第一次天正伊賀の乱(前編)
◆◆◆天正7年伊勢の国、田丸城◆◆◆
丸山城改修中に伊賀者に攻められ、損害を受けた織田信雄であったが直属の本隊は無傷であり、一度負けたことで、伊賀に対する怒りを増幅させていた。
「必ず伊賀者を撫で斬りにし、国を奪ってやる。」
信雄は怒りを口にすると、重臣の滝山雄利が意見具申をした。
「前回は不意を突かれ、敗走しましたが我らが全兵力を持って攻め込めば伊賀の国なぞひとたまりもありません。所詮は土豪の集まりのようなもの。個々に攻めれば恐れるに足りません。」
「その通りじゃ。次は軍備を整え、攻め込むつもりじゃ。怒りが収まらん。すぐに出陣の用意をせよ!」
「信雄様、信長様のお許しは・・・?」
「そんなもの不要じゃ。儂は伊勢方面の全てを任されておる。それに父上は本願寺攻めで忙しい。」
「左様でございますか。」
雄利は信長の意向も気になったが、主人がそういうので、それ以上の意見は控えることにした。
そして同年9月16日、ついに信雄は総勢8,000の兵を率いて3方から伊賀に攻め入った。
伊賀の北側の阿波口(長野峠)、中央付近の布引口(鬼瘤峠)、南側の伊勢地口(青山峠)に分かれ、侵攻を開始した。
◆◆◆伊賀の里、信雄が攻め込む数日前◆◆◆
信雄が攻める情報は当然、伊賀者も伊勢に潜入していた忍びから報告が入っていた。
郷士が合議を開くため、集まっていたがその表情は不安を隠しきれないでいた。
皆が集まると丹波が話し始めた。
「遂に信雄が自ら攻めて来る。その数8,000。対する我らは総勢1,500。しかも3方から攻めているため、分散しなければならない。しかし、戦は数ではない。我らには地の利がある。敵はここ伊賀の地理は分からぬ。そして狭い山間部に入るため、大軍でも細長くなる。一度深く山に入ったら大軍故に、戻るに戻れず、混乱を来す。我らに勝機は十分ある。」
丹波が話し終えると佐助が更に話を続ける。
「丹波殿の言う通りじゃ。この戦、我らに有利じゃ。我らは少数ゆえ、敵も見つけにくい。土塁の裏に隠れ、敵を見つけてもすぐには鉄砲や弓矢は撃つな。十分に引き込んで敵が後ろに戻れなくなってから一気に攻撃するのじゃ。それも狙うは大将じゃ。敵は忍びとの戦は慣れておらん。今こそ、我らがこれまで受け継いで、そして磨いてきた忍術、火術、薬術を遺憾なく発揮し、奇襲を持って大軍を打ち破る。」
合議に参加した郷士らは、初めは不安で緊張していたが丹波と佐助の話を聞いて勝利の可能性を感じ、織田に打ち勝ち、伊賀を守る決意が固まり、士気が上がった。
そして細かな配置や戦術を徹夜で練った。
そして決戦当日。
伊賀の国、鬼瘤峠から攻め込んだのは信雄の重臣の一人。柘植つげ保重。
「敵は少数だ。見つけ次第、撫で斬りにせよ。伊賀の奴らに我らの恐ろしさを教えてやるのだ!」
保重は軍勢を鼓舞し、軍勢を先陣、大将のいる本隊、そして後陣に分け、伊賀に攻め込んだ。
「見通しの悪いところばかりじゃな。敵の姿も見えないのが不気味じゃ。」
軍勢が進めば進むほど保重は不安を感じ始め、本音を漏らした。
保重の軍勢1,500も狭い山中で隊列を組むことは難しく、人1人が通るのが精いっぱいの狭い箇所も多くあり、保重も時に馬を降りて進まざるを得なかった。
すると前方から先陣にいた足軽が本体に向かって走ってきた。
「何事か?」
保重が足軽に問いかけた。
「はっ。先陣部隊はこの先の峠を進行中、大木を落とされて分断され、敵襲に遭っております!」
「奇襲を仕掛けてきおったか。被害は?」
「相当大きいと思われます。」
