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第一次天正伊賀の乱(後編)

◆◆◆織田信雄率いる軍勢が攻め込んだ長野峠◆◆◆




「狭くて見通しも悪い、嫌なところじゃ。」


信雄はせっかくの大軍が細長くなり、その力を発揮できない地形に不安を感じていた。


すると前方で火の手が上がっているのが見えた。


「何事か!誰か見てこい!」


信雄が命じ、小姓が様子を見に前方に向かったその時。


バババババッ!!!


草陰から火縄銃の一斉射撃が行われた。


信雄が驚きながら前を見ると、前方に向かった小姓が銃弾を体中に浴びて変わり果てた姿になっているのを見た。


「敵襲だ!あの草陰の方に敵がいるぞ!掛かれ!」


「おおー!」


足軽が槍を構えて草陰に近付くと和紙で火薬を包み、火縄を取り付けた忍具である鳥の子が投げつけられた。


バーン!バーン!


あっという間に周囲は煙と火薬の匂いに包まれた。


「いかん、引け!」


信雄が命令するが狭い道では身動きが取れず、思うように引けずにいた。


すると今度は信雄らに向かって矢が雨のように飛んできた。


「ぐあー」


「うっ」


信雄本隊は為す術も無く、伊賀者の的となっていた。


信雄とその周囲の軍勢は何とか危機を脱し、被害を確認すると、少なくとも数千の被害であった。


「いかん。軍勢を立て直さなければならんな。一度陣を敷く!」


信雄が命じると付近の平らな場所を見つけ、陣を敷くため木や草を伐採し平らな面を作り、削平した。


そして陣を敷き終える頃には夜になっていたため、そのまま食事の準備をして野営をすることになった。


兵たちは疲れていたため、早めに就寝することにし、ようやく落ち着き始めた。


しかし突然静寂を切り裂くように火矢が信雄の陣を襲った。


信雄らがいた本陣を囲っていた布の幕は勢いよく燃え、ところどころ爆発もしていた。


「忌々しい伊賀者め。何か仕掛けでもあるのか。ただの火ではないな。」


伊賀者は火矢に火薬を詰めた袋を取り付けて、より早く火の手があがるように仕掛けていた。


すると今度は後方からも火の手が上がった。


「おのれ!至る所に攻め手が潜んでいる!まずは火を消せ!」


信雄軍は貴重な水を火消しのために消費することとなってしまった。


更に火矢は信雄軍の物資や食料を運ぶ兵站部隊にも容赦なく襲い掛かっていた。


バーン!バーン!


爆発音とともに勢いよく米俵が燃えていった。


そこに兵站部隊の侍大将がやってきた。


「報告します!食料、火薬、弓矢などの大部分が燃えております!」


報告を受けた信雄は怒りに震えた。


「もう兵糧は無いと申すか!」


「はっ。足軽らが携帯している2日分が限度かと。」


「では明日中に攻め滅ぼし、敵の食料を奪うのみ。」


信雄は冷静さを失っており、危険な選択をした。


「信雄様。それはあまりに危のうございます!一度引き上げるのが賢明かと。」


「黙れ!ここまで我らが損害を受けて何もせずに帰れるか!」


信雄は陣を引き払い、何もない場所で野宿することとした。


翌日。


雨が降り、信雄の軍勢は寝不足状態となり、疲れが蓄積し、更に冷えにも襲われていた。


「信雄殿。士気が下がりきっております。早々に伊賀者を片づけて兵を休ませないと全滅致しますぞ。」


信雄軍の重臣、滝川雄利が信雄に意見を述べた。


「分かっておる!しかしどこから攻めて来るのか分からないゆえ、この山自体が不気味じゃ。」


「先頭にいる足軽達も怖がって進みたがっておりません。」


「では立ち止まったり恐怖におののいた者は後ろから突き刺せ。」


「なんと!それは兵の反感を買いますぞ。」


「致し方あるまい。そうでもして強行突破せねば全滅じゃ。」


「さようでございますか。殿のご意向ならば。」


こうして信雄軍は雨の中、進軍を開始した。先頭はいつ、どこから襲ってくるか分からない伊賀者と、立ち止まったり、怖気づいたら背後から味方に斬られる恐怖と戦いながら・・・。 


