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エピソード 4ー2

「嬢ちゃん、ずいぶんオシャレな恰好をしてるな、流行のモダンガールってヤツか?」


 彩花に声を掛けたのは、ずいぶんと着崩れした着流しの男だった。

 彩花は「そうですけど……」と困惑した様子で応じる。


「やっぱりか。モダンガールってのは色々と進んでるんだろう? どうだい、嬢ちゃん、俺達とこれから一緒にでぇとでもしねぇか?」

「私はいま友達と一緒なので……」


 摑まれた手を振り払い、彩花は一歩後ずさった。その瞬間、男の顔に怒りが滲んだ。自分の思い通りにことが進まないことに怒りを抱く、自分勝手な感情の発露だ。


 男が彩花にとって好ましい存在じゃないと確認した瞬間、私は一歩前に出て、彩花を背後に庇うように男の前に立つ。

 とたん、怒りを滲ませていた男がだらしなく笑った。


「おぉ、なんでい、なんでい、こっちは異国のべっぴんさんじゃねぇか。どうだい、そっちの嬢ちゃんと一緒に、おれっちとでぇとしないか? 面白いところに連れて行ってやるぜ」

「彩花が嫌がっているのでご遠慮ください」

「そう言わずに、ちょっとだけ付き合ってくれよ」


 詰め寄ってくる男の息が酒臭い。

 どうやら酔っ払っているようだ。ここで突き放すのは簡単だけど、騒動になると、せっかくの彩花とのお出かけがつまらない結末を迎えてしまう。

 出来るだけ穏便にお引き取り願おう。


「申し訳ありませんが、ご遠慮します」

「そう言わずに、ちょっとだけだからさぁ~」


 男の手が、私を摑もうと伸ばされた。だが、その手が私に届く直前、横から割り込んできた別の男によってひねり上げられた。


「い、いててててっ! だ、誰だ、こんなコトしやがるのは!」

「あん? それは俺に言ってるのか?」

「げぇっ、その制服は……っ」


 男の腕を捻りあげるのは、軍服に身を包んだ紅蓮さんだった。紅蓮さんは逃げようとする男を一瞬だけ引き寄せ、次の瞬間には逆に突き飛ばした。

 男はたたらを踏んだ後、かろうじて踏みとどまって振り返った。


「な、なんで帝国軍人がこんなところにいやがる!?」

「帝都を守るのが俺達の仕事だからに決まってんだろ。それに、俺らが相手にするのはなにも、妖魔達だけじゃねぇんだぜ?」

「お、俺っちはナンパしてただけだろうが」

「嫌がる娘に詰め寄っておいてよく言うぜ。それに、その嬢ちゃんは俺の知り合いでな。おまえみたいな軽薄な野郎が触れていい女じゃねぇんだよ」

「なんだと、このや――っ」


 男が反射的に一歩まえに出ようとして――息を呑んだ。

 彼の首元に刀が突きつけられたからだ。

 ――否。

 実際には刀なんて突きつけられていない。けれど、背後から近付いたアーネストくんが、男に向かって刀を突きつけたかのような殺気を放ったのだ。

 素人の男が息を呑むほどの殺気に、一瞬だけ周囲から喧噪が消えた。


「よかったですね? レティシアさんに触れていたら、その腕、落ちていましたよ?」


 アーネストくんの静かな警告が妙に響き、次に男の悲鳴が上がる。アーネストくんがこれ見よがしに一歩まえに出た瞬間、男はほうほうの体で逃げ出していった。

 それを見送り、紅蓮さんとアーネストくんが近付いてくる。


「よう、嬢ちゃん、大丈夫だったか?」

「帝都はああいうやからも多いので気を付けてくださいね?」

「ありがとう、二人とも。……というか、二人はどうしてここに?」


 さっきは、妖魔以外も相手にする――なんて言っていたけど、二人は憲兵ではなく、妖魔を相手にするために存在する特務第八大隊の隊員だ。

 妖魔が出たのかと、声には出さずに問い掛ける。


「あぁ、それはだな。念のためってヤツだ」

「……念のため?」


 紅蓮さんの言葉に首を傾げると、アーネストくんが補足をくれる。


「今回のお祭りは、特務第一大隊と巫女による、妖魔討伐の祝勝会を兼ねています。それで万が一がないようにと、特務第八大隊は帝都の見回りを仰せつかったという訳ですね」

「あぁ、妖魔は狡猾みたいだからね」


 前回のあれも陽動だった。

 祭に乗じて襲撃される可能性は十分に考えられる。

 あるいは――


「美琴さんは大丈夫なの?」


 巫女が狙われる可能性もあると心配する。


