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才能

佐助が立ち去った3日後


佐助は菊のいる屋敷にやってきた。


「菊殿。才蔵様のお気に召した物は見つかりましたか?」


「どうやらこの絵が気に入ってるようです。泣いてる時もこの絵を見れば泣き止んでくれます。」


菊は縦横20センチ四方の騎馬武者の絵の描かれた紙を差し出した。


「男の子らしいですな。筆と紙を用意して頂けますかな?」


佐助は用意された紙を騎馬武者の絵に被せ、上からなぞり、同じ絵を描いた。

描き終えた絵を才蔵に見せると、才蔵は嬉しそうな笑顔になった。


「かなり気に入っているようですな。」


「ええ。」


「菊殿。才蔵様のお休みになる部屋の隣に一部屋用意して頂けますか?視力の訓練のため拙者が時折泊まりたいと存じます。」


「もちろん構いません。」


「では、早速今晩から訓練します。」


〜その夜〜


月明かりがわずかに照らす、暗い屋敷。


「オギャー、オギャー」


才蔵が夜泣きを始めると、佐助は騎馬武者の絵を持ち、才蔵の枕元に立った。


「才蔵殿。」


佐助が呼び掛けると才蔵は佐助の方を見た。

すると才蔵は泣き止み、絵を見てニコニコと笑った。


「ほほう。この暗さで絵を認識するとは。さすが半蔵様の子。」


しばらくすると才蔵はまた眠りについた。


「今度は月明かりもない夜に訓練ですな。」


才蔵はそう言うと部屋を出た。


翌日、佐助は菊に数日後に来ることを伝え、屋敷を出て行った。


その後も佐助による五感の訓練が続いた。




◆◆◆それから3年後の伊賀◆◆◆




春の暖かい陽射しの下、花が咲き、木の枝では小鳥たちが日差しと戯れていた。


服部家屋敷では、今日から始まる修行に向かう才蔵を心配そうに見守る菊と女中たちの姿があった。


才蔵はまだこれから始まる試練の事は分かっていない。


「才蔵、今日から修行が始まります。何があっても服部家の者として恥ずかしくない振る舞いをしなさい。」


「はい、母上。」


菊は心配しながらも、才蔵の兄の正成にも劣らない才覚を感じていたため、厳しい修行にも耐えられると期待していた。


「菊殿!佐助殿がお見えになりました。」


女中の一人が声を掛けてきた。


「さあ、才蔵。行ってらっしゃい。」


「はい!行って参ります、母上。」


佐助は才蔵を手招きして、傍に来させると菊に挨拶をした。


「菊殿、心配は不要ですぞ。修行は厳しいですが命を落としたり大怪我をするような事はありません。それに、時折この家にも帰らせますので。」


「分かりました。才蔵の事、よろしくお願いします。」


「御意。」


佐助は才蔵を連れて伊賀の里から少し離れた山の中にたどり着いた。そこには3歳から13歳位までの子供が集まっており、怪我や高齢により引退した忍び達が師匠役となり、読み書きや、基礎体力訓練、忍びに必要な技術などを教えていた。


修行中の子供の一人で年長のため時に指南も務める虎之助が佐助に近寄る。


「佐助殿、よくいらっしゃいました。そちらが才蔵ですな?」


「うむ。儂も指南するが他の子と同様の訓練を頼む。」


「御意。」


平時は朝4時頃に起き、農業に従事して午後から馬術や弓など武芸の鍛錬をしていた。


虎之助が才蔵を連れて修行の里を案内する。


「朝のうちは米作りや野菜作りの手伝いをしている。体を動かして様々な道具も扱うので鍛錬になるのじゃ。米作りの知識や経験は他国に農民として忍び込む際にも生きてくるから、一生懸命に取り組むように。」


「はい。」


「そして午後から馬に乗ったり刀や槍、弓の鍛錬をする。川で泳いだり山に登ったりもするから、厳しいぞ。夜にはへとへとになる。」


「はい。覚悟してございます。」


「良い心がけだ。間も無く畑作業も終わり、皆集まる。そこで挨拶をするのだ。皆、身分に関係なく集まっている。お主の父が我らの頭領であっても里の中では『服部才蔵』ではなく他の子と同様に扱いうように言われている。」


