別れ
◆◆◆刈谷城表門付近の岡部元信本隊◆◆◆
既に鳴海城を引き上げた岡部元信が合流していた。
「火の手が上がっておる。伊賀者がうまくやってくれたようじゃ。儂らも攻めるぞ!」
元信は足軽らに草履から足半に履き替えさせると、城へ向かい進軍した。
まだ食事をしていた佐久間信盛軍に近づくと軍配を上げ、大声で足軽らに命じた。
「敵は油断しておる!斬って斬って斬りまくれ!義元様の弔い合戦じゃ!首を取るな!すぐに引き上げるぞ!」
「おおー-!!」
鬨の声があがった。
全軍で一気に佐久間勢を蹴散らし、表門へ突き進んだ。
表門の火を消そうとしている水野軍の中、佐助らはどさくさに紛れて門を開けた。
それに気づいた水野軍の足軽が佐助に詰め寄る。
「何をしておる!勝手に開けるな!」
佐助はニヤッと笑い、足軽に近づき言い返した。
「許可などいらぬわ。」
「なんだと?!」
見張りの門番が大声で叫んだ。
「敵襲!敵襲!」
佐久間勢の中を突撃してくる岡部元信本隊が勢いそのままに表門から突入してくる。
「なんだ?何が起きているのだ?」
門番が混乱していると佐助が門番の槍を奪い、言い放った。
「敵襲ですぞ。」
そう言うと門番を槍で一突きし、伊賀者に命じた。
「よし、ここまでは上手くいった!あとは他の伊賀者と合流し子供らを探せ!」
すると才蔵が佐助の横に現れた。
「佐助殿!我らはここですぞ!」
「おお。無事だったか。皆いるな?」
「はっ!』
「ではひと暴れしたらすぐに引き上げる!子供らは全面に出ず潜め!」
そう言うと伊賀者は岡部勢に混じり敵を切り伏せていった。
刈谷城奥まで進んだ岡部元信は周りを見渡すと下命した。
「よし、そろそろ引き上げるぞ!十分損害を与えた。佐久間勢が立て直す前に城を出ろ!」
岡部勢は一斉に引き返し、表門へ向かった。
敵襲であることを確認した桃丸と六兵衛が報告のために本丸に到着すると、首を取られた無残な主君を見つけた。
桃丸が混乱しながらも目の前の事実を理解しようとした。
「信近様・・・。」
恐怖で動けないでいた女中に話しかけた。
「誰の仕業じゃ?!何が起きた?」
「先日我らの手伝いをしていた子供のうちの2人が突然斬りかかって・・・。」
「なんと!あの小童どもめ。敵であったか!許せん。六兵衛、追うぞ!」
「ははっ!敵はまだ城中にいるはずです。」
桃丸は指揮系統の乱れた足軽らに後をついてくるように命じ、主君の仇討ちをするよう言った。
「よいか!敵は我らが主君を討った!このままでは終われん!一人でも多くの敵を斬れ!」
桃丸の指示でバラバラだった水野軍は一つの部隊となり、岡部勢に向かってきた。
岡部元信ら本隊は表門を脱し、態勢を整えつつある佐久間勢の中、突き進んだ。
状況を理解し、態勢を整え終わると佐久間勢の大将である佐久間信盛が足軽らに命じた。
「敵は岡部元信である!大将はすでにここを脱した!これより我らは城から出てくる敵をなで斬りにする!織田軍の力を見せてやれ!』
信盛の命令一下、佐久間勢が刈谷城を出てくる岡部勢に襲い掛かる。
こうして岡部勢は城内から桃丸ら水野勢、城外からは佐久間勢に攻撃される形になった。
「敵が反撃に出ている。まずい。儂らも脱出することだけを心掛けるぞ!」
佐助が伊賀者に命じ、伊賀者も表門を目指した。
するとそこに桃丸が現れ、人の首のようなものを抱えて走る子供の姿を確認した。
「あれは!皆の者、あそこにいる首を抱えている敵に掛かれ!仇討ちだ!」
桃丸が命じると足軽らは虎之助に向かって一斉に襲い掛かった。
それに気付いた佐助が虎之助を見る。
「虎之助!やむを得ん!その首級は捨て置け!」
「承知しました!」
虎之助は信近の首を投げ捨てたが、水野勢は虎之助を目指して斬りかかってきた。
「我が主君の仇!」
桃丸が虎之助に斬りかかった。
虎之助も脇差で必死に応戦するが、剣技も力も経験も桃丸が上回っていた。
桃丸の鋭い斬撃に虎之助は耐えられず脇差も落としてしまった。
「危ない!」
少し離れたところにいた才蔵は助太刀しようとしたが、間に合わなかった。
ザシュッ
肉を突き刺した音と共に虎之助の左胸から血が噴き出す。
「うっ・・・。才蔵。立派な忍びになるんだぞ・・・。」
虎之助が最期の声を出した。
「虎之助殿ー!」
才蔵が桃丸に向かって走り出した瞬間、佐助が才蔵の頭を思い切り叩いた。
「忍びたる者、感情的になるな!今は無事に脱出することのみ!」
長年修行を共にし、兄のように慕ってきた虎之助の死を才蔵は受け入れられないまま佐助の命令に従った。
佐助らも周りの状況をみる余裕もなく命からがらに刈谷城を脱し、岡部元信本隊を目指して走った。
◆◆◆駿河◆◆◆
岡部元信本隊と佐助らは今川領である駿河の国に戻っていた。
才蔵が疲れ切った表情で回りを見た。
「虎之助、鷹兵衛殿・・・。」
刈谷城への攻城戦に参加した伊賀者30人のうち、14名が命を落とした。
「戦というのは常に死と隣り合わせだ。忍びの任務同様、生きて帰れる保証などない。」
佐助が才蔵に語り掛けた。
「虎之助は儂も気にかけておった。これからの伊賀の忍びを背負うに値する能力はあったが。」
しくしくと才蔵が泣き出す。
「私がもっと強く止めていれば。」
「いや、これも天道。受け入れよ。」
「・・・。はい。」
「虎之助を悪く言うわけではないが今回は首を持って帰るべきではなかった。」
「・・・。」
「首級は敵の戦意を削ぐ上でも、味方の士気を上げる上でも重要じゃ。しかし、時と場合による。才蔵、忍びの道は更に厳しい。いつ死ぬかも知れんし、足軽と違って首を取って評価されるわけでもない。誰も知らないところで活躍し、死んでいく。それでも良いか?」
才蔵はしばらく黙ったまま考え込んだ。
「無理もない。そちはまだ8歳じゃ。今回生き延びただけでもよくやった。」
「日頃の修行のおかです。佐助殿、私は立派な忍びになります。」
「よくぞ申した。これからも厳しい修行をするぞ。」
「はい。」
こうして才蔵は人生最大の悲しみを乗り越え、忍びになる決意を新たにした。