「そうか。用心しないとまた襲われるな。皆の者、周囲を警戒しながら前へ進め。敵の気配があったら確認しろ!」
こうして本隊は進行速度を遅めて進んだため、夜を迎えてしまった。
「足元も見えんし、これ以上の進軍は危険だ。ここで野宿するしかないな。』
保重の本隊は野営のため、平らな場所を見つけて木を切り倒して簡易な陣を設けた。
保重とその家臣が陣で兜を外し休息を取っていると、陣の周りにおよそ50個の松明が見えた。
「しまった!敵襲か!」
保重は慌てて兜を被り、松明のある方へ攻撃するように命じた。
しかし保重の軍勢が松明の方に向かうと松明は消えてしまった。
「消えたぞ!これでは敵がどこにいるか分からない。」
保重軍は周囲を検索するも伊賀者の姿は発見出来なかった。
そして陣で休んでいると、再び松明が近づいてきた。
「またか!今度こそ討ち取れ!」
保重軍が松明を追うと、また松明が消えた。
「煩わしい!軍勢が散らばっては危険だ。一度戻れ!」
保重は軍にそう命じて陣に戻ったが、いつ敵襲があるか分からないため落ち着かず、追っても捕まえられない状態に苛立ちを覚えた。
実は伊賀者は10人が担ぎ棒を使い、一人あたり5つの松明を持って保重軍に近付いては離れ、離れては近づくことを繰り返しているだけであった。
そして保重軍に休息を与えないため、一晩中接近を繰り返し、やがて夜が明けた。
「一睡も出来なかったわ!見つけたら必ず斬り捨ててやる!」
保重は怒り狂ったが、その軍勢は徹夜で警戒したため、睡眠不足となり疲労困憊であった。
侵攻から2日目。疲れた体にとどめを刺すように雨が降り、足軽達は冷えとも戦っていた。
疲れた体を引きずるように保重軍は進行を開始したが、雨で視界も悪い中、警戒心が薄れていき士気も下がっていた。
そして雨で足元がぬかるみ、転ぶ者も出始めた、その時、保重軍を見下ろす高台から大木が転げ落ちてきた。
ゴロゴロゴロッ・・・
「うわっ!」
「ぎゃあ!」
大木が次々と保重軍を襲った。
「来たか!ここは危ない!急いで前へ進め!」
保重が急いで進むよう命令すると、軍勢の先頭にいた足軽達が落とし穴に落ちていった。
恐ろしいことに落とし穴には鋭く尖らせた竹や木が上向きに置かれていて、落ちてきた足軽は大怪我を負った。
軍勢の先頭が落とし穴を恐れて立ち往生していると、今度は石と矢が保重軍を襲った。
「ええい、ここは堪らん!引け!」
しかし混乱した現場は騒騒しく、保重の声は全軍には届かない。後続の部隊は先頭で何を起きているのか分からないため、先へ進もうとする。先頭にいた足軽は戻ろうとするので更に軍は乱れ、指揮系統も機能していなかった。
その大混乱を伊賀者は見逃さず、次々と矢を狙い放ち、保重軍の数を減らしていった。そして矢を放ち終えると、今度は刃先に毒を塗った鎖鎌や手裏剣を使い攻撃を始めた。
敗北を悟った保重は来た道を戻り始めたが、後続部隊も乱れて足軽達が立ち往生していたため、思うように進めなかった。
そこに百地丹波が現れた。
「先ほどから命令し、立派な鎧に兜。お主、この軍の大将の柘植保重じゃな?」
「いかにも!お主は?」
「名乗るほどでもない伊賀の地侍じゃ。伊賀に攻め込んだことを地獄で後悔するがいい。」
「お主ごときに儂の首はやれん!」
保重は丹波に斬りかかったが、一太刀目を振り終える前に、保重の横にいた伊賀者に脇腹を刺された。
「ぐっ。卑怯な・・・。」
「儂が斬るとは言っておらんぞ。」
保重が討たれると保重軍は壊滅した。
「よし、思い通りじゃ。」
こうして鬼瘤峠の戦いは伊賀者の圧倒的勝利で終わった。