「はい。」


畑作業の手伝いを終えた子供たちが里の中心にやってきた。

衣服はボロボロで身体中が土で汚れていた。


虎之助が子供たちの前で才蔵を紹介する。


「みんな。新しくこの里に来た才蔵だ。仲良くしてあげてくれ。」


「才蔵です。よろしくお願いします。」


「才蔵はまだ刀も持ったことが無い。この里の事も分からないから、みんな優しく教えてあげてくれ。」


里の子全員が頷きながら返事をする。


「はーい!」


才蔵は他の子に混じって木刀を振る。しかし、小さな体に木刀は大き過ぎるのか、上手く振れない。


すると隣にいた足助あすけが話しかけてきた。


「おい、才蔵。それでは振れん。まずは右手でここを握り、左手はここだ。ゆっくり頭の上に持ってきて、一気に振る。やってみろ。」


「はい。」


才蔵は足助に言われるがまま、木刀を振った。


「えいっ!」


ブン!という音を立てて素振りをしたが、勢い余って木刀で地面を叩き、才蔵は転んだ。


「ははは。次はこうやって止めてみな。」


足助は手本を見せる。


シュッ、シュッ、シュッ。


「おお、速い。やってみます。」


才蔵も真似て素振りを続けた。


「そうだ、あとは鍛錬あるのみ。よし、次は槍だ。お前はまだ小さいから、この短いのを貸してやる。」


足助は3尺(約90cm)程の長さで穂先のない槍を才蔵に手渡した。


「ほら、これでみんなみたいに突いてみな。」


才蔵は足助や仲間に指導されながら武術の訓練に励んだ。


そこに虎之助がやって来た。


「そろそろ休息にしよう。集まってくれ。今日は初めての才蔵がいるから特別だ。兵糧丸を食べよう。まずはみんなで作ってみよう。材料は高麗人参、氷砂糖、はとむぎ種子を皮を取り除いて干したヨクイニン、桂心、山芋類をぶつ切りにして干した三薬、蓮の種子を干した蓮肉、うるち米、もち米だが、ここにあるものが無くても他の物を使ったり、ある物で作るんだぞ。」


虎之助らが指南しながらみんなで材料をこねて丸めて作ってみる。


「よし、出来たな。これは1日に2つ食べれば十分じゃ。他にも喉の渇きを取る水渇丸や飢えを凌ぐ飢渇丸なんかもある。それは今度作ることにしよう。今作ったものは干さないといけないから、今日は蓄えてあった兵糧丸を食べよう。」


「結構美味しいな〜。」


子供たちは美味しそうに食べた。


「食べ終わったら、また稽古だぞ。」


虎之助がそう言うと、食べ終わった子供たちが稽古に励んだ。




◆◆◆ある日の午後◆◆◆




伊賀の里のある民家で手紙を書いていた佐助の下に一人の忍びがやってきた。


「佐助殿、ご報告致します。…………。」


「ふむ。そうか。大義であった。休んでいけ。」


「はっ!」


佐助は民家を出て、修行をしている才蔵らの所に向かった。


佐助が虎之助に何かを話しかけると虎之助は子供たちを集めた。


「近々、南近江の国衆同士の戦がありそうじゃ。此度の戦、伊賀者への後詰め要請も無いが、良い機会じゃ。戦を見た事がない者は行くぞ。」


佐助がそう言うと才蔵は驚いた。


「え!何をしに…。」


「才蔵は見たことないな。忍びたる者、戦の際に役に立たねば意味は無い。戦がどのようなものか、我々が何をするべきか、学ぶ事だらけじゃ。お主は行くぞ。」


佐助は戦を見た事が無い子供たちを連れて民家に入ると、指示を始めた。


「此度は潜入では無いが怪しまれては命が危ない。怪しまれないために、山伏に変装して行くぞ。」


佐助らは法螺貝や金剛杖らを持ち、修行僧のような服装になり、近江に向かった。




第2話完


※山伏(修験道)・・・山岳で厳しい修行をし、超自然的な能力を手に入れて呪術的な宗教活動を行う。宗派に捉われないため、客僧として各地を回っても自然であった。


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