暗雲
織田信長は敵対する勢力を次々と撃破し、近畿、中国地方にまで領土を広げていた。
紀伊半島も順当に制圧していったが、ひとつの国だけ攻略できずにいた。
それは伊賀の国。
古来より、山間に位置し大きな勢力の及びにくい立地で自治で成り立つ地域であった。
強大な支配者はおらず、郷士と言われる地方の代表者が合議制で治める特殊な地。
そこでは武士や、有事の際以外は農民として暮らす者など、様々な人が住んでいた。
織田領に潜入し、信長の小姓に取り立てられていた虎丸は信長自身の不穏な動きは察知せずにいた。
信長の目下の敵は本願寺の宗教勢力であったからである。
しかし、気がかりなのは、伊賀の隣である伊勢の状況であった。伊勢の北畠家の養子となっていた信長の次男、織田信雄のぶかつが北畠具教ら北畠一族を暗殺し、伊勢の国を掌握していたのであった。
伊賀の国は織田領に完全に囲まれており、海に浮かぶ小島のような状態。近いうち織田家が攻めるのは明白であった。
◆◆◆天正6年伊賀の国、日奈知城◆◆◆
日奈知城主・下山平兵衛は考え込んでいた。
“織田の勢いは凄まじいな。気付けば伊賀の国は完全に織田領に囲まれており、織田が攻めてくるのは時間の問題であろう。攻められる前に従属する姿勢を示して恩を売ったほうが得策だな。”
そして平兵衛はある日、信雄の下を訪れ、信雄との面談を許されていた。
「そちが日奈知城の下山平兵衛か。どのような用で参った?」
「ははっ。信雄様は順調に勢力を拡大させておりまして、次は伊賀の国を欲するものと思いまして。」
「もちろん、そのつもりじゃ。どんな手を使ってもな。我が父、信長様もそれを望んでいるに違いない。」
「伊賀の国は山に囲まれており、攻めにくい地形でございます。伊賀には少数で戦う遊撃戦を得意とする伊賀者もおります。我らが手引きを致し、微力ながらお力添えをしようかと思います。」
「おお、そうか。それは有難い。信長様もいつかは攻めるおつもりだが、その地形ゆえ、まだ攻められずにおった。」
「では伊賀に攻める際の道案内や兵糧の確保なども我らで致します。」
「わかった。“これだけのことをするから下山家の安全は保障して欲しい”ということか?」
「そうして頂けると有難い限りです。」
「ふむ、よかろう。おい、雄利!」
信雄自身の重心の滝川雄利を呼びつけた。
「はっ。」
「そなたに丸山城の改修を命じる。伊賀攻めの拠点となるよう堅固な城にせよ。」
「御意。」
「急ぐのだぞ。平兵衛、お主らも手伝うのだ。」
「ははっ。」
こうして織田信雄は伊賀の国を攻めるべく、丸山城を改修。
改修は順調に進み、石垣も取り入れ、3層にもなる天守が出来上がっていた。
◆◆◆伊賀の里◆◆◆
今川が滅亡した後、高齢になっていた佐助は隠居の身として伊賀の里に戻り、子供達に指導をしていた。
そこに天兵衛が報告にやってきた。
「佐助殿、一大事です。織田信雄が伊賀を攻めるため、丸山の城を大きく改修しております。」
「なんだと。よし、天兵衛。天童山に登り、様子を見てこい。天童山なら丸山城がよく見える。」
「はっ。早速行ってまいります。」
天兵衛は急いで天童山に登り、丸山城が見下ろせる峠にたどり着いた。
そこで天兵衛が目にしたのは伊賀では見たこともない立派な城であった。
3階の天守と天守台は石垣で作られており、二の丸も備えていて、入口から二の丸まで登城道が9回も折れている、規模壮大で堅固な城。
天兵衛は不安に襲われた。
“儂らがこの城を攻めるとなった場合、真っすぐな道であれば攻め手は勢いよく攻められるが、折れ曲がっていると勢いは削がれる。しかも折れ曲がる箇所に門などを設置すると攻め手は完全に立ち止まることになり、そこに守り手は城壁などから矢や鉄砲で反撃をしてくる。儂ら攻め手は甚大な被害を覚悟しなければならん。こんな堅固な城に兵糧を十分に蓄えた上で兵が籠ったら、まず落とせん。”
天兵衛はすぐに佐助の下へ戻った。
この頃、伊賀の忍びたちはそれぞれの地域をまとめる郷士がおり、一大事があると合議を開いていた。
「ついに織田家が伊賀に攻めてくるつもりらしい。」
郷士の一人、百地丹波が口を開いた。
「報告では敵は丸山城を相当堅固な城にしている。完成して兵や兵糧が運び込まれたら、我らは手も足も出まい。完成する前に攻めて撃退するのが上策かと。」
佐助が急襲を提案すると、他の郷士も異論なく賛成し、戦に向けて士気が上がった。
「我ら伊賀の意地を見せてやる。」
「そうじゃ、そうじゃ。織田なんぞ返り討ちにしてやるぞ!」
「では皆の者は戦準備じゃ。佐助殿、引き続き監視を頼む。では解散じゃ。」
百地丹波が締めて合議は終わった。