「巫女は特務第一大隊が護っていますよ」

「……特務第一大隊って、隊長は拘束されているんだよね?」

「はい。指揮系統の引き継ぎ中ですが、巫女にはしっかりと護衛を付けているようです」

「そっか、それなら安心だね」


 むしろ、美琴さんが窮屈な思いをしていないか心配した方がいいかもしれない。

 折を見て会いに行ってみよう。


「それより、レティシアの嬢ちゃんはなにをしてるんだ?」


 紅蓮さんに問い掛けられた。


「私ですか? 私は友達と一緒にお祭りを楽しんでいます」

「友達? どこの野郎……あぁ、そっちの嬢ちゃんか」


 一瞬、表情を険しくした紅蓮さんだが、彩花に気付くと表情を和らげた。私は紅蓮さんに向かって、背後に隠れていた彩花を押し出した。


「紹介しますね。彼女は彩花、私のお友達です」

「は、初めまして。私はレティシアのお友達です。あなたは紅蓮様ですよね」

「あん? なんだ、俺のことを知ってるのか?」


 紅蓮さんが首を捻った。

 彩花が負傷したときに顔を合わせてるはずなんだけどね。


「私は特務第八大隊の宿舎で女中をしてますから、何度かお見かけしたことがございます」

「あぁ、それで見たことがある気がしたのか。いつもレティシアが世話になってるな」


 紅蓮さんはいつから私の保護者になったのかな? なんて思うけど、彩花も「私の方が、いつもレティシアに助けられています」なんて答えている。


「ほう、そうなのか?」

「はい。私が妖魔に傷付けられたときもレティシアに助けられましたから」

「……あぁ、あのときの嬢ちゃんか、なるほど。そう言うことなら納得だ。これからも、レティシアと仲良くしてやってくれよな」


 やっぱり気付いていなかったみたいだ。

 紅蓮さん、女の子にモテそうなのに、女の子には関心がないのかな? じゃあ、アーネストくんはどうなんだろう――と、こっそり視線を向ける。

 彼はどこかぼーっとしたように、私をまっすぐに見つめていた。


「……アーネストくん?」

「え? あ、その……レティシアさん、今日はハイカラさんスタイルなんですね」

「うん、今日のお祭りに合わせてみたの。……似合ってるかな?」

「え、あ、その……はい。とても似合っていますよ」

「そっか、ありがとね」


 私が満面の笑みを浮かべると、提灯の明かりに照らされたアーネストくんの頬が真っ赤に染まった。もしかして、他人を褒めるのに慣れてなくて照れてるのかな?

 なんて思ってたら、紅蓮さんの視線も私を捉えた。


「そうか、なんかいつもと違うと思ったら、今日の嬢ちゃんはハイカラさんスタイルなのか」

「……紅蓮さん、私の服装なんて、どうでもいいとか思ってません?」


 紅蓮さんにジト目を向ける。


「ち、ちげぇよ。嬢ちゃんの私服は洋風のドレスだけど、仕事着は着物だったり、いつも違う服を着てるだろ? だから、和装の私服が初めてだって気付かなかったんだって」

「……あぁ、そう言えばそうですね」


 私にとって、女中として身に付けている着物は仕事着というイメージが強かったけど、彼らからしたら和服であることに変わりはない。


「だろ? だから、別にどうでもいいなんて思ってねぇよ」

「……ほんとですか?」


 コテリと、首を傾げて問い掛ける。


「もちろん、ほんとだ」

「じゃあ……似合ってますか?」

「そんなの似合ってるに――って、恥ずかしいこと、言わせんじゃねぇよ!」


 提灯の明かりの下、ちょっと照れた感じで紅蓮さんがそっぽを向く。それを見たアーネストがやれやれといった感じで肩をすくめた。


「紅蓮さんは相変わらず素直じゃないですね」

「うるせぇ。ほら、いつまでも油売ってないで、そろそろ行くぞ。それじゃまたな、レティシア。それにそっちの嬢ちゃん、レティシアのことを頼んだぜ」

「え、あ、ちょっと、引っ張らないで、紅蓮さん。紅蓮さんってば~」


 紅蓮さんがアーネストくんを引きずっていく。私はクスクスと笑いながら「見回り頑張ってくださいね」と彼らの背中を見送った。


 その後は、彩花と二人で帝都のお祭りを心から楽しんだ。

 生まれて初めてのお祭りは煌めいていて、すごく、すっごく楽しかった!

 

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