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コジマさん、つまらない者を斬る。


 ◆ ◆ ◆


「わふんっ」

「ここらへんですね」


 邸宅街を駆け抜け、林を駆け抜け。湖畔を飛び越え。

 すれ違う人々の視線や叫び声を一切気にすることなくたどり着いたのは、諸島内の隅にある離れ小島。普段は倉庫のような扱いになっており、外部との輸出入の中間地点として使われている、一般生徒がまず足を踏み入れない場所だ。ちなみにコジマさんは一度来たことがある。『家政婦小屋』を作る時に資材を貰いにきたのだ。


 その時は、もちろん管理人らや衛兵がいたのだが……。


「狼なんていませんでしたね」


 その倉庫のまわりには、ウロウロと。赤い目をした狼が周回していた。赤い目は、《使役(テイマー)》されている証拠。ディミトリと出会ったときに彼を襲っていたのも、赤い目の狼だった。


「なるほど」


 そして、コジマさんは『イヌ』の背中から飛び降りる。

 すると、


「わおおおおおおおおおおおんっ」


『イヌ』が遠吠えする。狼の赤い目が弱々しくなるも、一斉に『イヌ』に襲いかかってきて。


「任せても?」

「わふんっ!」


 コジマさんは襲いかかってくる最小限だけを手から出した箒で叩き伏せ、倉庫へと駆ける。そして、倉庫の扉を開こうとした時――横から迫る白銀に、とっさに箒を構えた。が、それは斬られ、白刃の切っ先を飛び退くことで躱す。


 倉庫入り口のランタンに照らされた、剣の持ち主の顔に――コジマさんは真っ二つに折れた箒をどこかへとしまいながら、目を据えた。


「入学の折はありがとうございました――ジョセフ閣下」


 その壮年の騎士は、コジマさんの謝辞に何も応えず。代わりに口にするのは謝罪の言葉。


「愛用の道具を折ってしまい申し訳ありませんでした。まさか狼を相手するのに、ただの箒とは」

「構いません。道具はいつか壊れるものです。まぁ、あとで直してみようとは思いますが」

「それだけ大切にされて、箒が羨ましいですな。老いぼれてくると、使い捨てがいいところですよ」

「まだ、十分に鍛えているとお見受けしますが?」


 隙を突かれたとて、よほどの剣豪でなければ遅れを取るつもりはないコジマさん。当然獲物が木製の箒と名刀の差があったとしても、斬られないようにする術はいくらもあるのだから。


 コジマさんの知る限り、ジョセフは獅子剣王(ヴァタル)が認めていた最高峰の騎士だ。シェバ大戦含む数々の戦場では共に戦場の前線で背中を預け、多くの敵を屠ったという。年の差こそあれど、彼は最高の戦友でもあり、そして師でもあると嬉しそうに語っていた最愛のひと(ヴァタル)の顔を、コジマさんは今もなお思い出すことができる。


 そんな騎士がほうれい線を深め、再び剣を構える。


「でも、コールジアの娘を討つというのは、なかなかに戦士の心を擽りますな。私の最期の願いとして――ぜひ一閃、交えていただきたい」


 対して、コジマさんは何も構えない。

 この場にいて、こうして剣を向けてくるということは――アイーシャ殿下の誘拐に確実に一枚噛んでいるということ。当然だろう。彼は彼女の護衛騎士だったのだから。アイーシャ王女の不在にいち早く気づき、誰よりも早く動いているだろう人物が無関係なはずがない。


 ――元の忠誠心までは知らないけど。


 それでもレティーツァ王女に肩入れし、己の主人を裏切った。もしかしたら、自分の復学を促したのも、ここで黒曜騎士団の娘(サン=コールジア)を討つためなのかもしれない。れっきとした騎士団員ではないとはいえ、敵対したコールジア家の者を討ったという経歴は騎士として最大の誉となろう。逆に、討たれる相手として選ばれた可能性もあるけれど。


 そんな相手に、コジマさんは問う。どうしても、毎度名乗る際嬉しそうに父の名を出していた同級生の顔が頭をチラつくから。


「このことは、オスカルさんも承知なんですか?」

「……勿論。あいつは最後まで私の意志を変えようと抗議してきましたよ。こんなの……自分の憧れる騎士の姿ではない、と」


 それでも無理やり協力させたのは私です――と、悲しげに顔が歪むのは、父親としての業か。だけどその表情はすぐに引き締められ、まっすぐコジマさんを見据える顔は、ひとりの戦士だった。


「私は、あなたの婚約者が羨ましい。戦士として、戦場で死にたかった。王女……平和な世に少女ひとりを守るだけの人生など……手がうずいて仕方ないのです。血肉と骨を断つ感触、今も私の手は求め続けている。どちらが女王になるかなど、私には興味ありません。ただ、戦士として戦場で死にたい。名誉なんて要りません。ただ……あのときの高揚感を、いつまでも忘れられないだけなのです」