信雄軍は順調に進軍し、山奥まで進んでいたところ、一目で分かる人工的な土の盛られた場所を見つけた。土塁の上には雨が降っているにも関わらず火のついた松明が見えた。


※・・・ 忍術をまとめた万川集海に書かれている松明で、忍者を研究するグループが実際に書かれた材料で松明を作り、実験したところ、水の中に入れても火は消えなかった。忍者は様々な材料を様々な分量で試作することで、色の濃い煙の出る狼煙や、煙が高く上る狼煙、水の中でも消えない松明など、高度な火術の知識を持っていた。


「なんだ、あれは!雨が降っているのに火がついたままだ!伊賀者は妖術でも使うのか?!」


信雄軍は雨の降る中で消えない火を見たこともないため、気味悪がり、恐れおののいた。


先頭にいた足軽頭は報告のため信雄の下へ向かった。


「どうした?なぜ進軍していない?まさか恐怖で止まっているのか?」


信雄が足軽頭を問いただした。


「いえ、そうではありません。何やらこの雨の中、燃え続けている松明があるのです。」


「そんな馬鹿な。儂が見てみる。」


そういうと信雄は護衛の馬廻り衆と共に松明を見に行った。


そこには足軽頭が言う通り、不思議な松明があった。


「誠じゃ。燃え続けている。誰かあの松明を持って参れ。」


下命された足軽は完全に腰が引けていたが、行かなければ斬られるので覚悟を決めて松明を取るため土塁に近付いた、その時。


土塁に隠れていた伊賀者が一斉に土塁の上に現れ、信雄軍に向かって矢を一斉射撃してきた。


「ぐああっ」


「ごふっ」


次々に矢が信雄軍の足軽に突き刺さり、バタバタと倒れていった。


すると今度は木の上や木の後ろ、地中に潜って隠れていた伊賀者があらゆる方向から襲い掛かってきた。


完全に不意を突かれた信雄軍は大混乱に陥り、伊賀者が少数にも関わらず、それに気付くこともなく逃げ出すものもいた。


「何をしている!相手は少数!掛かれー!」


信雄が足軽らを一喝し、反撃するよう命じた。


すると伊賀者は三々五々に散ってしまった。


「追え!織田軍の恐ろしさを思い知らせろ!」


信雄は追撃を命じたが傍にいた滝川雄利が制した。


「殿、これは罠です。まずは殿の守りを固めましょう。」


「ぐぬぬ。伊賀者め。必ずや撫で切りにしてやる。」


信雄軍は追撃を止めて、態勢を整え始めた。


佐助は残念そうな表情でその様子を見ていた。


「惜しかったわい。あと一歩で信雄を打ち取れたのに。まあ、良い。次がある。」


そういうと丹波とその共の者らは山奥に消えていった。


2日目の夜。


山中に陣を敷いた信雄軍は厳重な見張りを配置して、交互に休息をとっていた。


見張り番が遠くに動く火の集まりがあることに気付いた。


「敵が来るかも知れない。報告しなければ!」


足軽頭の一人が信雄のいる本陣に入ってきた。


「敵と思われる松明を持った集団がいることを確認しました。伊賀者が攻めてくるかも知れません。」


「何だと。儂らを休ませないつもりか。急いで全員、戦準備をさせよ!」


まともに寝ていない休憩番の足軽は夢なのか現実なのか分からないほど寝ぼけていた。


松明が遠くに見えていたため、敵襲はまだ先だと誰もが思っていたが、伊賀者はその予想を裏切ってきた。


敵がまだ遠くに見えている松明の場所にいると思って油断していたところに、闇夜の山中からいきなり毒矢が降り注いできた。


「ぎゃあ!」


「敵がいるぞー!」


突然の攻撃と暗闇で何も見えない恐怖で信雄軍は一気に大混乱に陥った。


隊列も乱れ、大将らの命令すら通らない阿鼻叫喚を極める事態となった。


