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欺瞞

◆◆◆甲斐の国、躑躅ケ崎館◆◆◆




信玄は重臣を集め、軍議を開いていた。


「透波からの話では松平はまだ掛川城を落とせておらず、苦戦しているらしい。」


信玄が陰湿な笑みを浮かべながら話し始めた。


「松平との密約はもう守る義理がありませんな。」


山本勘助が合の手を入れる。


「ふふふ。では遠江も頂くとしよう。皆のもの、度重なって悪いが戦の準備を始めろ。」


「ははっ!」


軍議が終わり、重臣たちは三々五々に解散した。


その中には武田家随一の名将と言われた山県昌景の姿もあった。


昌景はすぐに使者を自身の部下に送り、戦準備をするよう指示した。


いつも通り、稽古に精を出していた才蔵と長安の下に昌景の使者がやってきた。


「武芸に励んでおり、素晴らしいな、長安殿。」


「これはこれは。昌景殿から何か用件でも?」


「実はこの度、遠江を攻めることになった。5日以内に軍備を整え、6日後の日の出前には信玄殿の下へ集まれ。」


「御意にございます。」


「では失礼する。」


使者は屋敷を後にし、昌景の下へ向かった。


使者を送った後、才蔵は長安に目を向けた。


怒りに震えた長安は才蔵に話しかける。


「おのれ、信玄め。駿河を手に入れただけでは満足せず、遠江まで。今川家を滅亡させる気か。何より徳川との約束は反故にする気か。」


「これは由々しき問題ですな。長安様、一つ聞きたいことが。」


「なんじゃ。何なりと申せ。」


「長安様が忠義を誓った義信様は信玄殿に自害を迫られました。武田家に仕える義理はございますか?」


「毛頭ない。信玄が憎いわ。」


「では、これからの時代、天下を治める方は?」


「そこまで考えたことはないが、足利将軍が幕府を再興するか?」


「足利家を慕う者は多く、全国におります。しかし、長くは続きますまい。」


「では誰が?」


「拙者の見立てでは、織田信長様。」


「なんと。あのうつけとして名高い信長?」


「それは昔の話。今はあの義元様を打ち取り、尾張を統一し、美濃も手に入れました。更には北伊勢も落としており、家臣は有能で勢いもあります。足利将軍も頼りにしておりますぞ。」


「ふむう。さすが才蔵。なんでも知っておるのう。では儂はどうするのが良いと考える?」


「長安様はこのまま武田に残り、武田家を滅亡させたいなら、後のためにこれまで通り忠義に励んでくだされ。」


「お主は?」


「儂も長安様に使えますが、時折、旅に出ます。」


「旅?」


「全国の情勢を知り、最適な時に最適な行動をするには、都や堺にも出向かなければなりません。」


「ふむ。儂の願いは亡き主君、義信様の無念を晴らすこと。それに尽きる。」


「では早速、拙者はここを発ちます。」


「お主、武田家を裏切ることに抵抗は?」


「拙者は大恩ある長安様の願いを叶えることが全て。」


「そうか。有難い。」




◆◆◆掛川城を攻める砦◆◆◆




武田信玄に駿府城を攻められ、掛川城に逃げ込んだ今川氏真と掛川城の城主、朝比奈氏は必死の抵抗を続けていた。


掛川城を囲むように築かれた砦の一つで軍議を重ねる家康とその家臣の前に才蔵が出る。


「火急の用件故、ご容赦を!」


「おお、才蔵。何事か?」


「武田信玄、遠江に向けて兵を進める準備を開始しております!」


「なぬ?!もう密約を破る気か!何たる奴。」


「当家を侮っておりますな。これ以上掛川城攻めに時間を費やすなら遠江の国を奪い取るつもりでございます。」


「許せん。しかし、掛川城を攻めて、既に半年が経過しておる。落とすにはまだ時間がかかる。」


「背に腹は代えられません。ここは朝比奈方と和議を結ぶというのは?」


家康の重臣、石川数正が提案する。


数正の提案を受け、家康も思案する。


「ふむう。それしかないか。以前の佐助からの報告では、朝比奈軍の士気は高く、勇猛らしいのう。ただ、今の城主、朝比奈泰朝は忠義者とのこと。これを上手く使うか。」


「では泰朝も今川氏真も含め、城内の足軽に至るまで全員の命の保障をする代わりに城を明け渡せましょう。武田が遠江を攻めた情報は掛川城に届いておりませんが、このまま籠城を続けてもいずれ落ちることは朝比奈方もわかっておりましょう。」


「うむ。それでいこう。では数正、使者として赴いてくれるか?」


「はっ!」


朝比奈泰朝は氏真の命が助かるならと、松平方の提案を受け入れ、開城して氏真の妻、早川殿の実家である北条家を頼って小田原へ向かった。


こうして戦国随一の名門、今川家は滅亡した。




◆◆◆岡崎城◆◆◆




遠江の国を手中に治めた家康は朝廷から従五位の下、三河守の叙任を受け、松平から徳川へと改姓。


また一歩、戦国大名として歩みを進めていた。


岡崎城では祝いの席が設けられていた。


「儂がここまでこれたのは皆のおかげじゃ。感謝する。」


家康が感謝の言葉を述べた。


「我らは殿に最後まで付いていきます。」


鳥居元忠が家臣を代表して思いを伝えた。


「それにしても信長様はこのところ、茶器を集めるのが楽しみだそうじゃ。他にも茶器を城よりも大事にしている城主もいると聞く。まるで宝のようじゃな。」


「京では流行しておりますな。殿も茶の湯を嗜むのもよいですな。」


「信長様にも誘われるだろうからな。茶の湯は必要だとは思う。」


「茶器は集めませんか?」


「儂は既に宝は手にしている。」


「と申しますのは?」


「皆の衆じゃ。茶器は金で買えるが、家臣は金で買えん。高価な茶器では戦に勝てぬが、お主ら有能な家臣がおれば勝てる。困った時に茶器に相談しても解決しないが、お主らがいれば解決できる。儂が茶器に興味を持ち、茶の湯に傾倒し、お主らの心が離れるなら、儂は全てを失う。』


家康の言葉を聞いて、家臣は皆、家康のためなら命は惜しくない、とより一層の忠義を決意した。


「日頃の戦ではお主らのおかげで勝てた。そして必要な情報のおかげで引くときも進むときも分かった。先日の武田の遠江侵攻は、もし武田の動向が分からなければ我らは遠江を手に入れていないばかりか、武田と掛川城に挟撃されるところであった。一番槍のように目立つわけではないが、伊賀者らの働きは見事である。」


この言葉を聞いた服部半蔵は心から感謝し、すぐに伊賀者に伝えたい気持ちになった。


名を徳川家康と改め、家康は更に前進した。


掛川城を武田防衛の拠点とすべく城代として石川家成、康通親子を入れ、周囲の高天神城の改修などを施し、武田に備えた。


織田信長は順調に敵を攻略していき、領土を拡大。家康も姉川の戦いなどに従軍し、戦果をあげていった。

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