 コジマさんのまわりを、幾匹の狼が取り囲む。


「ずるいとは言わんでくだされ。獣を使役しながら、敵将を討つのが私の戦い方ですので」

「言いませんよ。ずるいといえば、私も人のことは言えませんから」


 そしてコジマさんはどこからともなく、一本の刀を抜く。箒など、家事の道具ではない。ただ唯一――無理やり家事の道具だと言い張っている、れっきとした武器。


「でも、これだけは言わせてください」


 細長い鞘から、スラリと刃を抜いて。反れた刀身はきらりと煌めく。


「私は……たとえ生き様を見失おうとも、私と違う道を歩もうとも。ただ……あのひとに生きて帰ってきてほしかった……」


 目の前のひとが連れ帰ってきたあのひとの亡骸を――一日足りとも、忘れたことはない。

 だから覚えている。その時に泣きじゃくるアスラン家の中で同じように悲しみに暮れながらも、誰にも縋ることのできなかった彼女に……この騎士だけが何も言わず、頭を撫でてくれたことを。


 ――だから、あなたにだけは。


 それが、ただの勝手な押し付けだとわかっていたとしても。


 ――死んだあのひとが羨ましいなど、言ってほしくなかった。


 四方から威嚇してくる獣の牙が煩わしい。その合間から迫る切っ先は、とても鋭く。だけど、彼を尊敬すると笑った亡き人のため。気高く生きる可愛らしい友人のため。そして、今も自分の仕事の成功を待つ、彼のために。


 コジマさんは、過去に縋る騎士とすれ違う。そして――


「また……つまらないものを斬ってしまいました……」


 カチンと、刀身を鞘に納めた時。コジマさんの背後で、一人の戦士の膝が崩れる。途端、色を失った狼の群れも、その場に倒れるように眠りについて。


 口下手なコジマさんは何も声をかけず、一人倉庫の扉を斬り伏せる。

 暗い倉庫の中には、


「むーむーっ!」

「アイーシャ様、今助けます」


 猿轡とロープに巻かれた少女がひたすら唸っていた。


 ――元気そうで何より。


 と安堵しながら、それらを一閃するコジマさん。アイーシャは「ぷふぁっ」と息を吐いてから、叫ぶ。


「あなた、どうやってここまで来たのよ⁉ そうそう追いついてこれる距離じゃ――」

「普通にイヌに乗って参りましたが?」

「イヌうううう?」


 その素っ頓狂な叫びは耳を防ぎたくなるほどの声量だったが……元気ならなにより。

 そして、それはお互い様らしい。アイーシャは肩を竦めて苦笑する。


「ふふっ。とんだ女神ね、強すぎるったらありゃしない」

「どうやら私は、最強家政婦らしいので?」

「誰がそれ言ったのよ?」

「元主人の家にいた坊ちゃまです」


 その返答に、アイーシャは「ふ~ん」と言いながら肩や首を回す。


「なかなか適切な表現する子じゃない? 将来有望だわ」

「私もそう思います」


 大切にしていた坊っちゃんが褒められて嬉しいコジマさんは、素直に賛辞を肯定して。

 そんな彼女を見て、アイーシャは口角を緩めてから。コジマさんの手を借り立ち上がる。


「とりあえず助かったわ。でもお礼は後にさせて。馬鹿な会話が全部聞こえていたの」


 だけどそう言うやいなや、ずんずんとコジマさんの隣を通り過ぎて。彼女はまっすぐに、埃っぽい倉庫を歩み出る。


 そして細い息を零し倒れるジョセフに、アイーシャは言い放った。


「ジョセフ、これはお姉さまの差し金で宜しくて⁉」

「……どうして、私を殺してくれなかったんですか」

「わたくしを無視しないでくださいます⁉」


 コジマさんに向けられた疑問符を、アイーシャは一蹴して。

 それをただ、コジマさんは見守るのみ。


「ジョセフ! 死ぬことは許しませんわよ。あなたはもうわたくしの専属護衛――いわば、お姉さまではなくわたくしの所有物です。わたくしだって、これからいっぱい泣く予定なんですから。おまえもくだらない悩みなど考える暇がないくらい、腹いせにたくさんコキ使ってさしあげますわ‼」

「アイーシャ姫殿下……」


 その寛大な処置に、ジョセフが目を見開いて。でも反対に、アイーシャの目は細まった。


「でもその前に、まずは一発殴らせてくださいまし?」

「え?」


 そして、アイーシャは飛び上がる。その手に生まれるのは、まばゆいばかりの雷槌。


才能(スキル)発動――《神々の雷槌(トールハンマー)》ッ‼」


 轟音と共に、ジョセフの真横に巨大な雷槌が大穴を開けて。

 衝撃で気絶するジョセフを見下ろしたアイーシャ王女は、パンパンと両手を払う。


「さて、スッキリしたわ――それじゃあコジマさん。早く戻りましょう」


 そう振り返った姫は、何か吹っ切れたように清々しく笑っていた。


「あなたのありえない行動の数々を見てたら、色々とバカバカしくなりましたわ。だから――とりあえず姉上もぶん殴りに行きますわよ」


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