伊賀者はこの時を待っていた。


目の前にいる伊賀者の存在にすら気付かないほど混乱した信雄軍は次々と伊賀者の餌食となった。


伊賀者は声を出すことも合図もなく、ただただ信雄軍の足軽を斬り捨てていき、地面にあった水たまりは、やがて血の池となっていた。


伊賀者がどんどん信雄軍の足軽を斬り捨てた。


「ここに敵がいるぞ!斬り捨てろ!」


信雄軍が落ち着き始めたのを確認した佐助は煙が多く出る鳥の子を信雄軍に投げつけた。


それを見た他の伊賀者も一斉に鳥の子を投げつけ、煙幕が出来上がると脱兎のごとく、山中に消えていった。


「またしても伊賀者に一杯食わされた。早急に被害を確認せよ!」


信雄が損害を確認すると、6000人で攻め始めたはずが既に半数になっていた。


「雄利、これ以上攻めると、もはや我らの命も危ない。撤収だ。」


「そうするしか在りませんな。では早速引き上げましょう。この暗さと雨では敵も我の動きが見えておりますまい。」


信雄軍は真っ暗の山中を行軍せざるを得なかった。道中、道を踏み外し、崖から落ちるものもいて、信雄軍は生きた心地がしなかった。


しかし、伊賀者は追撃の手を緩めなかった。煙幕を張って山中に隠れた後、密かに信雄軍を見張っていた。


伊賀の山中を知り尽くした伊賀者は近道を使い、一部の者は信雄軍の先回りをした。


そして佐助らは背後から信雄軍に近付いていくと、大声を上げて襲い掛かった。


「かかれー!!」


信雄軍は伊賀者が多数いると思い、反撃もせずに前方へ逃げていったが、先頭はちょうど細い峠に差し掛かっており、全体的に詰まっていた。


「なんだ?後ろの方が騒がしいな。また敵襲か?」


軍の中ほどにいた信雄が後方の異変に気付いた。


「報告します!伊賀者が後方より攻めて参りました!」


「なんという執拗な攻撃じゃ。殿しんがりには敵と向き合って戦うよう伝えろ!敵の数は多くないはずだ。」


※ 殿・・・全軍の最後に配置された部隊。撤収時は敵の追撃を受けるため、その追撃を食い止め、味方を逃がす部隊。極めて危険な任務であり、全滅することもあった。


「御意にございます。」


-その頃、先頭では-


暗闇の中から火縄銃と毒矢、投石による攻撃を受けて足止めを喰らっていた。


細い峠であったため、逃げるに逃げられずいたずらに被害を大きくするだけであった。


やがて恐怖で引き下がった味方部隊に押され、先頭部隊の一部は崖から落ちる様であった。


信雄は引き下がるものは斬り捨てるよう前線に指示を出したので、信雄軍の先頭は進も地獄、戻るも地獄という状態になり、どうせ殺されるなら、と伊賀者に突進していった。


伊賀者は被害を出さないため、信雄軍が突撃してくると、再び山中に消えていった。


信雄の下命を受けた殿は反撃に出たが、伊賀者は戦うことなく撤収した。信雄軍は追撃に出るとどんな罠があるか分からないため、伊賀者が撤収するとすぐに引き上げた。


青山峠も伊賀者の圧勝であったため、信雄の伊賀攻めは完全なる失敗に終わった。


伊勢に命からがら逃げ帰った信雄が被害を確認すると伊賀攻めに参加した者8,000名のうち、6,000名が命を落とし、負傷した者、再起不能になった者もまた多数であった。


更には重臣の一人、柘植保重も失うなど被害は甚大であった。これを知った信長は烈火の如く怒り、信雄に親子の縁を切るとまで言ったという。


一方、伊賀の被害は極めて僅少であった。


これを後の世の人は第一次天正伊賀の乱と呼ぶ。

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