す術なく、次々と倒れていった。


笠間口でも戦が始まっていた。


筒井順慶も同様に百地丹波ら伊賀者から夜襲を受け、1,000人が討ち取られた。


伊賀衆最大の拠点である比自山城では3,500人の伊賀者が立てこもっていた。


丹羽長秀が幾度か攻めるも、落とせずに膠着状態が続いていた。


織田軍も伊賀の国に攻め入ったものの、誰が伊賀者で誰が民衆か分からず、どこが伊賀者の立てこもる拠点なのか分からないため攻めあぐねていた。


しかし、信雄は非情な判断を下した。伊賀の者は戦闘員も非戦闘員も問わず、僧侶、女子供に至るまで無差別に殺戮を開始。


徐々に伊賀者は引き上げ始め、比自山城も陥落。伊賀者の得意とする奇襲も多勢に無勢で、敵わず伊賀方の拠点は柏原城のみとなった。


その状況を確認した丹波は近くの伊賀者に伊賀の国を脱出するように命じた。


「佐助殿のご遺志じゃ。我らは十分に意地を見せた。今柏原城にいる者もまもなく皆、討ち取られるだろう。それは望んで入城したものたち。我らは天道で城に入ることはなかった。生きていれば機会はまたある。生き延びよ。」


こうして丹波ら生き残った伊賀者は全国へ逃亡を図り、柏原城は織田方の総攻撃を受け、陥落した。


伊賀の国の人口は9万人いたが、織田方の殺戮により3万人もの人が命を落とした。伊賀の里、国内の村や寺院は悉く焼き払われ、織田軍はついに伊賀を制圧した。


ー第二次天正伊賀の乱ー

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